現在位置: carview! > ニュース > スポーツ > 事故から23年、青木拓磨がル・マン参戦の夢をついに実現「1周1周、噛み締めながら走りました」【インサイドレポート】

ここから本文です

事故から23年、青木拓磨がル・マン参戦の夢をついに実現「1周1周、噛み締めながら走りました」【インサイドレポート】

掲載 更新
事故から23年、青木拓磨がル・マン参戦の夢をついに実現「1周1周、噛み締めながら走りました」【インサイドレポート】

 車いすドライバー、青木拓磨の長年の夢が実現した。彼は1998年2月5日、2輪のテスト中の事故による脊髄損傷以来、車いす生活を余儀なくされている。事故後、青木が考えたことのひとつは、「2輪ができなければ4輪。できれば世界一のレースであるル・マン24時間レースに出たい」というモノだった。

 それから23年、ついにその夢を実現する時がきた。きっかけとなったのがフレデリック・ソーセとの出会いである。

小林可夢偉組が悲願の初優勝! “ハイパーカー元年”にトヨタは4連覇達成/ル・マン24時間決勝レポート

 人喰いバクテリアによって四肢切断という障がいを負ったソーセは、2016年のル・マン24時間レースの特別出走枠で参戦の経験を持つが、そのプロジェクトの第2弾としてこの障がいをもったドライバーを集め、ル・マンに挑戦するというのが、ソーセが立ち上げたチームSRT41である。

 これに青木は合流し、他のメンバーとともに3か年計画でル・マンを目指してきた。ソーセ・レーシングチームがフランスのロワール=エ=シェール県ブロアが所在地となったことから、その県番号「41」を取りSRT41という名称となっている。

■LMP2マシン採用で増したフィジカルへの負荷
 2018年には、フランス国内で行われる耐久レース『VdeV(ベドゥベ)耐久選手権』に参戦(5戦中3度の表彰台を獲得)。2019年シーズンはステップアップし欧州で開催されている『UltimateCUP(ウルティメイトカップ)』シリーズに参戦し、ル・マン24時間レースへの参戦を目指すチームが挑戦するステップアップ・カテゴリーのレースである『ロード・トゥ・ルマン(RTLM)』にも参戦。このRTLMでは、レース1は36位、レース2は39位で完走している。

 ここまではLMP3のリジェJS P3を使用していたが、このル・マン本戦に出場するにはLMP2マシンでなければならないことから、SRT41はGRAFF(グラフ)とのタッグを組んでこの参戦を進めてきた。

 本来の計画である2020年は、新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、事前のLMP2マシンへの慣れやチームとの準備ができないことから参戦を断念。2021年の同大会への参戦に計画を変更し、今季はELMSヨーロピアン・ルマン・シリーズにスポット参戦をし、この本戦のための準備をしてきた。

 このプロジェクトには3年前から、青木拓磨以外に、フランス人のスヌーシー・ベン・ムーサ(左腕切断)、ベルギー人のナイジェル・ベイリー(下半身不随)という3人のドライバーが合流しのメンバーでル・マンを目指してきた。

 だがスヌーシーはRTLM参戦後にチームから離脱したため、チームは健常者ドライバーをひとり立てることとなった。このドライバー枠には、事前のELMSにはピエール・サンシネナが参戦(当初はル・マン戦のリザーブドライバーとして登録を考えていたのだが、本戦未出場のドライバーの登録は出来なかったためこれを断念)、そして本戦にはフランソワ・エリオを予定していたものの、直前に事故を起こして参戦ができなくなり、リザーブドライバー登録していたマチュー・ライエがこの本戦に参戦することとなった。

 SRT41はオレカ07・ギブソンをベースにハンドドライブ仕様の車両を使用することで、以前は“ガレージ56”と呼ばれていた“イノベーティブカー・クラス”への参戦となっている。

 通常両手両足で操作することを、上腕2本で操作することになる。具体的にはステアリングのパドル操作で、アクセル、シフトアップ、クラッチの操作をする。ブレーキ操作およびシフトダウンはシート右側に設けられたレバーを使用。ただ、上腕での操作では足の踏力ほど力を発揮できないため、ブレーキを強く掛けられないというハンドドライブ機構の煮詰めが足りないところもある。

 このフィジカル的にもきついLMP2マシン、そして特有のブレーキ操作に対応するため、青木とベイリーはともに身体を作ってきていた。体重を落とし、さらに上腕を鍛えており、両名ともにがっしりとした印象に変わっていた。狭いLMP2のコクピットでの操作のため、できれば身体を大きくしないようにしたいところだが……。なお、この手動装置のため車両重量増は約20kgにも及ぶ。

 車両横まで車いすで移動してドライバー交替を行うことから、ドライバー交替はピット内での作業が義務付けられた。そのためLMP2マシンをベースとしているもののほかのLMP2マシンよりも多くピット時間を割かなければならないといったハンデも生じていた。


■チェッカードライバーを務めた青木が喝采を浴びる
 オープニングセレモニー中の通り雨によって、路面が完全にウエットになるほど雨が降り、スタート直前には雨が止むという、まさかの展開からスタートした89回目のル・マン24時間レース。レース序盤は、追突やスピンが頻発する荒れたものとなった。


 28番グリッドからスタートのプロジェクトSRT41の84号車は、チーム内の健常者ドライバーであるライエがスタートドライバーを務め、この序盤の難しい路面コンディションの中をミスなく車両を進めていく。

 燃費の関係で10~11周に1回の給油のピットインが必要だが、ライエが3スティントを終えたところで、青木へとドライバー交替をして、自身初のル・マン24時間レースを戦うこととなった。ソーセに次ぐ2人目の車いすドライバーとして、このル・マン24時間レースに参戦したことになる。天候が不安定なタイミングでの走行でスピンを喫したものの、マシンを壊すことなくその後は安定した走行を進めていった。

 84号車は序盤に順位を落としこそしたものの順調に走行を進め、順位を徐々に上げていくことに成功。当初はライエにより多くの走行を分担する作戦が取られていたが、最終的には334周、総合32位でこの24時間レースを走り切った。

 ちなみにピット内でのドライバー交替のため、マシンがピット内に入っている時間は2分から長い時で3分を超える。通常のピットロード上でのドライバー交替&タイヤ交換を30秒とカウントしてもピット1回あたり2分前後のディスアドバンテージだ。

 今回84号車は13回のドライバー交替を行なったことから、あと7周分(平均ラップタイムを3分45秒と計算)を走れるほどの速さを持っていたと考えられる(その場合の順位は25位あたりになるだろう)ことを加えておく。

 チェッカードライバーとして最終スティントを担当した青木が、無事にホームストレートにマシンを止め、スタッフの手を借りて車両から降りた際には、会場からは非常に大きな歓声と拍手が贈られた。

 レース後、青木拓磨はこう語った。

「最初は、路面が濡れていたり、砂利が出ててダスティだったりしてコースを確認する必要があったりしたためペースが上げられなかったですが、周回を重ねていくたびに、ペースも上げることができました」

「夜のスティントもしっかりアタックして走ることができました。5回乗ることになりましたが、日の入り・日の出のタイミングも最後のチェッカーのタイミングも走らせてもらって、この1年に1回しか走ることができない神聖なるサルト・サーキットを、ほんとうに1周1周噛み締めながら走りました」

「ここに来させていただくことができたのは多くの皆さんの協力や支えがあったからです。感謝したいと思います。これで、僕が事故をしてからずっと24年間持ち続けてきたひとつの夢が叶いました。次の目標は、またこのサルト・サーキットに戻ってくることです!」


■「妨害しようとする嫉妬深い馬鹿者たちもいた」とソーセ代表
 足かけ4年にわたる挑戦はこれでゴールを迎えたことになる。このプロジェクトをまとめてきたソーセ代表は「まず第一に、SRT41ファミリーみんなにありがとうと言いたい。我々は2016年に続き、再びモータースポーツの世界に新しいページを刻み、歴史を作った。支持してくれた人たちには心から感謝する」とコメントしている。

「このチャレンジがうまくいくと信じていた人は少なかったし、このチャレンジを妨害しようとする嫉妬深い馬鹿者たちもいた。それでも我々はこれを成し遂げ、大満足の結果になった! また、こんな感動的な瞬間をチームのみんなと共有できることを願っている!」

 誰もが諸手を挙げて迎え入れてくれたわけではなく、資金面でもコロナ禍で本業が厳しくなっている中でソーセ氏自身が多くの私財を投げうっての参戦だった。ここまでの道のりは険しかったことを知る者も多い。ミッションSRT41が、今後のモータースポーツ業界に一石を投じた意味は大きい。

関連タグ

【キャンペーン】第2・4 金土日はお得に給油!車検月登録でガソリン・軽油5円/L引き!(要マイカー登録)

こんな記事も読まれています

8年目の小さな「成功作」 アウディQ2へ試乗 ブランドらしい実力派 落ち着いた操縦性
8年目の小さな「成功作」 アウディQ2へ試乗 ブランドらしい実力派 落ち着いた操縦性
AUTOCAR JAPAN
RSCフルタイム引退のウインターボトム、2025年は古巣に復帰しウォーターズの耐久ペアに就任
RSCフルタイム引退のウインターボトム、2025年は古巣に復帰しウォーターズの耐久ペアに就任
AUTOSPORT web
ハコスカ!? マッスルカー!?「ちがいます」 “55歳”ミツオカ渾身の1台「M55」ついに発売 「SUVではないものを」
ハコスカ!? マッスルカー!?「ちがいます」 “55歳”ミツオカ渾身の1台「M55」ついに発売 「SUVではないものを」
乗りものニュース
スズキ、軽量アドベンチャー『Vストローム250SX』のカラーラインアップを変更。赤黄黒の3色展開に
スズキ、軽量アドベンチャー『Vストローム250SX』のカラーラインアップを変更。赤黄黒の3色展開に
AUTOSPORT web
元ハースのグロージャン、旧知の小松代表の仕事ぶりを支持「チームから最高の力を引き出した。誇りに思う」
元ハースのグロージャン、旧知の小松代表の仕事ぶりを支持「チームから最高の力を引き出した。誇りに思う」
AUTOSPORT web
本体35万円! ホンダの「“超”コンパクトスポーツカー」がスゴい! 全長3.4m×「600キロ切り」軽量ボディ! 画期的素材でめちゃ楽しそうな「現存1台」車とは
本体35万円! ホンダの「“超”コンパクトスポーツカー」がスゴい! 全長3.4m×「600キロ切り」軽量ボディ! 画期的素材でめちゃ楽しそうな「現存1台」車とは
くるまのニュース
リアウィンドウがない! ジャガー、新型EVの予告画像を初公開 12月2日正式発表予定
リアウィンドウがない! ジャガー、新型EVの予告画像を初公開 12月2日正式発表予定
AUTOCAR JAPAN
最近よく聞く「LFP」と「NMC」は全部同じ? EV用バッテリーの作り方、性能の違い
最近よく聞く「LFP」と「NMC」は全部同じ? EV用バッテリーの作り方、性能の違い
AUTOCAR JAPAN
アロンソのペナルティポイントはグリッド上で最多の8点。2025年序盤戦まで出場停止の回避が求められる
アロンソのペナルティポイントはグリッド上で最多の8点。2025年序盤戦まで出場停止の回避が求められる
AUTOSPORT web
「俺のオプカン~仙台場所~」初開催!「オープンカントリー」を愛する男性ユーザーが集まって工場見学…川畑真人選手のトークショーで大盛りあがり
「俺のオプカン~仙台場所~」初開催!「オープンカントリー」を愛する男性ユーザーが集まって工場見学…川畑真人選手のトークショーで大盛りあがり
Auto Messe Web
「ラリーのコースなのでトンネル工事を休止します」 名古屋‐飯田の大動脈 旧道がレース仕様に!
「ラリーのコースなのでトンネル工事を休止します」 名古屋‐飯田の大動脈 旧道がレース仕様に!
乗りものニュース
紫ボディはオーロラがモチーフ、中国ユーザーが求めた特別なインフィニティ…広州モーターショー2024
紫ボディはオーロラがモチーフ、中国ユーザーが求めた特別なインフィニティ…広州モーターショー2024
レスポンス
『頭文字D』愛が爆発。パンダカラーで登場のグリアジン、ラリージャパンで公道最速伝説を狙う
『頭文字D』愛が爆発。パンダカラーで登場のグリアジン、ラリージャパンで公道最速伝説を狙う
AUTOSPORT web
トヨタ勝田貴元、WRCラリージャパンDAY2は不運な後退も総合3番手に0.1秒差まで肉薄「起こったことを考えれば悪くない順位」
トヨタ勝田貴元、WRCラリージャパンDAY2は不運な後退も総合3番手に0.1秒差まで肉薄「起こったことを考えれば悪くない順位」
motorsport.com 日本版
日産「新型ラグジュアリーSUV」世界初公開! 斬新「紫」内装&オラオラ「ゴールド」アクセントで超カッコイイ! ド迫力エアロもスゴイ「QX60C」中国に登場
日産「新型ラグジュアリーSUV」世界初公開! 斬新「紫」内装&オラオラ「ゴールド」アクセントで超カッコイイ! ド迫力エアロもスゴイ「QX60C」中国に登場
くるまのニュース
エコの時代に逆行!? 「やっぱ気持ちいいのは大排気量のトルクだよね」……800馬力超のエンジンが吠える「アメ車」マッスルカーの“クセになる世界”とは
エコの時代に逆行!? 「やっぱ気持ちいいのは大排気量のトルクだよね」……800馬力超のエンジンが吠える「アメ車」マッスルカーの“クセになる世界”とは
VAGUE
変化と進化──新型ロールス・ロイス ゴースト シリーズII試乗記
変化と進化──新型ロールス・ロイス ゴースト シリーズII試乗記
GQ JAPAN
加熱する中国高級SUV市場、キャデラック『XT6』2025年型は「エグゼクティブシート」アピール
加熱する中国高級SUV市場、キャデラック『XT6』2025年型は「エグゼクティブシート」アピール
レスポンス

みんなのコメント

この記事にはまだコメントがありません。
この記事に対するあなたの意見や感想を投稿しませんか?

査定を依頼する

メーカー
モデル
年式
走行距離

おすすめのニュース

愛車管理はマイカーページで!

登録してお得なクーポンを獲得しよう

マイカー登録をする

おすすめのニュース

おすすめをもっと見る

あなたにおすすめのサービス

メーカー
モデル
年式
走行距離

新車見積りサービス

店舗に行かずにお家でカンタン新車見積り。まずはネットで地域や希望車種を入力!

新車見積りサービス
都道府県
市区町村