2008年6月、BMW X6が正式に日本に上陸した。そのSUVへの独自のアプローチは大きな注目を集めたが、そのほかにもM3クーペ&セダンにM-DCTを搭載するなど、BMWは多方面で積極的な動きを見せている。Motor Magazineでは2008年9月号のドイツ車特集の中で、BMW X6の国内試乗をとおして、BMWの最新動向を追っている。今回はその模様を振り返ってみよう。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2008年9月号より)
BMWのクーペの歴史に新たなる1ページが加えられた
BMWの、ライバル各社を凌ぐ意欲的な市場開拓精神、それは実際のプロダクツに盛り込まれた様々なテクノロジー上の特徴とともに、このブランドならではの大きな個性であると紹介しても良いだろう。
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そして、そうした個性のひとつが、このメーカーが誕生以来、他社を圧倒するクーペラインアップの豊富さを誇る点にも見て取れる。BMWは、どのような事柄に関しても先駆者と思われがちで、そして常に宿敵関係にあったメルセデス・ベンツ以上に、クーペモデルの充実に関しては以前から熱心なメーカーでもあったのだ。
1955年に発表された503を筆頭に3200CS、そして503から10年の時を経ての2000CSと、BMWは古くからエレガントなルックスが売り物のクーペを立て続けにリリースしてきた。さらに1970年代に入ると、当時「世界一美しいクーペ」とも称された6シリーズを誕生させる。これが、後の8シリーズを経て再び現代へと蘇った最新の6シリーズへと繋がっているというヒストリーは、今さら説明するまでもないだろう。
そして現在、BMWのクーペの歴史に新たなる1ページが加えられた。昨年のフランクフルトショーでコンセプトモデルが、そして今年年頭のデトロイトショーで量産型が発表されたX6が、もちろんその1台というわけだ。
「クーペが、クーペを超えていく」というキャッチコピーとともに日本へ導入されたX6が属するカテゴリーを、BMWはSAC(Sports Activity Coupe)であると紹介する。もちろんこれは、すでに世の中に広く定着しているSUVなる名称を大いに意識したネーミング。かつ、やはり自らがX3やX5に対して提唱したSAVなる記号と対比させたものでもある。
こうすることで、BMWは単なる1台のニューモデルを市場に送り出しただけに留まらず、前出のSAVに続く新たなるカテゴリーを創造したのだと、そのように世間へ強く印象付けることができる。昨今のBMWというブランドは単なるハードウエア=クルマの創造のみならず、こうして新しい市場を開拓するイメージを世の中へアピールする術にも長けている。
世界的な景気後退の動きが伝えられる中、BMWブランドが今年上半期の世界販売の累計で堅調な成績を収めたのも、こうした販売戦略の巧みさが功を奏していることの証明ではないだろうか。
クーぺとは低く流麗なものという先入観を覆すフォルム
欧米での発売開始以来、さほどのタイムラグもなく日本に上陸したX6。このモデルを目の当たりにしてみると、何はともあれ、まずはそのボリューム感のほどに圧倒されてしまった。
全長×全幅サイズは、骨格構造のベースとなったX5に対して長さでは25mm、幅で50mmとわずかなプラスに留まる。その一方で、1690mmという全高サイズは75mmのマイナスという関係。やはりこの点に関しては「クーペの面目躍如」ということであろうか。
しかし、それにもかかわらず第一印象としては「X5よりもずっと大きい」とさえ感じられたのは、ルーフの頂点からなだらかな下降線を描いて終わるテールエンドの部分が、「クーペとは低く流麗なもの」という先入観からするとありえないほどの高さであることも一因だろう。何しろ、ドアハンドル部分を経由して走るサイドのキャラクターラインと、ベルトラインがともにシャープに前傾している。それもあって「上半身」では明らかなクーペフォルムを示すこのモデルの造形は、しかしそうしたアッパーボディ部分が、かつて見たことがないほど高い位置に存在しているのが大きな特徴だ。
中でも、ゲート部分に埋め込まれた例のプロペラ模様のエンブレムが、まるで目の前ほどの高さで見えるリアビューは圧倒的なボリューム感。そうした「高さ」というものが大柄なサイズをさらに強調する結果になっている。
一方で、なるほどその全体的なプロポーションは、「クーペ」の名が素直に納得できる美しさだ。これで地上高が210mmも確保され、それなりのラフロードもこなしてしまう踏破力の持ち主だというのだから、そのデザインの巧みさは一種マジック的なものとも思えてくる。ただしそうしたルックスはやはりある面で、実用性の犠牲の上に成り立っている感も否めない。
たとえば、前後席ともに乗車時は頭部がピラーと干渉しがちであることに留意する必要があるし、降車時には、テスト車にオプション装着されていたアルミニウムランニングボードがステップ役を果たしてくれることに重宝した。
ちなみにキャビン空間は大人4人にとっては十分で、後席の頭上にもそれなりの空間が確保される。だが後席使用時で570L、後席アレンジ時には1450Lというデータを謳うカーゴルームは、そのフロア面があまりにも高いため、重量物を積み込むのは容易ではない。
そもそも、急傾斜のバックライト(リアウインドウ)を備えたテールゲートは、パワー開閉機構が標準装備されるから良いようなものの、もしこれがマニュアル式だったら小柄な人には開閉すら難しいだろう。
一方、ダッシュボードまわりの造形はX5のそれと基本的に同様で、優れた各部の質感も含めてX6というモデルが狙うキャラクターにもなかなか似合っていた。ただし、ドライビングポジションは意外にもSUV風にヒール段差(フロアからヒップポイントまでの距離)が大きく、クーペ流儀に少し脚を前方に投げ出し気味に座らせるのではないか、という事前の予測は外れることになってしまった。
サイズが大きいことはこのモデルの価値でもある
それにしても、最初に走り出したのが地下駐車場からという条件もあってか、やはりボディ直近の大きな死角が気になるのがこのモデルでもある。
予想進路表示の機能が付いたリアビューカメラはもとより、日本独自の法規制をクリアするためのサイドアンダーモニターも装備されるが、それでもタイトな車庫入れ時などは周囲の状況に十分な注意を払う必要がある。最小回転半径が6.4mと大きいことも含めて、タイトなスペース内での移動は不得意科目と言わざるを得ない。
xDrive35iに搭載されるパワーパックは、2基のターボチャージャーをアドオンした3L直列6気筒エンジン+6速ATという組み合わせ。306psと400Nmという出力データからもわかるように、このエンジンはすでに335iや135iにも積まれて定評ある直噴ユニットと同型である。
135iクーペに比べると実に900kg以上(!)も重い大きなボディを、しかし静止状態からわずか6.7秒で100km/hまで加速させてしまう実力は、さすがにBMWエンジンならでは。だが、実際のドライブフィールではやはり135iや335iのような軽快感には到底及ばない。
中でも、そうした乗用車系のモデルと比べると、トランスミッションのギア比は不変(さすがにデフギア比は13%ほど下げられている)であるにもかかわらず、とくに2速から3速へとバトンタッチされた際に力感の落ち込みが大きいあたりに、車両重量が2.3トンにも近いというハンディキャップを実感させられる。
それでも、燃費の落ち込みを覚悟の上でアクセルペダルに力を込めれば、直列6気筒ならではのバランスの良さもあり、高回転域まで引っ張ることにフィーリング上の抵抗感はさほどない。むしろ気になったのは、1200~1400rpm付近でのエンジン振動がペダルやステアリングホイールを通じて伝えられることの方だ。これは、他の同エンジン搭載モデルでは覚えのない現象で、X6 xDrive35iゆえの特性か、あるいはテスト車個体の問題だろうか?
フロントに255/50、リアに285/45というファットな19インチのシューズを履くゆえか、さすがに路面凹凸に対する追従性は軽快とは言えない。しかし、そうした少々のバネ下の重さ感を除けば、その乗り味は望外なまでにしなやかだ。ランフラットタイヤならではの「悪さ」もあまり気にならないのは、リアにエアサスペンションを奢ることの効果もあっての印象か。
例によって、ヨーロッパ市場向けにはオプション設定となるアクティブステアリングは日本仕様だと標準装備になるが、その効果はタイトなスペース内での低速での取り回し時に、確かに実感することができる。
BMW車では初お目見えとなる、こちらはヨーロッパ仕様でも標準装備のリアの左右駆動力配分システムDPC(ダイナミックパフォーマンスコントロール)は、そもそも4輪のグリップ力に十分な余裕の残る日常シーンでは、まずその存在をドライバーに意識させることはない。一方で、コーナーに差し掛かってしっかりアクセルを踏み込むと、メーターパネル内に表示可能なトルクディスプレイによってその働きのほどを視覚的に確認できる。
ただそれでも、たとえばそれは同様のシステムによって「グリグリ曲がる」ランサーエボリューションのような印象とは大きく異なる。タイトなターンを追い込んで行っても簡単には狙ったラインを外さないことなどから「無用なアンダーステアの発生をキャンセルしている」といったイメージの範囲内にその効果が留まるのが特徴的だ。
技術で先導する企業の新たな先進テクノロジー
ところで、X6に与えられたDPCとともに、昨今のBMWで話題のメカニズムが、まずはM3シリーズに設定が行われたM-DCT(デュアルクラッチトランスミッション)である。
残念ながら、こちらはまだテストドライブが叶わず、その実力のほどは推測の域を出ないが、本社発表のデータでは加速タイムもCO2排出量も6速MT仕様のそれを凌いでいる点から、様々なメーカーからもリリースされる同種のトランスミッションと同様に、このM-DCTがさらに優れた動力性能と環境性能の両立を実現させるアイテムであることなのは間違いない。
ちなみに、M-DCTがオーソドックスなMT以上にスポーティなトランスミッションと位置づけられることは、このモデルのタコメーターリング上に黄4灯/赤2灯の6つのLEDからなる「シフトライト」が用意されている点からも推測できる。自動シフトアップが行われる「D」モードでは問題ないとして、シフトレバー、もしくはパドルでの操作が必要な「S」モードでは、これは大いに役立ちそうな「実用装備」だ。
また、特徴的なロジックとして「アクセルペダルを短時間軽く踏み込むことで、歩く程度の速さにエンジン回転数を自動制御」するロースピードアシスタントも紹介されている。残念ながら未確認だが、だとするとM-DCTにはクリープ現象が存在しないということだろうか? いずれにしても、一刻も早くテストドライブを行ってみたいのがこのモデルだ。
エンジン技術に関しては、常に他を一歩先んずる動きを見せてきたBMW。そうした技術先導型の企業ポリシーが、こうしてシャシや駆動系の分野にまで広がって見えるところが最近のこのブランドのひとつの見所である。
燃料電池車やハイブリッド車がCO2削減に向けてのアドバルーン役を果たす他ブランドに対して「まだまだエンジンにはリファインの余地がある」ことをアピールし、それを実践し続けるのもBMWならでは、という印象だ。(文:河村康彦/写真:小平寛、永元秀和)
BMW X6 xDrive35i 主要諸元
●全長×全幅×全高:4885×1985×1690mm
●ホイールベース:2935mm
●車両重量:2250kg
●エンジン:直6DOHCツインターボ
●排気量:2979cc
●最高出力:306ps/5800rpm
●最大トルク:400Nm/1300−5000rpm
●駆動方式:4WD
●トランスミッション:6速AT
●車両価格:851万円(2008年)
[ アルバム : BMW X6 xDrive35i はオリジナルサイトでご覧ください ]
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