欧州大陸のドライブで得られる幸福感
欧州大陸を自ら運転した経験をお持ちなら、他では得難い幸福感を味わえることをご存知かもしれない。朝の光は美しいし、闇が広がる夜も魅惑的。高速道路が延々と続き、四季折々の変化を楽しめる。
【画像】無敵マシンのような信頼感 アウディeトロンGT 基礎を共有するタイカン 最新Q8 eトロンとフィスカーも 全132枚
そんな体験の必須アイテムが、頼もしいクルマだ。長時間の高速走行を快適にこなせる、相棒のようなモデルが必要になる。
ディーゼルエンジンの、フォルクスワーゲン・パサートも悪くない。だが理想をいえば、長距離ランナーのようなアスリート、能力に長けたグランドツアラーを選びたい。
英国を象徴する、アストン マーティンは望ましい。BMW M5なら、200km/h以上で延々と走っても平然としていられるだろう。フラット6の唸りを響かせるポルシェ911も、理想的な1台になる。いずれもが素晴らしい。
完成度の高いモデルに対し、カーマニアは畏敬の念を抱く時がある。秀でた能力や、見惚れてしまう容姿もそうだが、漠然とした魂のようなものに心が動かされる。
今回は、1台のバッテリーEVの真価を確認するべく、ロンドンからイタリア・ヴェローナを目指した。英仏海峡トンネルをくぐる車載列車の振動に合わせて、ボディが細かく揺れる。ホイールベースは長く、筋肉質なラインはテールへ向けて絞られている。
薄暗い列車の中で見るアウディe-トロンGTは、闇に身を潜める肉食動物のよう。欧州大陸を股にかける、グランドツアラーらしい雰囲気を漂わせる。
電動パワートレインは心を震わせるか
前後に搭載された、2基の駆動用モーターの最高出力は530ps。2004年の、アストン マーティン・ヴァンキッシュ Sへ匹敵する数字だ。あのクルマは、筆者がステアリングホイールを握った中でも、特に理想的なグランドツアラーの1台だった。
駆動用バッテリーの容量は、93.4kWhと小さくない。だが、航続距離は426kmに制限される。
果たして電動パワートレインは、多気筒ガソリンエンジンのように、ドライバーの心を震わせるだろうか。幸福感を損なわず、遠くを目指せるだろうか。ロンドンからヴェローナまでの片道1465kmは、過剰な要求になるだろうか。
英国価格11万2000ポンド(約2027万円)の、GTを名乗るモデルなら、許容できてしかるべき。内燃エンジンを積まないクルマが魂を持つのか、という先入観は忘れよう。主観と客観を織り交ぜながら、ロングドライブへ挑むことにした。
バッテリーEVの普及が、各市場で始まっている。ピニンファリーナ・バティスタなど、電動スーパーカーもリリースされている。フィアット500eといった魅力的なコンパクトカーや、BMW i7など高水準のリムジンも選べるようになった。
とはいえ、速さと操縦性、信頼感、航続距離などが求められるグランドツアラーは、まだ電動パワートレインと親和性が高いとはいえない。クルマとしての色気も、重要な要素になる。eトロンGTは、これらを叶えたモデルを目指しデザインされている。
無敵のマシンに乗っているような信頼感
ほぼ無音で走る体験が、脳裏に刻まれるのか。数時間ごとに急速充電器へ立ち寄る必要性は、ストレスにならないか。そんなことを考えつつ、車載列車を降りフランス・カレーへ上陸。
スタートはスムーズだ。車高を低くし、空気抵抗を抑えるエコ・モードを選ぶ。サスペンションのストロークが短くなるため、舗装の管理状態が良くないグレートブリテン島では、賢明なモードではない。だが、フランスの平滑な高速道路には丁度良い。
メルセデス・ベンツSクラスのように、至って平然と進んでいく。ノイズも同等に静か。eトロンGTには、無敵のマシンに乗っているような、信頼感を抱ける。航続距離を忘れれば。ポルシェ・パナメーラのイメージが重なる。
洗練されたメカニズムが生む、摩擦や慣性の小ささも伝わってくる。車重は2347kgもあるが、その重厚感と空力特性、惰性走行を許すドライブトレインにより、滑走するような勢いに浸れる。
フランス東部を130kmほど走り、アイオニティ社の充電ステーションへ。さらにしばらく走り、カレーから約470km離れた別の充電ステーションにも停まる。どちらも設備は真新しい。70kWhの電気を蓄えるのに必要な時間は、25分だ。
東へ進みドイツへ入国。高速道路をクルージングするペースを保ち、70kWhの電気で走れた距離は約340km。30分弱の休憩は妥当といえ、航続距離の短さに気をもむことはなかった。
自由な移動の魅力へ影響する充電への気遣い
足かせが、なかったわけではない。アウディRS7のように、際限なく爆発的な速さを堪能できるわけではない。自由に移動できるグランドツアラーとしての魅力を、充電への気遣いが多少損なっていることは確かだといえる。
とはいえ、バッテリーEVへのシフトを否定するつもりはない。技術は進化し、恐らく状況は改善されていくだろう。2022年に、メルセデス・ベンツはEQXXというプロトタイプを発表した。空気抵抗を示すCd値が0.17と小さい、244psで4ドアのサルーンだ。
ロングテールのボディを持つEQXXは、1126km以上という航続距離を実現していた。防音材を追加し、450ps程度までパワーを増せば、航続距離は800km程度まで縮まるかもしれない。それでも、グランドツアラーとして不足ない能力といえる。
ロンドンからヴェローナまでの移動も、途中に1度の充電でこなせる計算になる。高速道路を穏やかに走ればだが、かなりの訴求力がある。
フランス東部のメッスからドイツの国境までは、3車線の高速道路で我慢した。しかし、せっかくの欧州大陸。もっとチャレンジングな道も選びたい。黒い森、シュヴァルツヴァルトに広がる一般道や、美しい市街地という誘惑には逆らえない。
これぞグランドツアラーの醍醐味。数100kmを安楽に移動し、カーブの続く雄大な道を堪能し、静かな目的地でピルスナー・ビールへ舌鼓を打つ。クルマ旅でしかできない、楽しみ方だろう。
この続きは、アウディeトロンGTで欧州大陸を巡る 電動グランドツアラーの可能性(2)にて。
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