欧州縦断が大冒険だった時代の伝統
決まり文句を使わず、表現するのは難しい。自己主張の強い、ロングノーズのグランドツアラーで、地中海沿岸のリゾート地を目指した。変速は電光石火。身のこなしは、アスリートのように身軽だった。
【画像】類まれな「威厳と満悦」 ベントレー・コンチネンタルGT 競合のグランドツアラーと写真で比較 全140枚
実のところ、英国と欧州を隔てるドーバー海峡から、地中海までの移動を最短時間でこなせるグランドツアラーは、以前ほど大きな意味を持っていないだろう。
フランスの新幹線、TGVは574.8km/hで走ることもできる。営業速度はもっと遅いが。お金があるなら、飛行機に乗れば良い。平均的なクルマの性能も上昇した。
100年ほど前なら、ベントレー・ブロワーとフォード・モデルTとの間には、歴然の性能差があった。50年前でも、ベントレーとフォードの差は縮んでいたが、大きな馬力には確かな意味があった。レザーシートも特別だった。
流線型のボディに可変式ダンパー、最高出力329psの直列6気筒エンジンを得たアストン マーティンDB6は、同時期のファミリーカーより遥かに小さな疲労で長距離を移動できたはず。しかし、2024年では状況が違う。
15年落ちのフォルクスワーゲン・ゴルフですら、古いアストン マーティンより快適。穏やかに高速巡航できる最新のBMW 3シリーズは、優れたグランドツアラーになる。
欧州縦断が大冒険だった時代の伝統を受け継ぐモデルは、今でも特別な体験を与えてくれるだろうか。ゴルフ以上の移動時間になるのか。そんな答えを再確認したいと思い、筆者はフランス・カンヌへ向かった。
ロンドンから1320km離れたカンヌへ
そこでは、改良を受けたメルセデス・ベンツVクラスの発表会が予定されていた。顔見知りの自動車ジャーナリストは飛行機で向かうようだが、自分が選んだのはベントレー・コンチネンタルGT S。ピッタリの機会だ。
4.0L V8ツインターボエンジンが載り、最高出力は549ps。エアサスペンションにアクティブ・アンチロールバー、スポーツエグゾースト、スポーツデフが組まれている。
ロンドンから1320km離れた、カンヌのホテル・ベル・プラージュへ、19:30に到着したい。現代でもかなりの距離だが、早朝5時に出発すれば間に合う。アルパイン・グリーンに塗られたコンチネンタルGT Sなら、きっと快適に違いない。
アルミホイールはブラック。インテリアはタン・レザー。金属製の部品は、丁寧にローレット加工されている。薄霧の中を発進したら、眠気はすぐに吹き飛んだ。
1912年のこと、WO.ベントレー氏の兄弟、アーサーが感染症で命を落とした。彼は遺灰を撒くため、フランス製のDFPタイプ12/15というクルマを運転し、31時間かけてロンドンからスコットランドを目指したという。
「死ぬほど疲れて、窮屈でしたが、自分は正しいことをしたと感じています」。という言葉を残している。今なら、真冬にケーターハム・セブンを運転し、ロンドンからラトビアを目指すような旅だろう。
この逸話が、彼が1919年に創業したベントレーのクルマ作りへ大きな影響を与えたことは間違いない。サイズは大きく信頼性が高く、エンジンは太いトルクを生み出した。
疲れが癒やされる快適性と心が満ちる一体感
コンチネンタルGT Sは、案の定特別。シートへ座り、ブレーキペダルを踏む。早朝の市街地に反響するエンジン音が、少し申し訳なかった。プラグイン・ハイブリッド版の登場が早ければ、静かに出発できていただろう。
アウディRS6やポルシェ・カイエンをたじろがせるべく、V8ツインターボは意欲的なサウンドチューニングを受けている。プラットフォームはパナメーラと共有。発進時の印象は、やや重い。
それでも、グレートブリテン島南岸のフォークストンまで一息で走る。21インチ・ホイールを傷めないよう、ドーバー海峡を潜るユーロトンネルの積載列車は、ワイドボディ用の貨車を選んだ。
30分でトンネルを抜け、フランスへ。大地には適度な起伏があり、路面はうっとりするほど滑らか。
高速道路で、コンチネンタルGT Sは外界との素晴らしい隔離性を発揮するが、それだけではない。空気の塊を突き破り、アスファルトの上を疾走するような、スピード感も享受できる。
洗練させすぎると、クルマが死んでしまう。1日中運転しても楽しくないだろう。バランスさせるのは簡単ではないが、達成されれば、疲れが癒やされるほどの快適性と心が満ちるほどの一体感へ浸れる。
ピンク・フロイドのアルバム、「ザ・ダークサイド・オブ・ザ・ムーン」を聞いている体験に近いかも。超高音質のステレオで。
二重ガラスで覆われた車内は、不気味ではない程度に静か。ダッシュボードのモニターは、回転させて隠せる。余計なデジタル技術のない車内が、気持ちを鎮めてくれる。
類まれな威厳と心理的な満悦感
フロントエンジンのフェラーリは、少しアグレッシブすぎる。最新のアストン マーティンDB12は理想に近いが、アルミニウム構造でやや共鳴音が大きい。
ロールス・ロイス・レイスは最高かもしれないが、コンチネンタルGT Sも至高の体験。いずれも、夢に描くようなグランドツアラーではあるけれど。
ドライブトレインは、まさに夢心地。130km/hで走っていても、もっと急いでは?とささやくよう。対向車のヘッドライトが地平線から表れ、近づいてくる。英国ナンバーの、ベントレー・フライングスパーだった。
パリから約300km南下し、ディジョンの街で給油。カンヌまで、90Lのガソリンを追加する。更に南のリヨンを過ぎたら、お待ちかねの山岳部。夕日を背にし、筋肉質なフェンダーラインを右へ左へ操る。
ところが突然の大雨。ワイパーは最も早いモードに。さっきまで、嘘のようなドライだったのに。そんな嵐をものともせず、圧倒的な動力性能で地中海との距離を縮める。
ホテルには、19:07に到着。メルセデス・ベンツの技術者から新しいVクラスのお話を伺いつつ、夕食を取るのにちょうどいい時間だ。
走行時間は11時間54分。平均燃費は9.7km/L。平均速度は109.4km/hとなった。
確かに、コンチネンタルGTは過剰なクルマかもしれない。しかし、何年も前からそうだった。16.0km/Lの燃費で走れるメルセデス・ベンツSクラス 400dでも、快適だっただろう。フォルクスワーゲンでも、問題なかったと思う。
だが、類まれな威厳は備わらない。ここまでの、心理的な満悦感も得られないはずだ。
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