以前、仕事で大層お世話になったIさんという人から久々に電話があり、「とにかく会いたい」と言う。「知人からのかなり久々の電話」で「とにかく会いたい」というのはたいてい場合、借金の申し込みかマルチ商法の勧誘である。
気は進まなかったが、なにせ大恩のあるIさんだ、無下にはできない。
激安ガイシャ道に間違いはなかった。零細企業が借金をした意外な理由
わたしは当座貸せるだけの現金(弐万圓)と、何らかのマルチ商法の入会金(たぶん壱万圓)を財布に入れ、約束の場所へ赴いた。そしてIさんに言った。「あえて理由とご事情はお聞きしません。とにかく、この弐万圓または壱万圓をご査収ください。それでは失敬」
立ち去ろうとしたわたしの肩を、呆気にとられた表情のIさんが掴んだ。
「何の弐万圓かよくわかりませんが、そうではなくて“音”を聴いていただきたいのです」
超小型スピーカーを付けるだけで音が激変? インチキでしょ?
聞けば、Iさんは借金の申し込みにきたわけでもマルチ商法の勧誘にきたわけでもなく、転職先であるカーオーディオ関連メーカーの製品をプロモートするため、やってきたのだった。「素晴らしい製品ですので、記事にする云々はさておき、とにかく軍曹さんに聴いていただき、その感想を頂戴したいのです」と。
や、それは早合点してしまい失敬失敬……などと言いながらさりげなく弐万圓を財布に戻しつつ、さらなる詳細をIさんから聞いた。
Iさんによると、そのカーオーディオ関連製品の名称は「LAYERED SOUND(レイヤードサウンド)2nd Edition」。純正カーオーディオのヘッドユニットやスピーカーを大げさに交換するのではなく、ごく小さなスピーカーをAピラーの内部や天井の内部にちょこっとインストールするだけで(実際にはそのほか超小型の専用アンプを設置し、配線作業等も行う必要はあるが)、しょぼい純正カーオディオの音が「ほとんどコンサートホールみたいな感じに激変する!」のだという。
わたしはIさんに言った。
「……Iさん」
「はい何でしょう軍曹さん?」
「こんなことなら借金を申し込まれるか、マルチ商法か何かに勧誘されるほうがまだマシです。ふざけないでください。いくら大恩あるIさんとはいえ怒りますよ?」
基本的には温厚な人間であるわたしが怒ったのには理由がある。「ちょっと何かを付けるだけ」で音が激変するなどという甘っちょろいことは、カーオーディオの世界では絶対にないからだ。
今でこそスバルXVの激安純正オーディオで何の不満も感じていないが、その昔は輸入車専門誌でカーオーディオ企画を担当し、自らのメルセデス・ベンツ190E 2.3-16をなぜか5.1ch化させた経験もあるこのわたくしを、どうかナメないでいただきたい。
が、確かにサックスプレイヤーが「すぐそこ」に!
Iさんに率直にそう伝えたが、Iさんは柔和な真顔を崩さない。……Iさんがこの顔をするときは、本当に自信があるときだ。わたしはそれをよく知っている。ならば……ということで、
「……少々言い過ぎました、すみません。ではその音とやら、お聴かせください」
と言った。そしてIさんが乗ってきたレイヤードサウンド・セールス&マーケティング社のデモカーであるメルセデス・ベンツCLA180の助手席に乗り込んだ。
何の変哲もない、素のCLA180の素の純正オーディオシステムが、そこにあった。まずは「LAYERED SOUND(レイヤードサウンド)2nd Edition」をオフにした状態で、Iさんが持参したジャズの音源を聴いた。まぁ悪くはない。最近のクルマはベースグレードの純正オーディオでもまずまず聴ける音になってるよなぁ、オレのXVにしてもそうだしさぁ。
なんて思ってるうちにIさんが「では、ONにしてみますね」と言う。うむ、お願いしますと応え、しばしその時を待つ。
……なんなんでしょうかこれは! すげえ!
あのですね、東京の吉祥寺にわたしがたまに行く『SOMETIME』っつーJAZZのライブハウスがあるんですが、そこで生演奏を聴いてるのとほぼほぼ同じような音場が、CLA180のしょぼい……っつったら失礼ですが、実際オーディオ環境的にはしょぼい場に、いきなり出現したんですよ! うはあ……なんだコレ?
Iさんの説明ならびに製品カタログによれば、このレイヤードサウンドというのは、従来型のスピーカーからダイレクトに届く「C波(指向性が強い音)」に、楽器のボディが共鳴するような反響音である「D波」を加え、そして調和させることで、理想的な音響空間を自動車のキャビン内に実現させる仕掛けなのだそうだ。
細かい理屈は各自ネットとかで調べていただくとして、確かにこれはすげえ。Iさんが久々に電話してくるのもなるほど道理である。
「Iさん、本当にご無礼いたしました。というか、おみそれしました。これは素晴らしい製品であるとわたくしも思います。つきましては、この素晴らしさをわたしなりに体感した事実をCLかどこかで書くことで、読者の皆さまにお伝えようと思います」
そう言って、わたしはIさんと別れた。近々の再会を固く約束しつつ。
純正デザインを崩したくない富裕層はぜひ注目を!
以下、レイヤードサウンド2nd Editionについてわたくしが感じた事実を述べる。現物はもらってないし、宣伝料も1円たりとも受け取っていない。もちろんアマチュアの主観に過ぎないが、2000%の個人的な真実である。
・前述したとおり、シンガーやプレイヤーがすぐそこで歌唱または演奏しているかのような、すばらしい臨場感が生まれる。や、本当に!
・例えばアコースティックギターの1音1音が、耳を疑うほどくっきりと、しかし嫌味のない音質にて聴こえてくる。
・車内のスッキリした純正デザインをいっさい崩さずに音場の大改善ができるというのも、下品なカスタムが嫌いな人間にとってはど真ん中である。
・ただし、音楽ジャンルは若干選ぶような気がする。
・一例だが前述のジャズ音源や、The Eaglesのアンプラグド音源、The Rolling Stonesの中期アルバムなどはウルトラ素晴らしく、もはやレイヤードサウンド無しでは聴きたくないぐらいの感動を覚えた。
・しかしPerfumeのようなピコピコ・ズンズン・ギュワギュワとしている音源は、あまりハマらないように思える。
・要するに「シブいライブハウスが似合う音楽」が、このシステムにハマるのだろう。
・「2チャンネルセット」と「4チャンネルセット」があるが、多少値は張っても4チャンネルセットのほうを選ぶべきだと思う。
・別売りの「+Cチューンナップウーファー」も、絶対にあったほうがいい。
・そうなると、総額としてはまずまずの値段になる。工賃を入れて税込み30万円ちょいぐらいだろうか。
・「30万円ちょいで激変? 純正デザインを崩さずに? それならまあまあ安いというか、リーズナブルなんじゃない?」と思える層は、レイヤードサウンドの導入をソッコーかつ前向きに検討してみる価値大であると断言したい。
・そうでない層は、まぁじっくり検討してみてください。
以上である。敬礼。
※上記の感想部分は天地神明に誓って筆者伊達の個人的な真実ですが、「Iさん」の名誉のためいちおう言っておくと、冒頭付近の筆者とIさんのやりとりはすべてフィクションというか冗談です。すみません。
[ライター/伊達軍曹]
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