ロードスター・パーティレースで実地検証
車両は基本的にはロードスター・パーティレースの車両規則に則っているが、開発車両はESCだけ違うユニットが装着されている。レギュレーション的にはDSCのオンオフは関係ない。ドライバーの任意だが、通常オフにする。マツダの梅津大輔さんを中心とした開発チームは、「DSC-TRACK」と名付けられた新しいブレーキ制御技術の開発テストのために岡山にいた。ロードスター・パーティーレースというモータースポーツの実戦の場でESCの新制御開発を行なう、と聞いて興味を覚えた。これは実際に見に行かなくては。
DSC-TRACKとは、どのような技術で、どのような意図があるのか?
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DSC-TRACKは、その名前のとおり、サーキットで使えるDSCの開発だ。「DSC」とは、いわゆる「横滑り防止装置」のことで「ESC(Electronic Stability Control)」が一般名詞だが、マツダではDSC(Dynamic Stability Control)と呼ぶ。
ちなみに、この技術は各社で名称が異なっていて
VDIM(Vehicle Dynamics Integrated Management):トヨタ
VDC(Vehicle Dynamics Control):日産/スバル
VSA(Vehicle Stability Assist):ホンダ
DSC(Dynamic Stability Control):マツダ/BMW
ESP(Electronic Stability Program):メルセデス・ベンツ
PSM:Porsche Stability Management system):ポルシェ
などと呼ばれている。が、あくまでも一般名詞は「ESC」である。
DSC-TRACK開発のベース車両は、ロードスターである。
DSC-TRACKの開発意図を、梅津さんが説明してくれた。
マツダのシャシー技術であるKPCやGVCの開発にも携わった梅津大輔氏(マツダ車両開発本部 操安性能開発部 上席エンジニア)がDSC-TRACKの開発・評価ドライバーとしての役割も担う。
「マツダ・ロードスターは、初めてスポーツカーを買って、初めてサーキットに行くお客さまが多い。そういうユーザーが、サーキット走行で『ESCオフ』にするのは少しリスキーです。しかし、オンだと制御がいっぱい介入して、エンジンのトルクダウンが入ったりして気持ちよくないし、ラップタイムも遅い。オンとオフの間に『安心安全を感じながらサーキットを走っていただけるようなモード』を作るべきだろう。ロードスターこそ、そういうモードを持つべきだろうと思って、開発を始めました」
筆者にも経験がある。新車試乗の舞台がサーキットだった場合、腕に自信のあるドライバーは、ESCのスイッチをOFFにして、クルマのポテンシャルを存分に引き出せる。ところが、筆者のようにドライビングスキルが未熟なドライバーの場合は、万一のことを考えて、けっしてESCをOFFにしない(できない)。スピンしてクルマを壊すようなことがあってはならないからだ。
「いままではESCは、サーキット走行でスイッチをOFFにしたらESCとしての制御はいっさい入らない。開発中のDSC-TRACKはESCが最後にちょっとだけ手助けする。通常のドライバーがコントロールできる範囲では制御は入らないが、クルマがスピン挙動に入る場合や危ないところで制御が介入して、スピンアウトやクラッシュするのを防ぐというコンセプトで開発しています」(梅津さん)
なるほど。ロードスターのようなスポーツカーに、こういうモードがあるのは、ユーザーにとってとてもうれしいことだろう。
開発のポイントは、どこまで制御を介入させずに、どこでどの程度入れるか。それを見極めること。早期介入はドライバーが嫌がるし、遅すぎてスピンしてもいけない。これが難しい。
ボッシュと共同開発 使うのは最新のESP10
今回、マツダと共同でDSC-TRACKを開発しているのは、ご存知、ボッシュだ。
岡山国際サーキットのパドックに設けられたテントに開発車両とチームが集結。ちなみに、ロードスター・パーティレースのレースレギュレーションには、ESCのON/OFFは関係ない。が、開発チームが市販車とは別のESCユニットを搭載することについては、主催者に当然承認してもらっている。コックピットにはレースカーに似つかわしくない計測機器が搭載されていた。4輪各輪のセンサーのデータをPCに記録。そのデータを解析してソフトウェアの開発を進める。
「梅津さんから開発を持ちかけられたときに、”たしかにサーキットでクラッシュする人はESCをオフにしていますよね”と思いました。我々としては、ESCをそんなに邪魔な制御に仕上げているつもりはないんですよ。でもレースとなるとそうはいかないので、やっぱり切られるんです。そのときに、どうしてもスピンやコースアウトしてクルマを壊してしまうことはありますので、たしかにそれはドライバーにとってはありがたい制御だと思いました」(ボッシュ・大浦靖之さん)
口でいうのは簡単だが、実際の開発は難しい。
これがボッシュのESP10。これがボッシュのESP10。ESCユニットの進化はサイズ・重量がコンパクトになり制御性が上がる方向だ。量産のロードスターはESP9、開発車はESP10を使う(ちなみにRX-8はESP8)。ESP10は、まだ量産車に採用のない最新型。DSC-TRACKは、このESP10を前提に開発を進めている。
開発中のDSC-TRACKは、新しいESCユニット、「ボッシュESP10」を使う。現行ロードスターはESP9。ESP10はまだ量産車に採用例がない最新のESCユニットだ。DSC-TRACKはESP10ありきで開発しているが、ハードウェアの性能アップがあれば理想の制御が実現できるわけではない。
DSC-TRACKの開発は、ロバスト性の確保という難しさもある。ユーザーはさまざまな銘柄のタイヤを履くだろうし、純正品以外のブレーキパッドを使う場合もある。ハイグリップタイヤとハイμブレーキパッドを付けての検証も必要だ。ESCユニットが高性能化すると、制御はさらに緻密にできる。でも、そこにはさまざまなパーツ特性を許容するロバスト性も要求される。なかなか難しい。
ESCユニットは○の位置にある。最新のESCユニット「ボッシュESP10」を量産車のESP9に換えて装着する。DSC-TRACKの面白いところは、「この機能でタイムが上がるわけじゃない。まったく上がらない、むしろ、いまESCオンで遅いのを、DSC-TRACKモードでタイム差をなんとかゼロに縮めるべく開発をすすめています」(梅津さん)というところだ。
あくまでもラップタイムを削るのはドライバーの腕、というのもマツダらしい。
「人馬一体のマツダの考え方からすると、ESCはできるだけドライバーに気づかれないように自然に介入させたい」(梅津さん)
タイヤとブレーキパッドは、レギュレーションで定められたワンメイク。DSC-TRACKは、カウンターステアを当てて危険回避しているときに制御が入るが、あまり気にならないという。ただし、ロードスターはライトウェイトスポーツなので、制御はなかなか難しい。軽量ゆえに挙動が速いからだ。速い動きを止めにいくレスポンスと止めすぎない自然さのバランスを走り込んで造り込んでいく。
「我々マツダの評価ドライバーがボッシュのチームにフィーリングを伝えますよね、あそこでこういう現象が起きておかしい。こうじゃないかって。するとデータを見てみよう、見ると実際にそうだった、違うところだった。じゃあ、そこをちょっと変えてみよう。その繰り返しなんです。チームとして課題に気づけるか、それを直せるか。制御開発は、どこまでいったらOKなのかを明確に持っていることも重要です。キリがないから。そのためには、目標とする車両運動が明確にあって、それをエンジニアみんなに伝えて理解して、みんなで到達点までがんばる」(梅津さん)
無論、フィーリングと精神論の世界ではない。「車両運動のコンセプト、運動方程式で書けるコンセプトがあって、それを現場で落とし込んで作っていく。制御開発とはそういう世界です」という。
DSC-TRACKは開発途中。それを、公開の場でレースに参戦して課題出しを行なうのは異例だ。岡山国際サーキットのパドックに設けられた開発チームのテントには、パーティーレースのエントラントが訪れ、エンジニアと会話をしていく。ロードスターだからファンとともに育むというポイントも意識しているというが、ユーザーの声を直接聞いて開発にフィードバックするという目的もある。また、ボッシュのエンジニアたちは、「普段、自分たちが開発した技術をエンドユーザーが実際に使っているところを見ることはなかったし、直接会話をすることもありませんでした。こうして、話ができて、フィードバックがもらえるというのは、とても励みになります」と話していた。これも公開開発の狙いのひとつだろう。
梅津さんは最後にこう続けた。
「両輪なんです。ちゃんと車両運動方程式でコンセプトを出し、理想を定義する。そうしたらそれを実現するために地味な作業も最後までやり通す。それを現場のエンジニアが理解しなかったら、まぁこの程度でいいんじゃない、となってしまう。すると当初のコンセプトとずれる。ずれてしまうと理想は実現できなくなる。これは車両運動制御エンジニアの常識です。たとえば研究部門が新しい制御技術コンセプトを作る。それを量産部門に渡す。でもここの受け渡しがうまくいかなかったら、量産部門はなんか使いにくいなって言って、作っちゃう。そうすると本来のコンセプトは実現しない。だから一貫してやることが重要なのです。僕らはコンセプトを作って、そこから現場で完成させるところまで一貫して見る。ここが制御技術を違和感なく実際に効果があるものにするためのすごく大事なポイントなんです」
撮影のために「開発風景の再現」をお願いしたのだが、実際のデータの分析がボッシュの開発チームと梅津さんで始まった。「ロードスターは軽量なのでとにかく挙動が速い。そこが難しい。そういったところを走り込んで作り込んで行く」(ボッシュのエンジニア)だという。岡山国際サーキットに参集した開発チーム。ボッシュのエンジニアたちのベースは北海道・女満別。そこからの遠征だ。「エンジニアが直接お客さんに説明する場が持てる貴重な機会です」とのこと。普段見ることのない制御開発の現場。「開発風景を撮影したいので、モニターの前でそれっぽくしてください」と筆者がお願いしたのだが、「ポーズ」だったはずが、あっという間に熱い本物のディスカッションになっていった。なるほど、こういうことか。DSC-TRACKの開発が完了してロードスターに実装されるのが楽しみである。
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