かつて存在したスウェーデンの自動車メーカー「サーブ」。当時の思い出を、小川フミオが振り返る。
“ガイシャ”感満載
29歳、フェラーリを買う──Vol.102 トラブルかも!?
いまでも街でたまに見かけると、思わず”いいな”と声が出そうになるのがスウェーデン生まれの「サーブ」。とりわけ、1980年代の「900」までの各モデルは、まさに“ガイシャ”感満載。個性にあふれ、日本でもクルマ好きの憧れのブランドだった。
もっとも、中古で買ってもだいじょうぶといえるのは、「9-5」(初代は1997年)や「9-3」(初代は1998年)あたりのモデルだろう。その前の「9000」(1984年)の時代から、サーブは、他社のエンジニアリングを大々的に導入。1990年代のサーブは、かつては大きな弱点といわれたステアリング系のトラブルなどとは無縁だからだ。
すっきりした、のびやかなプロファイル(サイドビュー)と、基本はセダン車型でありつつハッチゲートを組み合わせたファストバックによる機能性、それにドイツ車ともちがうデザイン感覚のインテリアなど、1990年代になってもサーブ車は魅力をはなっていたものだ。
9-3にはソフトトップをそなえたカブリオレもあった。日照時間のみじかい北の国うまれのサーブは、900の時代にもあったカブリオレが欧米で人気を得ていた。そのヘリティッジを感じさせるモデルだ。
1990年に米・ゼネラルモーターズ傘下に入ったサーブは、やはりGM系ドイツ企業オペルのセダン「ベクトラ」をベースにした2代目「900」(1993年発表で1998年からは「9-3」に車名変更)を発売。
ほかにも、いくつもGM系列企業の製品のバッジエンジニアリング(名前だけつけ替えたプロダクト)的なサーブ車が登場した。
当時GMの出資を受けていた富士重工業(現SUBARU)のスバル「インプレッサスポーツワゴン」の主要パーツを使った「9-2X」(2004年) や、シボレー「トレイルブレイザー」のパーツで構成した「9-7X」(2005年)といったぐあいである。
どこかユーモラス
もし、故障の可能性などを度外視するなら、1977年に市場導入され1993年まで生産された「99ターボ(のちに900ターボ)」が魅力的だ。他社に先駆けてターボを装着した乗用車として先進的な存在で、高速性能の高さがセリングポイントだった。
ただし前輪駆動だったので、やや問題も。アクセルペダルを強めに踏み込んだときに、左右前輪のトルク差を回収しきれず、ステアリングホイールが動くトルクステアが、このクルマの問題点だった。
真夏のオーバーヒートに見舞われる、と口にする何人ものオーナーに会ったことがある。
それでも、座り心地よく見た目が個性的なハイバックシートをはじめ、サーブならではの特徴に満ちていたのは、いまでもおおいに惹かれる点だ。
デザイン性にすぐれたダッシュボード、円筒を切断したような曲率の強いウインドシールド、サイドシルが深くえぐってあり乗降性にすぐれたドア、クラムシェルと呼ばれる下までまわりこんで大きく開くエンジンフードなど、魅力的なディテールは枚挙にいとまがないかんじだ。
さらにさかのぼれば、サーブが世界ラリー選手権で活躍していた時代に登場した「96 GT850」(のちの「モンテカルロ」)も、カッコいいモデルだ。841ccの2ストロークエンジンは3連カーブレターを備えて当時としてはかなり高性能の52psを発生。1962年と1963年のモンテカルロラリーで総合優勝している。
サーブのおおきなセリングポイントだったデザインは、機能を中心としたものだ。最初期のスウェーデン人デザイナー、シクステン・サソンが、空力やパッケージなど独自に解釈して、理想的なプロダクトに仕上げたのがサーブだ。
リアで大きくすぼまる”空力的”シェイプや、大きく開く整備性の高いエンジンフードなど、航空機的な機能に裏打ちされたデザイン。ご愛敬だったのは、クルマ好きだったサソンが、好きだったのでついやってしまったというアルファロメオ的なフロントグリルだ。楯のモチーフは、「93」(1956年)にはじまり、最後(2016年)まで継続使用された。
なので、同時代のデザイナー、たとえば、エーロ・サーリネンの建築や、ディーター・ラムズの家電製品などのように、怜悧な印象はない。どこかユーモラスで、人間的ともいえる精神性が感じられる。それを保っていた1980年代までは、とくにサーブ車は他社の製品にない独自の輝きをはなっていたものだ。
文・小川フミオ
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