今シーズン限りでスーパーフォーミュラを卒業することを電撃的に発表した山本尚貴。彼にとってのSFラストレースとなる鈴鹿戦を前に記者会見が行なわれ、引退を決断した背景などについて語った。
2010年にNAKAJIMA RACINGからスーパーフォーミュラ(当時フォーミュラ・ニッポン)にデビューした山本は、TEAM MUGENに所属していた2013年、2018年、そしてDOCOMO TEAM DANDELION時代の2020年と計3度のタイトルを獲得。2021年に古巣NAKAJIMA RACINGに移籍して以降は苦しいシーズンが続いていたが、今季は表彰台も獲得するなど、往時の輝きを見せるシーズンとなっていた。
■山本尚貴、今シーズン限りでスーパーフォーミュラから”退く”決断を下す「持てる力を全て出し切ってSFを降りようと思う」
そんな中、最終鈴鹿大会を前にしたタイミングで、山本は今季限りでスーパーフォーミュラを退くことを決断した。記者会見には多くのメディアが詰めかけ、会見場に現れた山本は「フォーミュラ・ニッポンから数えて15年、長きにわたり、支えていただいた皆さんに感謝しています。こんなにたくさんの方がいらっしゃるとは思わなかったので、15年やってきて一番緊張してるかもしれないくらいです(笑)」と開口一番笑顔を見せた。
国内トップフォーミュラでの15年間は「数字よりも短く感じる」としつつ、トップフォーミュラで長きに渡って戦い、チャンピオンを3度獲得できたのは幸せなことだったと語り、チームやライバルを含めた全ての関係者に感謝の意を示した。
そして質問は、引退を決断した理由に及んだ。山本は少し目線を下にやり、「理由がなければ引退をすることはないので、理由はあるんですけど……。ここに来るまでに決めてこようと思ったんですけど、決められなくて悩んでいます。ひとつではあるんですけど」と少し逡巡したような様子を見せた。そしてほどなくして、再び言葉を紡ぎ始めた。
「ドライバーとして、チャンピオンを獲って優勝してきた中で、NAKAJIMA RACINGに移籍して結果が思わしくなかったところと、キャリアを重ねる中でチームメイトだったりに負ける回数が増えた中で、自信を失ったわけではないんですけど自分が求めるものやチームや周囲からの期待に対しての乖離があったとずっと思っていました」
「チャンピオンを獲ったところで、向こう5年、10年が保証されているわけではありません。なんで僕はこの成績でずっと乗せてもらえているんだろうという気持ちが正直ありました。期待に応えられていないのではという思いがある中、それでもチャンスを与えてくださっていたからこそ、苦しくなってきたのも正直ありました」
「それでも闘争心は消していませんし、今日の(専有走行での)トップタイムも含め、自分の実力はものすごく落ちたとも思っていないですし、3回タイトルを獲ったというプライドもあります。ただ結果が全ての世界で、なかなか結果が出なかったというのはずっと自分の中にあったんですけど、正直それが決め手ではなくて」
そう語る山本は、「ちょっと口止めされているんですけど……」と一言。さらにこう続けた。
「中嶋さん(中嶋悟総監督)から、今年いっぱいで、というお話をいただきました」
「これから先のレーシングドライバーを続けていく中で、あまりマイナスのイメージを持ってもらいたくないですし、持たせたくないのですが、やっぱり身体のことです。中嶋さんは身体のことがあるから心配で、今年で退いてくれと言われたのですが、中嶋さんとしても『まだ速く走れるのに、身体のことを理由に自分の意思で降ろしたら石を投げられるかもしれない』ということで、あまり言わないでくれと言われていました」
山本は昨年、スーパーGTでの事故で首に大怪我を負い、「外傷性環軸椎亜脱臼」及び「中心性脊髄損傷」との診断を受けてリハビリ生活を余儀なくされた。その後復活を果たし、今シーズンはスーパーフォーミュラ、スーパーGT共に第一線で活躍していたが、10月のスーパーフォーミュラ富士戦でもマシンが宙に浮くアクシデントに見舞われ、首の痛みを訴えるシーンがあった。そのため、山本の体調を心配する声も挙がっていた。
「僕としても、身体の心配をさせてしまっていることも申し訳ないなと思いましたし、中嶋さんはモータースポーツにおける命の危険を誰よりも分かっているからこそ、ハンディキャップを背負ったり、怪我をしたりして僕にこれ以上辛い思いをしてほしくなかったのだと。なんて愛情のある総監督なんだろうと思いました」
「もしかすると、中嶋さんに頭を下げて『いや僕、死んでもいいので、まだレーシングドライバー続けたいです』と言って、もがけば続けられたかもしれません。また他のチームと交渉すればチャンスがなかったわけではないかもしれません。でも、僕は2021年にNAKAJIMA RACINGへの移籍をお願いした時、僕の気持ちとしては、スーパーフォーミュラのキャリアを終える時は、キャリアをスタートさせたNAKAJIMA RACINGで終わりたいとホンダさんと中嶋さんにお願いして戻らせてもらいましたから」
「中嶋さんにそういう風に言われて、僕は他の選択肢はないと思いましたし、オーナーである中嶋さんがそういう決断をしてくれて、この先のことまで心配してくれて、そういうメッセージを送ってくれたので、もうきっぱりここで終えようと決めました」
この決断を下したのは「ここ最近」だと明かした山本。ここ数年、引き際を考えることもあったというが、自ら引退を発表してラストレースを迎えられるのは幸せなことだと語った。
「やっぱり、自分が好きなこと、やりたいことをやめるというのは、なかなかできないなと。そんな中で、中嶋さんに身体のことを心配してもらい、後進に……と言ってもらった。自分の引き際を決められなかったところで背中を押してもらったという意味では、中嶋さんに本当に感謝していますし、充実した15年間だったと思います」
会見前に行なわれた専有走行ではトップタイムを記録し、その後のインタビューでは満面の笑みと共に少し感極まったような表情を見せた山本。「未練がないと言ったら嘘になる」と語り、引退にあたっては寂しい気持ちがあることを隠さなかったが、「これ以上頑張れないくらいやってきたつもりなので、そういう意味では悔いはありません」と晴れやかな顔で語った。
専有走行後のインタビューの際はどんな感情だったのか? そう尋ねると山本は次のように語った。
「もうここに来るまでにたくさん泣いたんで……(苦笑)。今週流す涙も残っていないなと思っています」
「スーパーフォーミュラで、ドライタイヤで走れる鈴鹿は今日が最後ではなさそうですが、(第8戦、第9戦の)予選Q1、Q2、(専有走行含め)5回のうち1回が終わっちゃったなということで、その寂しさもあります」
「さっき自信を失っていないと言いましたが、やはり成績が残らなければ、ドライバーとしては何がいけないんだろうと思いますし、自分を責めてしまいます。それが続くと自分の気持ちを保つのがなかなか辛かったです」
「フリー走行とはいえ、最後にニュータイヤを履いて、1周に懸けて走ったアタックの中で一番速かったというのは最高に気持ちが良かったです。スーパーフォーミュラが好きと言ったんですけど、僕はライバルと戦ってライバルに勝つことが大好きだったので。ドライバー同士だけではなく、トヨタさんとのライバル関係でも負けたくないという思いが、やっぱり自分の原動力だったと思います。そういったライバルの前に出て1番をとった時、やっぱり1番っていいなと。最高のフリー走行でした」
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