手強い地形に屈しない捜索救難車
担当者は、しっかりドアを閉めてくれただろうか。そんな気持ちを抱きながら、堤防の斜面を下る。真っ赤に塗られた巨大なオフローダーが、湖面へ迫る。自らの操縦で、初めて湖をクルマで走るのだから、車内に水は侵入してこない方が良い。
【画像】ジールモーター・ファットトラック 極限環境にも耐えうるオフローダーたち 全69枚
遠くで白鳥がゆっくり泳いでいる。水面はドアの開口部の、かなり下の方にある。タイヤはボディサイドのデッキ下で回転している。そのまま進み、ゆっくり着水した。
完全に浮いた状態になり、お風呂に浮くアヒルのオモチャのように水面を漂う。一呼吸をおいて、タイヤへパワーを伝える。外輪船のようにタイヤが水をかき、前へ進み始める。
今回試乗したクルマは、ファットトラック。有能な捜索救難車だが、乗り方次第では、行く先を選ばない巨大な大人のおもちゃにもなりそうだ。捻りのないモデル名に思えるが、特にそこで目立つ必要はないのだろう。ライバルは少ない。
このファットトラックは、カナダ・ケベック州に拠点を置くジールモーター社が作ったもので、英国へも代理店を通じて輸入が始まっている。手強い地形が邪魔しても、目的地へ到達できることが目指されている。
画期的なマシンとして遭難者の探索や救助で、活躍する計画にあるという。風力発電を展開する企業や、消防庁なども関心を寄せているそうだ。
大きく見えるものの、全長はフォルクスワーゲン・ポロより短い。そのかわり、全高は3m近くある。タイヤは24インチの1640/640という、見たこともないサイズを履く。
キャタピラー社製ディーゼルターボで68ps
ファットトラックは、極端な環境下でも簡単に運転できるよう設計されている。クラッチはない。急な坂を半クラッチで長時間走行したら、すっかり焼けてしまうだろう。
エンジンはキャタピラー社製の2.2Lディーゼルターボで、最高出力68ps、最大トルク21.1kg-mを発揮する。トランスミッションは前進10段、後進10段で、それぞれハイギヤとローギヤが選べる。次期モデルでは4段にシンプル化されるという。
タイヤは、幅5cmほどのカーボンファイバー製ベルトで駆動される。パワーは頼りなく思えるが小回りは効き、その場でクルリと回転できる。
運転席はキャビンの最前方。中央のジョイスティックで操作する。沢山のボタンが並んだパネルがあり、スノーやマッド、トレイル、ウオーターという走行モードが選べる。極限状態に備えて、肉厚な手袋を着けていてもボタンが押せるよう配慮されている。
ボディスタイルには、乗員空間に6名が座れる8シーターのクルーキャブと、1tの荷台が付くピックアップ・トラックの2種類がある。車重はクルーキャブが2.7tで、ピックアップが2.3t。最高速度は陸上で40km/h。水上では4.8km/hが出せる。
特徴的な装備が、タイヤの空気圧を0.5psiから4psiまで調整できるエアコンプレッサー。走行中でも圧力を変えられ、地形に応じて自動的に調整される。
陸地に上がろうとすると、フロントタイヤが変形。コンプレッサーが稼働し、条件に応じた空気圧がタイヤへ与えられる。サイドウォールは分厚く、ホイールからねじれるように回転する。
ジョイスティックで運転は非常に簡単
前後のオーバーハングは殆どなく、アプローチ・アングルとデパーチャー・アングルは深い。走行可能な角度は、前後方向で最大35度。横方向には22度まで耐えられるという。歩けないようなスキー場の急斜面でも、難なく登れる。
ファットトラックは、運転が非常に簡単。キーを回すと、キャタピラー社製ディーゼルエンジンのノイズが聞こえてくる。後は、ジョイスティックを傾けるだけ。エンジンは、車体下部の中央に搭載されている。運転席に近く防音材が充分ではなく、正直うるさい。
アクセルやブレーキのペダルはない。コントロールパッドのボタンを押し、ハンドブレーキを解除する。ジョイスティックの握り部分に付いたスイッチを押しながら、前方に倒すと発進できる。
走りは滑らかで文明的。ジョイスティックを目一杯前に倒し、エンジンの回転数を高めてから変速すると、順調にスピードを乗せていける。
変速は、ジョイスティック上部の2つのスイッチで行う。片方がシフトアップで、もう一方がシフトダウンだ。加速時の変速は理にかなっていると感じたが、変速時には違和感があった。少なくとも、少々不器用な筆者には。
ジョイスティックの角度を戻し減速しながら、同時に進行方向を変えてみたが、ファットトラックはこの動作が好きではないらしい。暴れ馬のように、激しくボディが前後に揺れてしまった。
同乗したカメラマンは、耐えきれずロールバーに頭をぶつけていた。流血には至らかなかったが、仮に血が滴っても車内は水で洗えるそうだ。
コミカルな見た目 能力はシリアス
筆者の運転に不安を感じたのか、林間コースではデモドライバーがジョイスティックを握ってくれた。ボディの上下動が大きく、路肩が緩いルートだったから、それで良かったと思う。
カメラマンには申し訳ないことをしたが、それ以外、ファットトラックの操縦の簡単さには驚かされた。数時間のトレーニングを経れば、アルプス山脈に登ってピクニックを楽しめるかもしれない。
低速域での乗り心地は、感心するほど良い。大きなバルーン状のタイヤは、つまりエアサスペンションでもある。スピードが上昇すると、極端に短いホイールベースが影響し、上下や前後に揺れ始める。
走破性は非常に高い。ドロでぬかるんだ急斜面も見事に登ることができていた。タイヤのグリップは強力で、安定性が高く、オフロードでもアスファルト路面を走っているかのように不安感がない。
さらに油圧を用いた特殊な駆動構造のおかげで、35度の急斜面を、毎時1mmというゆっくりとした速度で下ることも可能だという。極端な状況から無事に脱出できるか、そのまま転げ落ちるか、大きな違いを生む可能性もある。
見た目は子供が描いたクルマのような、漫画チックなカタチだが、エクストリームな条件への対応能力は圧倒的。命をさらして危険に立ち向かう捜索隊にも、リスクを減らせるジールモーター・ファットトラックは歓迎されるだろう。
獲得した能力は、至ってシリアス。コミカルな見た目とは、裏腹なほど。
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みんなのコメント
ちなみに川の下流の通常の流れは時速換算では3.5km/h前後だと思われます。
台風では風も強くなり船は風に流されますよね。
いざという時に使えるのなら、災害対策として導入する価値がありますね。