小さなボディに魅力溢れるDOHCエンジンを搭載するオープン2シーターの代名詞と呼べるのがロータス・エランとホンダ・エス。この両車はボディ形状やサイズ感といった類似性だけではなく、持って生まれたDNAまで共通した要素を備えている。ともにF1を戦ったレーシング・スピリットに溢れるメーカーが作った2台。エランとエスにはサーキットの血潮が流れているのだ。
【写真11枚】DOHCエンジンを搭載するオープン2シーターの代名詞『ロータス・エラン』『ホンダS800』の詳細を写真で見る
一期一会!! 奇跡に近いコンディションの『ロータス・エスプリS1』オーナーとショップが時間をかけて仕上げてきた跡が伺える1台
サーキットのDNAを持つふたつのオープン2シーター
1960年代とは不思議な時代で、自動車業界に限ってみても数多くの英傑を輩出した。第二次世界大戦の混乱から抜け出し、自動車産業はモータリゼーションの発展とともに大きく進化する。その激流の中で数多くのメーカーが誕生しては消滅した。ライバルを蹴散らし生き残れたメーカーだけが今も存在しているわけだが、モータースポーツを庶民レベルにまで普及させた存在というキーワードで切り抜けたのがロータスとホンダではないだろうか。そしてどちらにも優れた創業者が存在する。コーリン・チャップマンと本田宗一郎だ。
まずロータスとコーリン・チャップマン。ロータスはチャップマン自らモータースポーツを楽しむために生まれた。自身がステアリングを握りマシーンを改良して草の根レベルで成果を挙げていく。すると同じマシーンを欲しがるユーザーが現れ、要望に応えるうちにマシーン製作が本業へとなっていく。ひとりのクルマ好きが同好の士のために手作りでレーシングカーを生み出し始めた、有名な逸話だ。
ところがホンダは違う。創業者の本田宗一郎は自らモータースポーツを嗜んでいたわけではない。もちろん当時の日本にそれだけの余裕があるわけもなく、宗一郎は自ら興した本田技術研究所を発展させるべく、自転車用補助エンジンの開発に成功して経営の柱に据えた。フレームまで自社製としたオートバイを発売した後、おそらく本年中に累計生産台数が1億台を突破するスーパーカブを生み出す。この成功が4輪メーカーへ進出する契機となった。
異なる志を持って生まれた新興メーカーである両社だが、その後の発展には思いのほか近似性が感じられる。セブン、エリートを生み出したロータスはより完成度の高いエランをデビューさせる。運転を楽しむことだけを目的としたセブン、フルFRPモノコックボディという実験的な存在だったエリート。ともに一般の人が買うには少々やっかいなクルマだったから、エランが示した普遍性はロータスというメーカーが躍進する可能性を示唆していた。公道を走る乗用車としての完成度が高いうえに、タイヤを替えるだけでサーキット走行まで対応できた。自宅からサーキットまで自走してコースを攻めるような楽しみ方ができたのだ。
ホンダが初めて発売した4輪車は軽トラックのT360とオープン2シーターのS500。T360はともかく、S500は初めて作られた乗用車とは思えないほど完成度が高かった。坂道に弱いという点は発売直後に排気量を引き上げることで対処されたが、それ以外に欠点と呼べるようなところはない。しかも、ストックのままサーキットを走れるだけの走行性能を有していた。日本のモータースポーツ黎明期、数多くのレーシングドライバーがホンダ・エスで運転技術を習得したと語るほどポテンシャルは高かった。
エランとエスは、ともに街中を走るクルマという側面以外に、サーキットでも活躍した存在という意味で類似性が高い。いずれもレーシングパーツが開発され、各地のサーキットで大活躍するとともにドライバーの育成にまで寄与した。さらにいえばロータスとホンダはそれぞれ1958年と1964年にモータースポーツの頂点であるF1に進出。同時代をともに戦ったライバルであり、どちらも優勝をしている競合メーカーだ。
忘れてならないのが、エランとエスはオープン2シーターという以外に、DOHCエンジン搭載のFRスポーツという共通項もあることだ。エスがエランというかロータスに似ているのは、そもそも開発段階でエリートを研究しているのだから当然のこと。だが、DOHCエンジンを採用したのはホンダがエンジンメーカーを自負していたためだし、実際に世界随一の開発能力を持っていた。この点がロータスとは大いに異なる。ロータスはエンジンを自社開発しないメーカーでもあった。既存のパワーユニットを流用するのがチャップマン流だったが、エランは違う。シリンダーブロックこそフォード製を用いるものの、初めて自社開発したDOHCヘッドをエランに採用したのだ。
面白いのは、同じ時代に生まれたDOHCエンジンであるのに、ロータス製とホンダ製ではまるで性格が違うこと。これはF1でロータスにホンダがエンジンを供給しようとして断られ、ホンダは自らシャシーまで開発したことと関係があるようにも思える。ロータス・ツインカムは低回転でパワフルとは言い難いものの、カムに乗ると水を得た魚のように生き生きと回り出す、まるで生き物のようなエンジン。それに比べホンダ・ツインカムは"時計のように精密な"と表現されたよう、低回転から高回転までストレスなく一気に回る特性。これはロータスF1に積まれたコスワースDFVとホンダV12エンジンにも通じるキャラクターだと思える。
レーシング・スピリットを感じさせるこの2台は、サーキットのDNAを持つという点でも似た血統と言える。今回はたまたま撮影できたのが最終モデル同士であり、エランはドロップヘッドクーペ、エスはクーペという違いはある。だが、いずれもオープンボディで始まり、その後クーペを追加しているという点でも似た者同士。お互いに魅力を感じるポイントから、選ぶべきボディ形状が2種類用意されている点まで同じ。サーキットを感じさせるという点でも、これほど似たライバルはいない。だから、どちらを選ぶと問われると悩んでしまう。
スタイルがまるで異なるから、カタチだけで選ぶならお好み次第。どちらに乗っても楽しいことは間違いなく、選ぶとするならエンジンの性格がポイントになるだろう。生き物と対話するように右足を駆使したいのならエラン。意のままに引き出せるパワーを効率的にタイヤへ伝達させることを楽しむならエス。とは言っても、どちらも楽しいのだから結論は出ない。エランとエスが発売されてから、早くも50年が経ってしまった。けれど、どちらを選ぶかは未だに、いや、もしかしたら永遠に悩んでしまう課題なのかもしれない。
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みんなのコメント
webCGより
本田宗一郎は1922年(大正11年)に上京し、本郷湯島にあった自動車修理工場のアート商会に見習いとして入社した。以来、エンジン付きの乗り物と生涯をともにすることになる。
アート商会の主人、榊原郁三氏は自動車レースに興味をもち、大正時代に日本で始まったばかりのレースにクルマを製作して参加を目指した。宗一郎氏も榊原氏の助手としてレーシングカー造りにあたった。現在、ホンダコレクションホールに収められている「カーチス号」は、アート商会時代に宗一郎氏が製作に携わったクルマだ。
アート商会での年季奉公を終えた宗一郎氏は1928年(昭和3年)に、浜松に帰ってアート商会浜松支店を開業した。東京時代に魅了された自動車レースへの情熱は醒めやらず、フォードの4気筒エンジンに自作のスーパーチャージャーを装着したレーシングカーを製作している。