■時には一線を越えて挑発しなければならない
東京モーターショー2019では、近未来のEVであるメルセデス・ベンツ「Vision EQS」が展示され注目を集めていました。このEV版SクラスのVision EQSのデザインは、市販モデルに80%ほど反映されるといいます。
いったいEQSのどのあたりが現実化されるのか、未来のメルセデス・ベンツのデザインはどこへ向かうのか、アドバンスド・デザイン・シニアマネージャーであるホルガー・フッツェンラウブ氏に尋ねてみました。
ナイトライダー顔負け!メルセデスのEV版Sクラス「Vision EQS」が東京モーターショー2019に現る!
――まず最初に、ホルガーさんがクルマをデザインするうえで影響を受けたものはなんでしょうか。
私の祖父がメルセデス・ベンツに勤めていました。シュツットガルトでプロトタイプを担当するエンジニアだったのです。幼い頃、その祖父から最初にインスピレーションを受けました。
祖父の住んでいる家の近くにメルセデス・ベンツのミュージアムがあり、幼い頃によく連れて行ってもらったのです。
博物館に展示されているクルマを祖父は解説してくれました。また、モーターショーにもよく連れて行ってくれました。そこで私はレーシングカーをはじめとして、クルマにはその用途によってデザインが関係してくることを学んだのです。
学校に通うようになると、自然の美しいものに心惹かれるようになりました。自然もそうですが、動物の形などもそうです。そして手に触れる素材にも関心を持つようになりました。
さらに成長してデザインを学ぶようになる頃には、バウハウスに関心を持つようになりましたね。シンプルなものから最大の表現をする「シンプリシティ」に目覚めたのですね。
これは現在のメルセデス・ベンツのデザイン言語である「センシュアルピュアリティ(官能的純粋)」にもつながります。例えるなら、衣服は外見的には一定の効果をもたらしますが、本来その内側にある身体こそが重要なエッセンスとなるのと同じです。
また、日本に住んでいた4年間で影響を受けたのが禅の世界です。禅では簡素で無駄を削ぎ落とすということを学びました。
でも(ここは日本語で話す)、建築やファッションでもそうですが、デザインでは時に挑発的な発想も必要です。無駄を削ぎ落とし合理化を図ればよいというわけではなく、時には一線を超えなければならないこともあります。
同じことばかりをおこなっていると、長・中期的にはつまらないものになってしまうからです。
ただし、メルセデス・ベンツの哲学に沿っているか、一歩引いて俯瞰的に確認することも必要です。メルセデス・ベンツのDNAはベースとして維持しなければなりません。そこに、スパイスを加えるのです。料理を思い浮かべてもらえるといいかもしれません。ベースとなる味に様々なスパイスを加味することで、おもしろくて美味しい料理が生まれるのと同じです。
最近受けたインスピレーションといえば、六本木にあるメルセデス ミーの体験施設である「EQハウス」です。
EQそのものの哲学を表わしてはいませんが、EQハウスはそれを違う形で表現していますね。物理的にシームレスではないですが、クルマの横に住まうということで、クルマとのシームレスな関係が築けるというアプローチが気に入りました。
このように、日々なにかにインスピレーションを受けています。
■メルセデス・ベンツのEVは、プログレス・ラグジュアリーで攻める
――Vision EQSはEVモデルの「Sクラス」という位置づけだと思いますが、EQブランドとそのほかのサブブランドとの差別化などはどのようになさっているのでしょう。
まず、マイバッハが「アルティメット・ラグジュアリー」、AMGが「パフォーマンス・ラグジュアリー」、メルセデスが「モダン・ラグジュアリー」というコンセプトです。そこにEQが「プログレス・ラグジュアリー」というコンセプトで棲み分けがなされています。
これらのすべてにメルセデス・ベンツのDNAが常に宿っており、サブブランドそれぞれで特徴を持っているのです。
――さきほどの料理のたとえと同じですね。
そうです。EQSのコンセプトは「プログレス・ラグジュアリー」ですので、革新的でありながらラグジュアリーの世界観も表現しなければなりません。もちろん内燃機関モデルとの差別化もしなければなりません。
まずVision EQSのデザイン上での問題は、「Sクラス」と比べ、構造上の問題から車高が20mmから30mm高くなりバランスが悪く見えることです。これはバッテリーを床下に敷き詰めなければならないからです。
そして人々が抱くラグジュアリーカーのイメージです。1950年代のクルマを想像してもらうとわかりやすいのですが、「ロングボンネット」「スモールキャビン」というのが、われわれが抱くラグジュアリーカーのイメージです。
高級車はV8やV12といった大排気量エンジンを搭載したパワフルなクルマでした。大きなエンジンを搭載するためにロングボンネットとなり、それがラグジュアリーのイメージとなったのです。
こうしたことに対して新たな定義を試みなければならなかったのがVision EQSです。
まず3ボックスのクルマ、つまりSクラスに比べていかに車高を低く見せるか。この解答が「ワンボウ・スタイル」のデザインです。サイドからみたプロポーションは、ひと振りの弓のようなシームレスなラインで描いています。
フロントとリアのオーバーハングは短くなっていますが、室内は広くなっています。また、車高の高さを視覚的に相殺するために、サイドステップを絞り込んでブラックにペイントしています。
こうしたプロポーションは、EV版の「Sクラス」になりうると考えています。
――ボディには凹凸がなく、全体的に滑らかでシームレスなラインですべてが繋がっていますね。これはどのような理由でしょう。
現在EVに求められているのは、航続可能距離です。つまりエアロダイナミクスは非常に重要なのです。ですから空力を非常に考慮したデザインになっています。
それと同時に、EQブランドで表現するラグジュアリーにチャレンジしています。これまでの高級車は、グリルやモールにクロームパーツを多用することでラグジュアリーを演出していました。
Vision EQSではクロームの代わりにデジタルでラグジュアリーを表現しています。内燃機関モデルのグリルにあたるブラックパネルには940個のLED、テールには230個のLEDが埋め込まれ、ボディのウエストラインのところをぐるりと一周、ライトベルトが囲んでいます。
ブラックパネルのLEDは、点灯するとフラットではなく奥行きを感じられるようになっています。また、ヘッドライトはホログラフィックレンズ・ヘッドライトを採用して、ヘッドライト部に異なるホログラフィ画像を生み出しています。
宙に浮かぶようなホログラフィ画像は、Vision EQSにさまざまな表情をもたらしてくれます。
ボディ表面はシームレスで凹凸がありませんが、これらの照明でデジタルな奥行き、立体感を創り出しているというわけです。
※ ※ ※
インタビューの間中、日本で生活した4年間に覚えた片言の日本語で場を和ませてくれたホルガー氏。
ホルガー氏が若い頃、バウハウスの校長でもあった建築家ミース・ファン・デル・ローエの「Less is more」に影響を受けたのは間違いありません。来日して禅の精神を学んだことも、現在の彼のデザインに大きな影響を及ぼしているようです。
ホルガー氏のいう「メルセデス・ベンツのDNAをベースにスパイスを加える」というデザイン手法は、日本でいうところの「不易流行」と同義ととらえていいでしょう。
EQブランドだけでなく、メルセデス・ベンツはモデルチェンジする度に果敢にデザインの変革にチャレンジしてきました。しかもどこからどう見てメルセデス・ベンツらしさを損なうことなく。
今回のホルガー氏のインタビューで、EQブランドのデザインの方向性だけでなく、メルセデス・ベンツに脈々と受け継がれてきた哲学も改めて再確認することができました。
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