Bugatti Chiron
ブガッティ シロン
400km/hオーバーでも快適! ブガッティの常識外れな空調システムとは?
ハイパースポーツに特化した空調システムを開発
7月に入り、焼けるような日差しとともに暑い夏がやってきた。しかし、ブガッティのハイパースポーツの室内はいつも涼しく快適だ。空調システムは目立たない位置に収められており、エアコンディショナーからの強烈な風が頬に当たることもなく、コクピットは非常に過ごしやすい気温に保たれている。
ブガッティにおいて、空調システムの総合テクニカルコーディネーターを務めるのが、ジュリア・レムケ。工学博士号の資格を持つ彼女は、新たに登場したシロン ピュール スポールだけでなく、シロンの各モデルやディーヴォなどの空調システムの開発を担当してきた。
シロンにおいては、2基の空調コンデンサーが車両の放熱を効率的に促し、センター空調ユニットが制御を担当。ミッドシップエンジンレイアウトを採用したシロンでは、全長約9.5mという非常に長い空調ラインで構成されている。
歴史学から熱力学へと研究対象を変えたレムケ
2013年から自動車業界で活躍するレムケは、2016年にブガッティに入社。彼女はブガッティに求められるパフォーマンス、テクノロジー、クラフトマンシップだけではなく、使い勝手が良く、究極のパフォーマンスや特別なデザインを持ち、利便性を兼ね備えた独自の空調システムを開発してきた。
「シロンやディーヴォ、そして特別な存在のシロン ピュール スポールでも、日常的なドライブに一切の支障はありません。たとえ経験の浅いドライバーでも、すぐにブガッティを使いこなせるようになるでしょう」
ドイツ南部で育ったレムケは、学生時代からテクノロジーに興味を持つようになったという。父と兄に自転車の修理を手伝ってもらいながら、やがてクルマいじりを趣味にするようになった。
最初に乗ったのは、パワステもエアコンも付いていない1985年製フォルクスワーゲン パサート。テクノロジーへの興味を募らせていたにもかかわらず、レムケが最初に学んだのは2番目に情熱を掲げていた歴史学だった。そしてアーキビスト(記録保管人)の資格取得後、工科大学で熱力学を中心としたエネルギー工学を学びなおしている。
「過去を探究し続けることよりも、現在の、そして未来の技術的な問題の解決策を考える方が魅力的だと思ったのです。そして最も興味あるテーマが熱力学でした」
大学卒業後も熱力学研究所で研究を続け、「二次回路を備えたカーエアコンシステムのエネルギー評価(Energy assessment of car air conditioning systems with secondary circuits)」というテーマで博士論文を執筆している。
人それぞれで異なる温度の感覚に合わせるために
エアーコンディショナーの開発において、最も大きな課題となるのが、気温の感覚が人それぞれ異なるということ。ヨーロッパでは通常で摂氏21~22度が快適だと感じるが、アメリカでは多くの人が20度以下の室内温度を好む傾向にある。
「自動車のエアコンで最も重要なのは、選択した設定温度を素早く定着させることです。しかし強烈な送風があってはなりません。 エアコンシステムはパッセンジャーが気づかないときに最高の働きをするもの。通風や騒音がないことで、初めて快適に過ごせるのです」
自動車の空調システムには、室内のクーリングベンチレーション、空気の流れ、電気システム、電子機器、そしてシステム全体を制御する空調ユニットが含まれている。そして、ブガッティの空調システムでは、他の自動車とは異なるレベルの要求がなされる。
「ブガッティはかなりの高速で走行します。最高速度で適切な空調を提供するためには、換気と空調の制御が特に重要です」
ブガッティのエアコンシステムは、低速走行時と高速走行時では室内の空気の流れを変えている。従来のクルマでは、あらゆる速度域においてフロントガラス下端から空気が室内に送り込まれるが、ブガッティでは250km/h程度までとなっている。ラムエアフラップと最適化されたファンを備えた制御システムにより、室内に新鮮な空気が供給されるようになっているのだ。
熱にさらされるコクピットを冷やす強力なエアコン
ブガッティ製ハイパースポーツには他にもユニークな特徴がある。400km/hオーバーという信じられないスピード域での走行をふまえ、ボディは究極の流線型を採用。この結果、フロントガラスの傾斜角は21.5度にまで寝かされているのだ。例えば、一般的なコンパクトカーのフロントガラスの傾斜角は30度、表面積は0.70平方メートルと言われている。フロントガラスがギリギリまで寝かされたシロンは、1.31平方メートルと倍近くの面積を持っている。
空気抵抗を大幅に減らす効果を狙っているものの、ガラス面積が大きいということは当然日光の影響を大きく受けることになる。また、カスタマーから人気の高いオプション「スカイビュー」ガラスルーフは、太陽が照りつけると室内の温度をさらに上昇させてしまう。
この非常に厳しい環境にさらされるコクピットを快適に保つため、シロンとディーヴォには、最大10kWの冷房能力を持つ強力なエアコン・コンプレッサーと2基のエアコン・コンデンサーを搭載。これはヨーロッパで一般体な80平方メートルのアパートの部屋すべてを冷房するのに十分なキャパシティである。
「一見するとブガッティの空調システムは従来と同じように何気なく機能しているようにも見えます。ただ、少数量産ハイパースポーツの複雑なシステムと完璧に調和させ、最高速度における高いエンジン負荷下でも完璧に空調を作動させるのは、本当に難しいことなのです」と、レムケは肩をすくめた。
「シロン ピュール スポールのエンジン回転数は6900rpmを上回ることがあります。このような厳しい環境下でも、エアコンのコンプレッサーが適切に機能することに開発の主眼が置かれました。そのためにも、あらゆる気候条件においてシステムが正常に働いてくれるのか、多くのテストに私も参加しました」
開発に携わったからこそ実感するブガッティの凄み
レムケは、テストの際に、ハイパースポーツのステアリングを自ら握ることになる。彼女にとって、シロンはある種の最高到達点に手をかけた存在だという。
「エンジニアとしてこのプロジェクトに深く関われば関わるほど、ブガッティのハイパースポーツによって達成された成果に感心するようになりました。W型16気筒エンジンの巨大なパワーと驚異的なスピード、そしてその複雑なシステムは他に類を見ないものです」
趣味はクルマとモータースポーツ、そしてレース写真を撮ること。忙しい時間をぬって、彼女はサーキットを訪れてはレーシングカーの撮影を楽しんでいる。最後にお気に入りのブガッティを1台挙げてもらった。
「シロン スーパースポーツ 300プラスですね。私にとって、絶対的なドリームカーです。並外れたパワーと、それまでの常識をはるかに超えた最高速。物理学の境界線を変えてしまった存在です。この究極の1台を実現させた、すべての仲間たちに敬意を表します」
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