スーパーGTを戦うJAF-GT車両見たさに来日してしまうほどのレース好きで数多くのレースを取材しているイギリス人モータースポーツジャーナリストのサム・コリンズが、その取材活動のなかで記憶に残ったレースを当時の思い出とともに振り返ります。
今回は2016年のフォーミュラEセカンドシーズンに開催されたロンドンe-Prixの後編。コリンズが初めて実際に見た電気自動車レースで感じたフォーミュラEが持つ課題と希望を語ります。
フォーミュラE:ニック・キャシディ、ヴァージン・レーシングから2020/21年シーズンの参戦が決定!
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予選は午後1時に終わり、レースは午後4時までスタートしない。その間コース上では何も行われていなかった。パドックでやることがなくなった私は、F1のような雰囲気を期待して巨大なファンゾーンに行ってみることにした。
おそらく端から端まで1kmはあっただろう。しかし、そこにはほとんど何もなかった。数社のマニュファクチャラーが展示ブースを出して市販車を展示していただけで、あとはハンバーガー売り場があるだけだ。
まるで“普通の公園での散歩”ではないか。仕方がないからハンバーガーと1パイントのサイダーを購入してレースを待ったが、退屈だった……。
午後4時になりレースが始まると状況は面白いものに好転した。最初のコーナーでニコラ・プロスト(ルノー・e.ダムス)とブルーノ・セナ(マヒンドラ)がバトルを繰り広げていたのだ。待った甲斐があった!
とはいえ、正確に何が起きているのかを知るのは難しかった。レースが進むにつれてコース上では激しいバトルが展開されていたが、私がいた場所からは大型スクリーンの一部しか見ることができなかったからだ。
レースは見えないがマシンの音はよく聞こえた。無音とは程遠く、非常に独特な音を出している。実際、ほとんどのチームが独自のモーターやインバーター、トランスミッションを開発しており、マシンによって音が違う。
なかでもアプト・シェフラー・アウディ・スポートのブランドのマシンは際立っていた。カラーリングが色鮮やかなだけでなく、他のマシンと音がかなり違っていたのだ。その音はかなり高音で、わずかに大きかったと思う。
ピットストップは正直なところばかげたものだった。これはフォーミュラEの恥ずかしいところだったと思う。当時のマシン技術では、全長96kmのレースをフルスピードで走りきることができず、ドライバーはそれぞれのガレージに入ると、マシンを降り、同じもう1台のマシンに乗り換えてレースを続けていた。
だが、それを見た私は学生フォーミュラ(フォーミュラSAE)の電動マシンは同じ程度の距離のレースを完走することができていたことを思い出した。しかも重量は25パーセントくらいだが、かなり速い。
このことは後に、ベルリンe-Prixで学生フォーミュラのマシンがフォーミュラEマシンよりもはるかに速く周回していたことで証明された。しかしフォーミュラEではマシンの乗り換えもシリーズのうちだ。
ほとんど様子が見えなかったものの、レースが展開するにつれ、セバスチャン・ブエミ(ルノー・e.ダムス)が素晴らしいレースをしていることが明らかになった。ブエミは14番グリッドからスタートしたが、レースの3分の2が終わった頃には6位に浮上していたのだ。
フォーミュラEに参戦して2シーズン目を迎えたブエミはルーカス・ディ・グラッシ(アウディ)とのタイトル争いの接戦にいた。そしてそのバトルはまさに今、目の前のコース上で起きており、ブエミはディ・グラッシのすぐ後ろにつけた。
レース終盤、ダニエル・アプト(アウディ)が激しくクラッシュし、セーフティカーが出動したために、フィールドでは各マシンが差を詰めてきていた。
残り10周、レースが再開し、ブエミとディ・グラッシのバトルが激しさを増した。8コーナーでディ・グラッシが目の前を走るジャン-エリック・ベルニュ(DSバージン)を追い抜く際に激しく接触してマシンのフロント部分を損傷。
そしてこの状況を有利に運ぼうとしていたブエミにベルニュのマシンが衝突した。
その後、ブエミは全力を尽くしたが、ディ・グラッシを抜くことができず。注目していた『プロスト対セナ』はプロストがセナを破ってレース優勝を飾った。こちらのバトルはそれほどエキサイティングなものではなかったが。
だがレース結果は重要なものであった。本人は気づいていなかったが、ブエミはチャンピオンシップを制したのだ。翌日のレース2ではブエミもディ・グラッシも完走できなかったので、ブエミはレース1でタイトルを獲得したことになる。
■電動自動車レースは方法次第でエキサイティングになる
私は二日目のレースはコースに行かないことにした。必要なことはすべて見たからだ。私はあのときのフォーミュラEには良い印象を受けなかった。
マシンは遅すぎるし、ロンドン市民にとってこのイベントが時間とお金の面で高い価値があるとも思えない。コースから帰る途中、もうひとりのジャーナリストとともにパブに寄った私は、彼とフォーミュラEの何が問題なのかについて議論した。
標準シャシーとバッテリーパックが使用されているのでマシンが遅すぎる。またマシンがすべて似通っているという結論に達した。電動レースは方法次第でエキサイティングなものになり得るが、マシンは急進的で印象強いものにする必要がある。
第一世代と呼ばれるマシンにはそのどちらもなかった。そしてマシンだけでなくチームとマニュラクチャラーがさらに技術開発を行う余地があるとも感じた。このシリーズが自動車産業への関連性を持つためには重要なことだ。
こうしてバタシーでの初めてのフォーミュラE観戦は退屈だった印象を残して終えた。あのコースは二度と使われることはないだろう。ちなみに、フォーミュラEがロンドンに戻るときには、ドックランズの金融街の新しい会場で行われるはずだ。
そしてより速くエキサイティングなマシンが走ることになる。現在のフォーミュラEのマシンはあのときよりはるかに見ていて面白い。
だが、このチャンピオンシップにはまだいくつか問題があると思っている。技術開発は制限がきつく、モーターレースというのは、パワートレインだけでなくマシン全体が重要だ。
それがヨーロッパでERAシリーズが始まることに私が大いに興奮している理由だ。同シリーズでチームは、F4のモノコックをベースにマシン開発ができるのだ。費用効率も良く、同時にイノベーションを促すものだ。
ジャガーI-Paceによるサポートレースは中止となり、また予選と決勝の間に見るものがほとんどなくなってしまったが、シリーズが再開されれば私はもちろんロンドンのレースに行くし、ヨーロッパでの数戦も見に行くだろう。
観客に対しても大きく改善されていることを期待する。それでも私は、電動レースはショーを改善するためにさらに必要なことがあると思うのだ。
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サム・コリンズ(Sam Collins)
F1のほかWEC世界耐久選手権、GTカーレース、学生フォーミュラなど、幅広いジャンルをカバーするイギリス出身のモータースポーツジャーナリスト。スーパーGTや全日本スーパーフォーミュラ選手権の情報にも精通しており、英語圏向け放送の解説を務めることも。近年はジャーナリストを務めるかたわら、政界にも進出している。
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