ついにアストンマーティン初のSUVに日本の公道で試乗することができた。長く待っていた分、その期待値はかなり高いものであったが、DBXはそれに見事に応えてくれる完成度を見せてくれた。(Motor Magazine 2020年11月号より)
プレミアムSUVの歴史の中でDBXの果たす役割は?
妖艶なシルエットを夜の街に浮かべながら疾走するアストンマーティンDBX。そのステアリングホイールを握る私は、およそ20年にもなるプレミアムSUVの歩みを振り返っていた。
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諸説あるだろうが、本当の意味で優れたオンロード性能を手に入れた初のSUVはBMWの初代X5だった。ローバーグループを買収してレンジローバーのノウハウをたっぷり吸収したバイエルンの自動車メーカーは、そこに自分たちが培ってきたスポーツセダンの走りを融合させてX5を完成させた、というのが私の見たて。初めてX5に触れたとき、ごく軽いロール量でコーナーを駆け抜けていくその足まわりに驚嘆したことを今も鮮明に記憶している。
X5に続いてポルシェ カイエンが誕生したことでプレミアムSUV人気に火がつく。さらに2015年には、プレミアムクラスよりも上に位置づけられるラグジュアリークラスのSUVとしてベントレー ベンテイガが世に出ると、ランボルギー ニウルス、ロールスロイス カリナンが立て続けにデビュー。
それらは、スポーティなSUVであればステアリングレスポンスがさらに鋭くなり、ラグジュアリーなモデルであれば快適性がより高まるといった具合で、ニューモデルが登場するたびにSUVは新たな地平を切り拓いていった。そうしたSUVの歴史の中にあって、DBXはどんな役割を果たしたのだろうか?
DBXの凄さは安心感が高く一体感が強烈なところ
サスペンションのセッティングについて「DBXはウルスとカイエンの中間」と語ったのはアストンマーティンのチーフエンジニアであるマット・ベッカー氏で、私もこの言葉を再三引用してきた。なるほど、足まわりのしなやかさでいえば、ウルスよりマイルドでカイエンよりソリッドだ。ただし、それだけではDBXの真の魅力をまるで説明できていない。
DBXの本当の凄さは、クルマのフロントセクションがまるごとアルミダイキャストで一体成型されたかのような圧倒的な剛性感であり、これによって生み出されるビビッドな前輪の接地感である。その結果としてもたらされる安心感というか、クルマとの強烈な一体感はこれまでのどのSUVにも感じられなかったもの。
いや、SUVに限らずセダンであっても、ここまでの剛性感を生み出しているモデルは少ないように思う。それを、これだけサイズが大きなSUVのボディで成し遂げたことに、DBXの最大の価値があるといっても過言ではない。
オマーンでプロトタイプに触れてから半年以上。ようやく日本で試乗できることになった量産型のDBXでも、この点はしっかりと守られていた。ステアリングとタイヤの間にゴムのように「たわむ」部材がなにひとつなく、前輪を正確に、思いどおりに操舵できるうえ、タイヤが路面と接触している様子が克明に伝わってくる。しかも、なぜかそこには不快な振動が一切含まれていない。ステアリングホイールからもたらされるダイレクトで洗練されたフィーリングは、オマーンで感じたものとまったく変わらなかった。
今回はオドメーターがおよそ1000kmの時に試乗したが、最初は乗り心地がちょっと硬めに感じられた。路面から強い突き上げを受けると、それがそのままドンッと伝わってくる。ただし、できのいいスーパースポーツカーのように、良質なダンパーと強固なボディのおかげでまるで不快に思えなかったことは付け加えておくべきだろう。
ところが、それから1000kmほど走破した同じ試乗車を再び走らせてみたところ、このときは前述した「ドンッ」が鮮やかに消え去っていて、オマーンで乗ったプロトタイプと極めて近い印象だった。走り込んで各部が馴染んできた結果だろうが、この乗り心地がDBX本来の持ち味なのだろう。そのしなやかさはまさにウルスとカイエンの中間(か、ほんの少しウルス寄り)という印象で、ただ快適なだけでなくボディをしっかりと安定した姿勢に保とうとする明確な意思が伝わってくる。
静粛性も高い。試乗車はオールシーズンタイヤを装着していたものの、ロードノイズの低さは数あるラグジュアリーSUVの中でもトップクラス。エンジンは、メルセデスAMG製4L V8だが、細かいことをいうと点火順序が改められた新仕様で、アメリカンV8を思わせる「バババババッ!」という豪快な音ではなく、「シュワーッ」とでもたとえたくなるような未来的で先進的なサウンドを奏でる。音量も抑えめで、の会話が弾むSUV」に相応しいキャラクターだと思う。
実にパワフルなV8エンジン。そしてエクステリアも美しい
メルセデスAMG製V8エンジンのシャープなレスポンス、そして中低速域での分厚いトルク感はこのDBXでも健在で、交通の流れにあわせて車速をコントロールするのは実に容易。まれに、追い越し加速でドンとアクセルペダルを踏み込んだときに3段か4段くらい一気にシフトダウンすることがあったが、これはそんな乱暴な運転をしなければいいだけの話で、総じて扱いやすく、そして十分にパワフルなエンジンだ。
ワインディングロードを走り始めた時にはすでに強い雨が降り始めていたが、前述したステアリングフィールのおかげもあって自信を持ってコーナーを走ることができた。ロールはしっかり抑え込まれているのに、加減速に伴うピッチング方向の動きは許してくれるため、荷重移動の様子が掴みやすいのも安心感を高めるのに役立っている。
そうやっていくつものコーナーをクリアしているうちにペースも上がっていたのだろう。アペックスを過ぎてアクセルペダルを踏み込んだところで4輪がきれいに流れた。ただし、スライドする動きが穏やかで、まったく恐怖感を与えない。しかも、ただ走行ラインがアウトに膨らんでしまうのではなく、むしろ前輪の位置はほとんど変わらずに後輪だけわずかに外側に流れるので、結果としてノーズはしっかりとコーナーの出口を目指したままとなる。
これはスポーツ派ドライバーにとって、実に操り甲斐のあるハンドリングであると同時に、極めて安全でもある。おそらく、ベッカー氏らはここまでを見込んでシャシをチューニングしたのだろう。この点でもDBXは、画期的な存在といって間違いない。
例によって走りの印象が長々と続いてしまったが、アストンマーティン初のSUVが備えた魅力はそれだけではない。まずはスタイリングが美しい。全高が1.7m近くもあるのにスポーティで流麗なプロポーションに見えるのは、ボディサイドの下側を深く抉った効果だろう。このためボディが「薄く」見え、強い軽快感を生み出している。ノーズ先端からリアエンドまでを一本の流れるようなラインで描き出した点も、スポーツカーらしいスピード感を生む一因だ。
ブランド初のSUVであるが、完成度の高さに敬意を表する
インテリアはこれまでのアストンマーティンから一歩前進したように思える。全体的にはシンプルな造形だが、そこにクオリティの高い素材を用いてラグジュアリー性を高めている。作り込みの精度もこれまでのアストンマーティンよりワンランク上に感じられた。
操作系は、シフトセレクターとエンジンスタートのプッシュボタンをダッシュボードの高い位置にレイアウトした点はこれまでのアストンマーティンと共通だが、電気系プラットフォームをメルセデスベンツと共用することもあって、インフォテインメント系などはメルセデスファンにとって馴染み深いスタイルとなっている。また、新型車にありがちな細かなトラブルも一切見受けられない。
室内には十分なスペースがある。とくに後席のレッグルームと荷室の広さは印象的。3列シートの設定はないものの、DBXのキャラクターを考えるにその需要はあまり多くないだろう。率直にいって、DBXに現時点で明確な不満はない。初作でここまで完成度の高いSUVを作り上げたベッカー率いる技術陣には敬意を表したい。
また、DBXはアストンマーティンの現行ラインナップの中でも出色の出来映えだが、それもこれもベッカー氏がゼロから作り上げた初のアストンマーティンであることと無関係ではあるまい。次なるベッカー氏の作品はミッドシップスーパースポーツカーとなるはず。その完成が今から楽しみで仕方ない。(文:大谷達也)
■アストンマーティンDBX主要諸元
●全長×全幅×全高=5039×1998×1680mm
●ホイールベース=3060mm
●車両重量=2320g
●エンジン= V8DOHCツインターボ
●総排気量=3982cc
●最高出力=550ps/6500rpm
●最大トルク=700Nm/2200-5000rpm
●駆動方式=4WD
●トランスミッション=9速AT
●車両価格(税込)=2299万5000円
[ アルバム : アストンマーティンDBX はオリジナルサイトでご覧ください ]
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