「軽バンでFFは不利」そんな常識を覆すべく登場したN-VAN。運転席以外フルフラットになる低い荷室や助手席側ピラー内蔵ドアによる広大な開口部、CVTを採用したN-BOX譲りの走り……。世の中が瞠目するに足る1台が誕生した。レポート●佐野弘宗(SANO Hiromune)フォト●平野 陽(HIRANO Akio)/神村 聖(KAMIMURA Satoshi)
FFならではのメリットを最大限に引き出した
N-VANのような商用車は日本に馴染まない……というのが、これまでの暗黙の了解であり定説だった。「N-VANのような」とは「FFの商用バン」のことである。
軽自動車(以下、軽)に限らず、商用バンで強く重視されるべきポイントは大きくふたつ。ひとつは当然ながら「荷室の広さ」であり、もうひとつが荷物を容赦なく満載したときの走行性能=トラクションだ。
軽バンの主力であるキャブオーバー(スズキ・エブリイとダイハツ・ハイゼットカーゴ)や床下エンジン車(先代アクティ)と比較すると、エンジンルーム分だけ室内長が削られるFFは「荷室長」で不利がある。また、クルマは後ろが重くなるほど、前上がりの姿勢となって前輪荷重が抜ける。だから、荷室に大量の荷物を詰め込むのが大前提のバンでは「FFは満足に走らない」というのが長らく定説となっていたわけだ。
もっとも、FFの軽バンとしてはダイハツ・ハイゼットキャディという前例はあるものの、キャディはあくまでウェイクから派生したニッチ商品。その証拠にキャディの最大積載量は150kgしかなく、バン機能をある程度割り切っている。
対して、N-VANの最大積載量は、他社の本格軽バンと同じ350kg。しかもN-VAN発売に伴い、従来のアクティバン/バモスは生産終了。今後はこれが真正面からホンダの主力軽バンになる。
N-VANもN-BOXもつまりは同じプラットフォームで最大の室内空間をねらっているわけで、両車のシルエットが似てしまうのは必然だ。それでも、N-VANはより背高で、少しの無駄もない真四角スタイルで、外板パネルやガラスにN-BOXとの共通点はない。さらに12インチの貨物用タイヤはN-VANをなんとも質実剛健に見せる。
FFの本格バンという意味では、N-VANは日産NV200バネットや仏ルノーのカングーにも似た存在である。FFのバンというと「荷物満載で急坂が登れるか?」とツッコミが入るのも昔ながらの定説だが、NV200やカングーの例から見ても、実際には大きな問題にならないであろうことは想像がつく。
それに、最新Nシリーズのパッケージは前後オーバーハングもほとんど残っていない。だから、リヤに荷物を満載しても実際には後傾姿勢にはなりにくく、N-VANは特別な手当てをせずとも「トラクション性能に問題なし」だったという。そして、さらに強力な登坂力をご所望ならば、N-VAN専用のタフな設計が施された4WDもある。
というわけで、商用バンとしてN-VANに唯一残された明確な弱点は「荷室長」だけだ。さすがに、この部分だけは物理の法則を覆すことはできず、N-VANの荷室長はキャブオーバー各車に明確に及ばない。しかし、N-VANはそこを「運転席以外すべてを床下収納」「長尺物を最短距離で積めるピラーレススライドドア」、そして「低床設計」といった創意工夫とFFならではの構造的利点でカバーする。
ご想像の通り、筆者は商用車をヘビーデューティに使い倒すプロとは無縁のヘナチョコのクルマ好きでしかない。しかし、そんな筆者でもN-VANの後席と助手席をすべて倒して左側のドア2枚を開け放した瞬間に「○○も積める! ××にも使える‼」と想像力と妄想力が一気に掻き立てられるのは事実だ。
N-VANのシートアレンジは一見すると複雑そうだが、シートの動きを一度でも確認すれば、あとはオレンジ色で識別されたベルトやレバーを直感的に操作すればほとんど間違えることはない。このあたりは、さすが多様なシートアレンジを歴史的に提案してきたホンダである。
別項にもある通り、当初のクリニックでは「あり得ない」と、FF化に否定的だった従来のアクティバン/バモスのオーナーも、N-VANのという意見が実際にあったからである。ただ、そこまで特殊で限定的なニーズとなると、さすがのN-VANも「他社キャブオーバー車をどうぞ」というほかないだろう。
従来タイプの軽バンに対するFFレイアウトの大きな利点として、自然なドラポジと運転感覚もある。
N-VANの運転席の基本レイアウトはN-BOXと共通で、まったく乗用車的である。まあ「視界と乗降性を独自にバランスさせた」という運転席ヒップポイントこそ、N-BOXより高めに固定されているものの、ステアリングには軽バンにはあるまじき(!)チルト調整まで付いて、一般的なハイトワゴンより少しアップライトな姿勢で落ち着く。両脚にステアリングシャフトを抱えて小高く座るキャブオーバー車も、狭い道での取り回しでは有利な面もあるが、市街地から高速、場合によっては山坂道、そして長距離……といったあらゆる走行パターンを考えると、N-VANのほうがはるかに疲れにくく、運転しやすいことは疑いようがない。
今回用意されたN-VAN取材車は3台。王道の商用グレード「L」と従来のワゴン登録モデル(バモス/バモスホビオ)の実質後継機種といえる「+STYLE」が2台だ。
N-VANには乗用ワゴン登録モデルは用意されず、個人ユースを想定した「+STYLE」も含めて、すべてが4ナンバー登録となった。よって、シートアレンジやタイヤその他も含めて、純粋商用の「G」や「L」と「+STYLE」の間に、使い勝手や乗り味の差異は基本的にない。
今回の「+STYLE」の2台は、ハイルーフ(というかN-VANではこれが標準ルーフ)の「FUN」がNA車、ロールーフの「COOL」がターボ車だった。N-VANといえば、S660ゆずりの6速MTが用意されたこともマニア界隈では話題となっているが、今回は全車が圧倒的売れ筋のCVTだった。
運転席は厚みのあるクッションと頻繁な乗り降りに備えた丈夫な表皮を備える。アームレストも大型のしっかりしたものだ。一方助手席は後方へのリクライニング機構はあるが、スライド機構は備わらないなどあくまでも補助席的な感は否めない。ただし、後席と合わせ、折り畳んだときの格納性は見事! のひと言だ。
N-VANのウリである、助手席&後席を折り畳んだ状態のフラットで広大な荷室には圧倒される。さらに助手席側ドアインピラー構造による横からのアクセス性の良さにより、リヤハッチを開けない場所でも荷下ろしを容易にする。FFならではの低床設計による荷室の高さも、これまでの軽バンになかった光景だ。この室内空間はホビーユースでも魅力となる。
N-BOXから乗り換えても違和感のない走り味
そんなN-VANに「乗員1~2名+手荷物」といった乗用車的な乗り方をする限り、その味わいは良くも悪くもまったく普通。乗用ハイトワゴンと比較すれば路面からの突き上げが強めなのは事実だし、12インチ貨物タイヤが起因と思しき路面不整への敏感さも感じ取れた。さらに細かくいえば、手やお尻から伝わってくる接地感も、N-BOXと比較すると少しだけ希薄である。
ただ、それもあくまで最新ハイトワゴン(の優秀な部類)との比較論であり、N-VANの走りに特筆すべき不作法は皆無といっていい。軽荷重でも意外なほどしなやかで、前後左右の上下動もしっかりとチェックされている。限界はN-BOXより明らかに低いが、実際にはロールが過大になる前にタイヤが滑り出すので、不安な挙動にはならない。
このクルマをNシリーズの新型軽と考えれば、それも当たり前と思われるかもしれない。しかし、従来型の軽バンはそのワゴン登録モデルも含めて、驚くべき積載性能に敬意を払われつつも、乗り心地や操縦性、高速安定性は乗用車に明確にゆずる部分は多い。つまり、従来型の軽バンには良くも悪くも「そういうものだから」という割り切りが必要だ。そう考えると、N-VANはそれこそN-BOXから乗り替えても違和感がない時点で、もう軽バンとしては画期的な事件といっていい。
ドライバリティに優れるCVTの走り
売れ筋になるであろうNAエンジンはN-BOXのそれから、耐久性やコストを考慮してVTEC機構を省略されたものになる。それでも市街地ならNAで不足はない。考えてみれば、CVTの本格軽バンというのもほとんど例はなく、今回は耐久性やドライバビリティも意識して練り込んだという。そういわれると、N-VANのCVTは右足ひとつでの速度微調整もやりやすく、荷重を問わずに運転しやすそうだ。ただ、NA車で高速で追い越し車線に出る場合には、周囲との間合いをきっちりと測るべきだ。わずかな上り勾配でも、高速での再加速に痛痒感を覚えるケースは少なくない。
ただし、ターボなら動力性能の不満もすべて霧散する。高速で周囲をリードすることさえ可能だし、条件さえ許せば130km/hのリミッター領域まで苦もなく加速して、その速度域での安定性にも文句なし……と高速でもまるで苦がないどころか、アゴを出す素振りすら見せないシャシー性能、そしてまずまず悪くないアダプティブクルーズコントロールとレーンキープアシストによる半自動運転機能もあって、N-VANの高速巡航は驚くほど快適で、まさにストレスフリーである。
対して、従来型の軽バンが最も苦手とするのが高速道でのふるまいだ。これまでは軽バンの使い勝手は知りつつも、高速移動のために購入を躊躇したり、あるいはトヨタ・プロボックスで妥協(?)していた向きも、N-VANなら安心して軽バンに踏み込めるかもれしない。
今回の取材車ではロールーフの「+STYLE・COOL」がターボ車だったが、特に軽のサイズで全高が95mmも変われば走りにもそれなりの影響がある。サスペンション設定にはNAとターボ、あるいはルーフの高低で大きな違いがなさそうだが、操縦性ではやはり低重心なロールーフのほうが少し安心感があった。
さらに、高速を頻繁に使うなら、予算さえ許せばターボをオススメしたい。動力性能で圧倒的に余裕が出ることで、あらゆる場面でのストレスが軽減されるだけでなく、高速や山坂道まで含めた総合的な実燃費も、N-VANではNAとターボでほとんど同じだったからだ。
ここまで想像力が掻き立てられる室内空間に加えて、これほど走りがいいと、これを趣味や日常生活で使いこなしたい好事家も如実に増えることだろう。そうした乗用車用途では可倒/収納性をあからさまに優先した助手席や後席のデキが気になるかもしれない。助手席はスライドもせず座面も運転席より一段低く、シートもすこぶる平板。後席もあくまで補助的なつくりである。
というわけで、N-VANの助手席と後席を立派にしたワゴン登録モデル=バモスを復活(?)を希望……と思わなくもないが、これらのシートを立派にしてしまったら、シートアレンジや荷室空間など、N-VANのN-VANたる美点の大半が崩壊してしまうし、「それって、つまりはN-BOXでは!?」とツッコまざるを得なくなる。このあたり、N-VANに思いを馳せる好事家たちにはなんとも悩ましい。
さらに、N-VANは平日の高速道路の勢力図もがらりと変える可能性もある。これまで高速を積極的に走る軽バンはほとんど見られなかったが、今後はN-VANがプロボックスやハイエースに伍して追い越し車線を疾走する姿が定番の光景になるのでは……と予想しておく。
いや、高速道路だけではない。N-BOXが軽乗用車の世界を変えたように、今度はN-VANが、平日のお仕事から休日のレジャーまで、軽バンの了解や定説をことごとく塗り替えていく可能性は十分だ。
主要諸元表
グレード:+STYLE FUN Honda SENSING
寸法・重量
全長(mm):3395
全幅(mm):1475
全高(mm):1945
荷室内側寸法 長さ(mm):左 1510/右 1330
荷室内側寸法 幅(mm):1235
荷室内側寸法 高さ(mm):1365
ホイールベース(mm):2520
トレッド(mm):前 1310/後 1310
車両重量(kg):960
エンジン
型式 :S07B
種類:直列3気筒DOHC
ボア×ストローク(mm):60.0×77.6
総排気量(cc):658
圧縮比:12.0
最高出力(kW[㎰]/rpm):39[53]/6800
最大トルク(Nm[kgm]/rpm):64[6.5]/4800
燃料供給装置:電子制御燃料噴射式(ホンダPGM-FI)
燃料タンク容量(ℓ):27(レギュラー)
トランスミッション
形式:CVT
変速比:前進 3.677~0.753/後退 2.645~1.313
最終減速比:5.176
駆動方式:FF
パワーステアリング:電動式
サスペンション:前 ストラット/後 車軸式
ブレーキ:前 ディスク/後 リーディング・トレーリング
タイヤ・サイズ: 145/80R12
最小回転半径(m):4.6
JC08モード燃費(km/ℓ):23.8
車両本体価格 :156万600円
主要諸元表
グレード:+STYLE COOL・ターボ Honda SENSING
寸法・重量
全長(mm):3395
全幅(mm):1475
全高(mm):1850
荷室内側寸法 長さ(mm):左 1495/右 1310
荷室内側寸法 幅(mm):1260
荷室内側寸法 高さ(mm):1260
ホイールベース(mm):2520
トレッド(mm):前 1310/後 1310
車両重量(kg):970
エンジン
型式 :S07B
種類:直列3気筒DOHCターボ
ボア×ストローク(mm):60.0×77.6
総排気量(cc):658
圧縮比:9.8
最高出力(kW[㎰]/rpm):47[64]/6000
最大トルク(Nm[kgm]/rpm):104[10.6]/2600
燃料供給装置:電子制御燃料噴射式(ホンダPGM-FI)
燃料タンク容量(ℓ):27(レギュラー)
トランスミッション
形式:CVT
変速比:前進 2.818~0.577/後退 2.645~1.313
最終減速比:5.176
駆動方式:FF
パワーステアリング:電動式
サスペンション:前 ストラット/後 車軸式
ブレーキ:前 ディスク/後 リーディング・トレーリング
タイヤ・サイズ: 145/80R12
最小回転半径(m):4.6
JC08モード燃費(km/ℓ):23.6
車両本体価格 :166万8600円
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