小さな巨人、ミニ クーパーS
2024年5月末から6月初頭にかけて、RMサザビーズ北米本社は新旧の自動車/オートバイにくわえて、オートモビリア(自動車趣味グッズ)に時計など、あらゆるジャンルのモノを収集してきたという、さる有名コレクターの愛蔵アイテムを集めた「The Dare to Dream Collection」オークションを、カナダ・トロントにて開催しました。今回は、その中からオースティン「ミニ クーパーS Mk II」の車両解説と、注目のオークション結果についてお伝えします。
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デビューから60余年、ミニ クーパー伝説の始まりとは?
「ブリティッシュ・モーター・コーポレーション(BMC)」が1959年に発売した小さな姉妹車「オースティン ミニ セブン」と「モーリス ミニ マイナー」は、そのあまりの先進性から、デビュー当初こそマーケットにとまどいを生じさせながらも、ほどなく自動車史上に残る大ヒット作となった。
しかしこの時、本格的な「乗用車」というにはあまりにもちっぽけなうえに、わずか803cc(直後に848ccに拡大)の4気筒OHVエンジンを搭載したミニが、のちにモータースポーツの第一線で、しかも最速最強のコンテンダーとして縦横無尽の活躍を示すことを予測できた慧眼の持ち主は、決して多くなかったに違いない。
その数少ない目利きのひとりこそ、「サーキットの鍛冶屋」として親しまれるいっぽう、F1グランプリの世界にミッドシップ革命を巻き起こし、ミニが誕生したのと同じ1959年と60年に世界チャンピオンシップを獲得したジョン・クーパーである。
彼は、もともと友人だったミニの創造主アレック・イシゴニス卿に、より速く快適なミニを作ることを提案。1961年には997ccに排気量を拡大する一方、ツインキャブ化などで55psまでスープアップした元祖「ミニ クーパー」が発売されるに至った。
欧州のモータースポーツ規定に合わせてチューニング
しかしミニ クーパーの物語は、まだ始まったばかりだった。デビュー早々からモータースポーツに打って出たミニ クーパーは、その優位性を確たるものとするべく、1963年3月にはエンジンを中心にさらなるチューンを加えた「クーパーS」へと進化する。
クーパーSは、当時欧州のモータースポーツで主流だった1100ccクラスに収まるよう、1071ccに設定され、70psのパワーを獲得した。さらに翌1964年3月には1000ccクラス制覇を目的とした970cc版(65ps)と、1300ccクラスおよび総合優勝も視野に入れた1275cc版(75ps)が追加され、それぞれのクラスで快進撃を展開してゆく。
しかし1965年末には970cc版と1071cc版が廃止となり、1967年になるとミニ・ファミリー全体が「Mk II(マーク2)」へと移行することから、1275ccのみとなったクーパーSもMk IIに進化を遂げた。
さらに、BMCが「BLMC(ブリティッシュ・レイランド・モーター・コーポレーション)」となった1969年には、ミニ一族とともにMK IIIへと進化したことから、このオークション出品車であるクーパーS Mk IIは、結果として両ブランド合計でわずか約6300台しか生産されない希少モデルとなったのだ。
この時代のミニ クーパーSというクルマの魅力について、2003年に米『モータートレンド』誌に寄稿したジョー・デマティオ氏は、以下のように記している。
「コーナーを曲がるとすぐに、当時なぜこのクルマのハンドリングが革命的と受けとめられたのか、そしてなぜ40年間も忠実な支持を集めてきたのかが理解できる」
現役当時の定番パーツでまとめた、センスの良いクーパーS Mk II
今回RMサザビーズ「The Dare to Dream Collection」オークションに出品されたオースティン ミニ クーパーS Mk IIは、もともと輸出用として生産された左ハンドル仕様車だった。
BMCグループ各ブランドの記録を司る「ブリティッシュ・モーター・インダストリー・ヘリテージ・トラスト(BMIHT)」の発行した証明書によると、日本のミニ愛好家の間では「ナス紺」とも呼ばれる「アイランド・ブルー」と、「スノーベリー・ホワイト」のルーフによる2トーン外装。ブラック内装の組み合わせで、1969年2月25日にラインオフしたとのこと。
オリジナルの販売明細書のコピーによると、1969年7月15日にカナダ・ブリティッシュコロンビア州ヴィクトリアの「ホーウッド・ブラザーズ・モーターズ」社から新車としてデリバリーされたもので、そのエンブレムが車両後部に残っている。
のちにセカンドオーナーがまとめた履歴によると、このミニ クーパーSのファーストオーナーもブリティッシュコロンビア州在住で、41年間にわたってこのクルマを所有していたものの、後半の20年間は車庫保管されたままだったという。
そのため、同じくブリティッシュコロンビア州に住む2代目オーナーはオリジナルの仕様に戻すため、クラシック・ミニの専門家やパーツサプライヤーたちと協議しつつ、2011年から段階的なアプローチでボディまわりおよびメカニズムのレストアに着手した。
その修復プロセスは2012年まで続き、ミニ・スペシャリストが、このナンバーズマッチのエンジンをベースとしながら、レース仕様パーツを駆使してフルリビルド。さらに、レザーの「コルビュー」社製バケットシートや「ミニライト」スタイルのアロイホイールなど、このモデルの現役時代からミニの定番とされてきたアフターマーケットパーツで補強が施された。
くわえてこのとき追加されたのは、車高調整を可能とするサスペンション「Hi-Loキット」、クイックシフト・キット、追加ダッシュボードと補助メーター、4連のドライビングライト、スキッドプレートなど、性能やハンドリング、信頼性も向上させるパーツ。それらは同時に、きわめてセンス良くまとめられている。
そしてこのレストアが終了したのち、2012年末に「The Dare to Dream Collection」が入手したこのミニ クーパーSは、完全に改装された状態で良好な保存状態を保っており、部分的に穏やかな「パティナ(軽度の傷や退色)」が見られるものの、それ以外はほとんど使用された形跡がないという。また、オークション公式ウェブカタログ作成時のオドメーターは2万7523マイル(約4万4000km)を表示していたが、このメーターが新車として生産された際から受け継がれたオリジナルかどうかは不明とのことであった。
膨大なヒストリーファイルも付属される
今回のオークション出品に際しては、オリジナルの販売明細書にBMIHT証明書、1970年までのサービス請求書、レストア時の写真、純正オーナーズマニュアル、2011年以降に行われたすべての作業に関する詳細な解説資料を含む、膨大なヒストリーファイルも、ともに提供されることになっていた。
そして、このなかなか魅力的なミニ クーパーS MK IIについて、RMサザビーズ北米本社は4万ドル~5万ドル(約597万円~約746万円)という、かなりの自信をうかがわせるエスティメート(推定落札価格)を設定したのだ。
ところで、今回の「The Dare to Dream Collection」オークションは、すべて「Offered Without Reserve(最低落札価格なし)」形式で行われるというのが前提条件。したがって、たとえ入札が希望価格に到達しなくても落札されてしまう可能性もある。
しかも、エスティメートの段階からけっこう高価だったこともあって、「リザーヴなし」ではしばしば起こりうる安価な落札もオーナー側では危惧しただろうが、競売が終わってみればエスティメートの想定内に収まる4万7040ドルで落札されるに至った。
すなわち、現在のレートで日本円に換算すれば約725万円。現在の慢性的な円安の為替レートを加味してもなお、近年の日本のクラシックカー市場で散見される1000万円超えのミニ クーパーSよりはリーズナブル……? と見る向きもあるかもしれない。
しかし、世界的にもっとも高値で取引されるクーパーSは、ローバー ミニを含むのちの世代のミニをベースに、わざわざレプリカ仕様が製作されるほどに人気の高い「MK I」がほとんど。
だから今回のハンマープライスは、現在の国際マーケットにおけるMK IIとしては、ハイエンドに近いものと考えられるのである。
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