11月1~3日、2024年MotoGP第19戦マレーシアGPが行われました。チャンピオン争いも佳境を迎えているなかでフランセスコ・バニャイアがスプリントで転倒。決勝では壮絶なバトルのなかバニャイアが優勝、ホルヘ・マルティンが2位に入り、24ポイント差で最終戦が行われます。また、ヤマハは新エンジンを投入していたようです。
そんな2024年のMotoGPについて、1970年代からグランプリマシンや8耐マシンの開発に従事し、MotoGPの創世紀には技術規則の策定にも関わるなど多彩な経歴を持つ、“元MotoGP関係者”が語り尽くすコラム、2年目に突入して第44回目となります。
優勝で可能性をつないだバニャイア、24ポイント差で最終戦を迎えるマルティン/MotoGP第19戦マレーシアGP
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--フライアウェイの3連戦の最後を飾るマレーシアGPでしたが、昨年はタイGPでホルヘ・マルティン選手が完全優勝して、ポイントリーダーのフランセスコ・バニャイア選手との27ポイント差を一気に13ポイントに縮めて臨んだレースでした。今回とは立場が全く逆だったわけですね。
そうだね、去年のマレーシアGPではバニャイア選手が辛うじて1ポイント取り返して、14ポイントリードして最終戦に臨むことになったんだね。今回はとにかく最終戦までに少しでもポイント差を小さくしておきたいから、何があってもマルティン選手の前でフィニッシュする必要があって、極度にプレッシャが高まっていた感じだったね。
--バニャイア選手がマルティン選手の前でフィニッシュするという事は、必然的にスプリントも決勝レースも優勝しなければならないという事ですからね。
うん、今回の予選でもふたりだけが異次元の世界で競っている、そんな感じがしたね。
予選トップのバニャイア選手と3位のアレックス・マルケス選手とのタイム差が、コースが長いという事を考慮しても1秒近くあったのには唖然としたね。
それにしてもスプリントでバニャイア選手が早々に転倒リタイアしたのは正直ショックだったよ。公式予選では圧倒的な速さを見せていたのに、マルティン選手に先行されて焦ってしまったのかな。なんかそういうところも師匠に似ているような気がするね(笑)
--ポールポジションは獲りましたけど、マルティン選手が最後のランで少しミスしてあのタイム差ですから、前に出すと逃げられると思って焦ったんでしょうね。マルク・マルケス選手もすぐ後ろにいましたから、こちらも前に出られると面倒なことになりますからね。
ブレーキングを遅らせて、タイトなラインで素早い加速で差を縮めて行こうという作戦だったらしいけれど、あのコーナーのイン側は路面が部分補修されていて、彼が通過したラインは更にパッチが追加補修されていてフロントが跳ねてしまったようだね。
いずれにせよ、明らかに自分のミスなので精神的なショックは大きかっただろうね。それでも、前日のショックから立ち直って決勝レースではポール・トゥ・フィニッシュを決めるあたりはやはり只者ではないね。
とはいってもレースで取り戻したのは僅か5ポイント、スプリントで献上した12ポイントを加えると残り1戦で24ポイント差は断然マルティン選手にとって有利になってしまったね。
--決勝レースではスタート直後の2コーナーで多重クラッシュがあり再スタートになりましたが、ふたりとも全く集中力を乱されるようなことはなかったみたいですね。再スタート後も最初は抜きつ抜かれつのシーンがありましたけど、あとはふたりともミスのないように自分の走りに集中する感じでしたしね。
そのスタート直後の多重クラッシュといえば、昨年のカタルーニャGPでバニャイア選手が転倒して後続のマシンに脚を轢かれるというアクシデントがあったね。
今回はジャック・ミラー選手とブラッド・ビンダー選手、ファビオ・クアルタラロ選手が絡んだ事故だったけれど、なんとか再スタートして完走したのはクアルタラロ選手だけだったようだね。KTMのファクトリーチームが戦わずして全滅とはね……
--そのヤマハのクアルタラロ選手は前回のタイGPでは初日から良いペースでしたが、今回はアレックス・リンス選手も見違えるように速くなってふたり揃って予選Q2ダイレクト進出を果たしました。調べたらふたり揃ってQ2ダイレクトって第2戦ポルトガルGP以来なんですよ。
リンス選手がこれまでずっと苦戦していたこともあって、ふたり揃ってQ1からの方が多かったんじゃないかな。去年のレースは最終的にクアルタラロ選手が5位、フランコ・モルビデリ選手が7位を獲得しているから、ライダーが得意にしているコースというのもあるけどマシンの相性も比較的良いと言えるんじゃないかな。
再スタート後も良いペースで走っていたから、クラッシュのダメージもそれほどひどくはなかったという事だね。ふたりそろって1桁フィニッシュっていうのは今シーズン初めてなんじゃないかな。
--今回、ヤマハはニューエンジンを持ち込んだという情報がありますが、やはりパワーの面での改善が好結果に反映されたと見て良いのでしょうか?
うん、公式にもそのようにアナウンスされているけれど、実際のところクアルタラロ選手の場合はFP1で早くも壊れてしまったので、その後はタイGPと同じ仕様で走っていたらしいよ。リンス選手は新しい仕様を使っていたらしいけれど、クアルタラロ選手の好調の原因はエンジンそのものではなくて、エンジン制御を見直したのが良かったらしいよ。
--制御ですか? 昔のヤマハならともかく、今はハードもソフトも基本的には共通ですから特別な事は出来ないはずですよね。
そこなんだよね。これは憶測でしかないんだけど、見直しと言うのは制御の介入を減らす方向への方針転換じゃないかと思うんだよね。現にクアルタラロ選手は慣れるのに大変だと言っているようだから、人間がコントロールする部分を増やす方に回帰したと考える方が自然じゃないのかな。
ドゥカティ時代のケーシー・ストーナー選手も制御の介入を最小限にしていたらしいから、優れた感性を持ったライダーならそれは可能だと思うんだよ。ただ今までより疲れるだろうけどね(笑)
今はどうか知らないけれど、昔の白バイ隊員の訓練の際には「リヤが滑ったらスロットルを開けろ」と叩きこまれていたらしいよ。そういうクリティカルな条件での判断と微妙なコントロールはAIとか導入すれば可能になるかもしれないけれど、現状ではライダーの感性と能力に委ねる方が良いと思うけどね。
--ところで前回のタイGPではVR46のファビオ・ディ・ジャンアントニオ選手が4位入賞と活躍しましたが、オーストリアGPの際に脱臼した肩の手術をするために残り2戦をキャンセルしたようですね。
肩の脱臼は関節包とか靭帯とか痛めている場合には手術が必要なケースがあるらしいよ。彼の場合は安静にする間もなくレースに出て、また転倒とかしてるから更に悪化してるかもしれないしね。リハビリに時間が掛かるので、今シーズンに見切りを付けて早めに治療を開始してウインターテストには良い状態で臨みたいという事だね。
来年はVR46で最新型に乗ることが決まっているから、現在8位のランキングがふたつくらい下がる可能性はあるけれど来年が勝負の年という事で良い判断じゃないかな。
--その代役が、2015年のマレーシアGPの際にドーピングテストで陽性が出て4年間の資格停止処分になったアンドレア・イアンノーネ選手という事で、ちょっとした話題になっていますね。
最初は18か月の資格停止だったらしいけれど、納得がいかないのでCAS(スポーツ仲裁裁判所)に提訴したら、そこでも「クロ」と判断されて、WADA(世界アンチ・ドーピング機構)の定めるところの4年間の資格停止になってしまったという事らしいね。
資格停止が解けたので、今年からWorldSBKに復帰してドゥカティのマシンで参戦してるので白羽の矢が立ったということなのかな。
--いやいや、チームオーナーのバレンティーノ・ロッシ(元)選手から直接コンタクトがあったみたいですよ。そういう事ならイアンノーネ選手としては否も応も無いですよね(笑)
とは言ってもこの5年の間にマシンは様変わりしてしまったから、いくらWorldSBKに復帰したと言ってもぶっつけ本番は厳しいだろうと思ったら、これが案外無難に乗りこなしているから不思議だよね。昨年このマレーシアでワイルドカード参戦したアルバロ・バウティスタ選手は事前にかなり乗り込みとかしていたらしいけれど、それでも全然パッとしなかったからね。そう考えるとスプリントも決勝レースも最下位ではなかったし、しっかり完走したのは代役としての責務を十分に果たしたって事で、本人的にも良い経験になったんじゃないのかな。
--最後になりますが、いよいよ最終戦のバレンシアGPを残すのみとなりましたが、バレンシア地方は記録的な豪雨による洪水で、インフラの被害だけでなく多くの方が亡くなられたと報じられています。当初から予定通りにレースを開催することについて否定的な意見が多かったようですが、最終的に主催者側のドルナが中止を発表しましたね。
日本でも2011年の東北大震災の時は茂木でのレース開催が疑問視された記憶があるね。
あの時は自然災害だけでなく原子炉の損壊という非常に危機的な状況でもあったので、今回のバレンシアのように災害発生から間もないのにレースを開催することの是非とは争点が少し違うんだけどね。幸いと言って良いのか、日本GPは災害発生から半年後だったので何とか開催できたけれど、バレンシアの場合はサーキットの施設自体の損害が軽微だったとしても、さすがに発生から2週間足らずでの開催は多くの犠牲者も出ている状況では倫理的に受け入れ難いと判断したんだろうね。
--中止にはなりましたけど代替地での開催を模索しているようで、カタルーニャが候補に挙がっているようですね。チャンピオン争いも計算上はまだ決着が付いていないですから是非実現して欲しいですね。
なるほど、カタルーニャならロジスティクスの問題が回避できるから、現実的な解決策としてはベストの選択じゃないかな。たしかに計算上はチャンピオンが確定していないけれど、個人的にはスプリントでバニャイア選手がリタイアした時点で趨勢は見えて来た感じがしたね。
仮に代替地での開催が可能になったとしても、もし24ポイント差が逆転してバニャイア選手がチャンピオンになるとしたら、マルティン選手に何らかのアクシデントが発生するケースしか考えられないから、個人的にはその方が後味が悪いかな。ふたりが真っ向からぶつかり合って決着をつける、そして全員が力を出しきって完走でシーズンを締めくくる、最終戦はそんな光景が見たいものだね。
ただし、昨年みたいにチャンピオン争いをしている当事者のふたりがガチでぶつかり合って決着が付くというのは勘弁して欲しいけどね(笑)
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