歩行者が譲ってくれたから通過した…のも違反になる?
「横断中の歩行者がいたので、横断歩道の手前で停止した。すると歩行者が、こっちを先に行かせようとしてか、足を止めた。だから私は横断歩道を通過した…そういうのも歩行者妨害の違反になるのか?」
ガス欠で路側帯に停止…積荷を落下させた…法律上はアウトかセーフか【道交法を深堀り】
「歩行者さん、お先にどうぞ」と運転者がジェスチャーし、歩行者は軽く会釈して横断する。ありがちなシーンだが、そういうのも違反になるのか。ここで出てくるのが道路交通法第38条第1項だ。
長くてややこしい条文である。前段と後段に分けて考えよう。前段は要するに、横断歩道に接近するときは、横断しようとする歩行者等がないことが明らかな場合を除き、横断歩道の直前で停止できるような速度で接近せよ、というものだ。
例えば横断歩道の手前に駐停車違反のトラックがいて見通しが悪い場合は、「横断しようとする歩行者等がないことが明らかな場合」に当たらない。よって直前で停止できるような速度にまで減速する義務があるのだ。
後段は、前方の横断歩道を横断中の歩行者、または横断しようとする歩行者がいるときは、「当該横断歩道等の直前で一時停止し、かつ、その通行を妨げないようにしなければならない」というものだ。
ならば、ちゃんと一時停止して歩行者の横断を待ったのに、歩行者のほうがこっちを先に行かせようとしてか足を止めた、そういうのは歩行者の通行を妨げたことになるのか。アウトかセーフか。
警察官の“虎の巻”ではどのように説明?
最も詳しくて警察官諸氏の“虎の巻”でもある『執務資料道路交通法解説』(東京法令出版。上下2段組でなんと1556ページ!)には、アウトかセーフか言及がない。車両が接近してから車両後部が通過するまでに、歩行者が歩行の速度を変えるとか、立ち止まるとかしたら通行を妨げたことになる、といった解説はあるものの、歩行者が先をゆずって立ち止まったケースについては言及がない。そもそもそういうケースを想定していないようだ。
というか、そういうケースではクルマの側は、通行を妨げる行為を何らしていない。歩行者の側が先を譲ろう思って立ち止まっても、あるいは極端な話、包丁を握った通り魔を前方に見つけて立ち止まっても、第38条第1項後段の違反は成立しない。私だけじゃなく検察官も裁判官もそう考えるでしょ。
ただし、である。警察は近年、「交差点違反」の取り締まりに力を入れている。一時不停止の取り締まり件数は2019年に速度違反を抜いてトップに躍り出た。歩行者妨害の取り締まりは、2010年は約6万4千件だったのが2020年は約29万件へと激増している。現場の警察官諸氏は「交差点違反を取り締まれ」と上から尻を叩かれていると思われる。
尻を叩かれ(ノルマを課され)れば、なんでもかんでも高圧的に取り締まる警察官が出てきかねない。警察官も人間だし、何よりほとんどの運転者は「おかしいぞ」「納得いかない」と思っても、取り締まられたらしょーがないと反則金を払ってしまうからだ。歩行者妨害の反則金額は、大型車が1万2千円、普通車が9千円、二輪車が7千円、原付車が6千円。運転者がどんなに納得いかなくても、反則金が納付されれば、取り締まりは正しかったものとして終わる。
反則金は「違反は認めます。早く処理を終えてください」という人のための特別なペナルティ。納付は任意だ。納付しない人もいる。納付しなけば刑事手続き(刑事訴訟法による手続き)へ進む。その先の細かな説明はここでは省略するが、反則金不納付の事件は統計的にはほぼ100%、検察官により不起訴とされる。起訴(公判請求)されるのは、担当の検察官と感情的にケンカのようになってしまい、かつ、ご当地の検察庁も裁判所もだいぶひまだとか、特殊な場合かと思われる。
裁判になれば、違反者は被告人と呼ばれる。被告人を有罪にするために検察官が何通もの証拠書類を取調べ請求する。たぶん甲1号証は、取り締まりの警察官が作成した「現認状況報告書」で、こんなふうなことが書かれているだろう。
「違反車両は歩行者に気づくのが遅れたか、急ブレーキをかけた。車体前部が明らかに沈み、横断歩道に50センチほど入って止まった。歩行者は驚いた様子で立ち止まった。違反車両をにらみながら歩き去った。50代ぐらいの女性で紺色の日傘をさしていた」
真実、横断歩道の手前で停止した被告人は「こんなインチキ報告書は認められない!」となるだろう。そうすると、取り締まりの警察官が証人として出廷する。真実のみ述べると宣誓したうえで、警察官は報告書の内容と同じことを述べるだろう。丸暗記した内容を棒読みする警察官もいる。
警察無謬の原則
裁判官は、とにかく警察官の証言を信じがちだ。「警察官たる者が偽証の罪を犯してまで、見も知らぬ被告人を罪に陥れようとするはずがない」という、決まりの論法があるのだ。求刑も判決も、違反車両が普通車なら罰金9千円だろう。もしかしたら、きりよく罰金1万円かも。
ここまでを読んで、びっくりする方がおいでかもしれない。申し訳ない。でも、40年近く交通違反・取り締まりに熱中し続け、交通違反以外も含めて9千事件を超える裁判を傍聴してきた私からすれば、なんというか、そういうものなのだ。日本は「行政無謬の原則」「警察無謬の原則」のもとにある。いったん取り締まってしまった以上は、その取り締まりは正しくなければならない、正しく見せるために全力を尽くす、それが基本なのだ。
話を戻そう。
「横断中の歩行者がいたので、横断歩道の手前で停止した。すると歩行者が、こっちを先に行かせようとしてか、足を止めた。なのに取り締まりを受けてしまった」
そういうことはあり得る。どうすればいいのか。転ばぬ先の杖、ドライブレコーダーを装備しましょう! そこに尽きるかと思う。ドラレコは、不適当な取り締まりを受けたときだけでなく、事故のときも役に立つ。妨害運転(俗称:あおり運転)をされたときにも役に立つ。何か衝撃のシーンを録画できれば売れるかも。とにかくドラレコを装備しよう、それが結論だ!
念のため言っておく。違反がないのに取り締まり「(違反切符に)サインしないなら逮捕だ!」とか警察官がわめくシーンを録画・録音できても、「YouTubeにアップされたくなかったら10万円払え」とかやっちゃダメですぞ。それは恐喝(刑法第249条)に当たり、未遂も処罰の対象(同第250条)なのでっ。
〈文=今井亮一〉
交通ジャーナリスト。1980年代から交通違反・取り締まりを取材研究し続け、著書多数。2000年以降、情報公開条例・法を利用し大量の警察文書を入手し続けてきた。2003年から裁判傍聴にも熱中。2009年12月からメルマガ「今井亮一の裁判傍聴バカ一代(いちだい)」を発行。
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