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目指せ1600km/h ひとりの男の夢 「ブラッドハウンド」物語り

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目指せ1600km/h ひとりの男の夢 「ブラッドハウンド」物語り

もくじ

ー 地上で1287km/h超える夢
ー ロケットとクルマをひとつに
ー 終わりなきモンダイの山
ー 「やってみるまで、わからない」
ー 数字で見るブラッドハウンドSSC

『ブラッドハウンド』をスライドショー形式で学ぶ

地上で1287km/h超える夢

もしすべてが計画通りなら、この記事が公開されているころには、アンディ・グリーン中佐はコーンウォールにあるニュークアリー空港の2700mの滑走路で、地上最高速度記録を持つブラッドハウンドSSCのコックピットに体を縛り付け、エンジンを点火しているはずだ。

これが最初の自力走行実験であるにも関わらず、おそらく5000人の一般人が見守るだろう。

「一般の人が見ていないところで、隠れてテストすることはしないのですか?」 マシンを案内してくれたときに、チーフ・エンジニアのマーク・チャップマンに聞いてみた。

「隠れてはしません。最初の走行試験でも見学できますよ」と彼は、はっきりと答える。

もし走行試験が順調ならば、来年秋にはチームはここを引き払ってカラハリ砂漠のハクスキーンパン(南アフリカ領)に移動する。

そしてジェット・エンジンを補助するロケットを使って、グリーン中佐自身の20年来の地上最高速度記録である1228km/hを破る1287km/h以上の速度にチャレンジする予定だ。

2019年に目標の1609km/hを出せるようロケットを完全に組み立てなおす前から、このプロジェクトは10年にわたり一貫して、一般公開されている。

これには、人類未踏の記録への挑戦というだけでなく、プロジェクトの資金調達という、ちょっと気のめいる側面もある。今まで10年間にかかった費用はおよそ3千万ポンド(44億8千万円)、ネイマールの年収にも満たない。

何年も資金調達が滞ったため、進捗は本当にゆっくりしたものだった。しかし、ようやく今、何とかクルマを仕上げ、ニュークアリーまでたどり着いた。

そこでは400km/hまでしか出せないので、ニュークアリーでの成功が宣伝になって関心が高まり、資金調達に成功して南アフリカの北ケープ州までたどり着くことができるのを願うばかりだ。

リチャード・ノーブルとグリーンが2008年10月23日にかれらの計画を公表して以来、わたし、AUTOCAR英国編集部のアンドリュー・フランケルはブラッドハウンドに首ったけだ。

ロケットとクルマをひとつに

途方もない記録のためにはすべての努力が正当化される。ジェット・エンジンを搭載して地上最高速度記録をだしたクルマはたくさんあるし、ロケットを搭載したクルマでもひとつ成功例があるが、このふたつの技術を統合しようとしたクルマはかつてない。

ロケットは非常に強力で、エンジン上部にロケットが搭載されていると、点火した瞬間にクルマのノーズは地面にめり込む。このことを1年かかって理解したチームは、クルマ全体を作り直しロケット搭載位置を変更した。

お手柄もある。地上最高速の新記録と認められるには、少なくとも前の記録より1%(今回の場合は12.3km/h)上回らなければならない。

1997年にスラストSSCが現れるまでの32年間、記録は51.5km/hだけしか伸びなかったが、スラストSSCは209km/hも記録を更新し、音速を突破した。

しかしブラッドハウンドは最高速1690km/hに設計され、これは過去の地上最高速度より483km/hも高い。彼らが成し遂げようとしていることは、わたしには想像すらできない。しかし、彼らはそれを実現する手段を持っているのだ。

ジェット・エンジンは初期の実験的なEJ200ユニットで、これはNATOの戦闘機ジェットファイター・タイフーン用に開発されたものだ。

しかし、ナーモ・ロケットを併用すると非常に高出力となり、地上ではEJ200を2基搭載するタイフーンよりも320km/h以上も速い。

実際、ジェット・エンジンの推進力は9tで自重は1tしかない。対照的に、20年前にスラストSSCに搭載されたロールス・ロイスのスペイ・エンジンは、自重2tにもかかわらず推進力は8tだった。

終わりなきモンダイの山

タイフーン・ジェット戦闘機はエンジンを2基搭載している。ブラッドハウンドは1基だ。それがどうした。2基のエンジンはよくあるように協調動作をしており、常にデータ交換を行って完全に同期している。

ブラッドハウンド以前には、誰もこれを1基単独で動作させようとはしなかった。そこでわがエンジニアは「箱の中のタイフーン」と呼ぶ装置を開発した。

これは文字通りの小さな箱で、その名の通りEJ200エンジンを戦闘機に搭載されていると勘違いさせる装置である。もしスクラッチからエンジン制御装置を開発するとなると、数百万、いや数千万円かかるだろう。この「箱の中のタイフーン」の開発費は4万5千円くらいだとチャップマンは言う。

経緯は以下のとおりだ。

制御データ処理のため、最初、エンジンにそれ自身の情報を食わせることで別エンジンとの接続を偽装したが、十分ではなかった。

なぜなら、エンジンが受信するデータはそれ自身が送信したデータそのままなので、現実には起こりえない。エンジンは賢いのでこれを疑いだしたのだ。そして、ついには止まってしまった。

そこでデータ送信にわずかの遅延を挿入したところ、ようやくうまくいった。この4万5千円の解決方法を見せたところ、オリジナルのEJ200を設計したロールス・ロイスの制御エンジニアは絶句したそうだ。

しかしもうひとつ問題があった。

このエンジンは、空を飛ぶ乗り物用に設計されたのだ。一方、ブラッドハウンドは常に地面に接地していなくてはならない。このためエンジンは多量の砂を吸い込んでしまう。

大まかに言ってEJ200エンジンは毎秒6万4千ℓのエアを必要とする。これは普通の家の空気を3秒で吸いつくしてしまう量だ。

したがって、ハクスキーンの砂っぽい環境でも正常動作するような対策が必要だった。

特に、超高温でガラス状に溶けた砂がEJ200エンジンのインナーケースの冷却孔を絶対に塞がないようにすることが不可欠である。これは重要だ。

もし冷却孔が塞がれると、エンジン中心部の温度は構造材の金属の融点をはるかに超えてしまうからだ。スペアのエンジンもあるにはあるが、両方とも防衛省のもので、チームは両方のエンジンを借りた時と同じ状態で返したいと思っていた。幸い、実験は成功した。

しかし、南アフリカで実際にクルマを超高速で走らせない限り、わからないことは山ほどある。

「やってみるまで、わからない」

「われわれは、主としてクルマ周辺の衝撃波の形と砂漠地帯でのホイールの接地性を検討しています」とチャップマンは言う。

「シミュレーションで大まかなところはわかりますが、正確なところは、実際にやってみないとわかりません」

このため、チームは砂漠地帯で2、3カ月かけて試験に次ぐ試験を行い、すべてのデータを取得し、分析し、評価するまでは次に進まない。新記録を達成するだけのために。

いかに違うものなのか、なぜ実際に走らせる以外に方法がないのか、チャップマンはわかりやすい例を挙げる。

音速を超えると、タイヤのグリップよりもホイールにかかる空気圧のほうがステアリングに影響する。つまり、超音速の舵になるわけだ。

もうひとつ、英国の地上最高速度チャレンジの伝統に従い、このプロジェクトでは自動車用品店にあるような日用品をクルマに使っている。良い例がロケットに点火する引き金だ。

航空宇宙用の「引き金」は数十万円だが、破壊検査を受けた民生品ならどこのDIYショップでも安価に入手可能だとチャップマンは言う。グリーン中佐がナーモに点火するとき、家庭用ドリルの引き金を引くのはこのためだ。

ブラッドハウンドSSCプロジェクトが魅力的なのは、恐るべき野心と必要とされる胆力のためだけではなく、そのエンジニアリングが素晴らしく実際的で想像力に富んでいるからだ。

世界最先端の技術が本来の目的以外で使われ、それらが電気ドリルの引き金のような日用品と違和感なく調和しているのがわたしはとても好きだ。

チーム皆の幸運を祈りたい。天が味方をしてくれれば、今から2年と少しあと、勇猛なひとりのドライバーが時速1600km以上で地上を駆け抜けていることだろう。

数字で見るブラッドハウンドSSC

0.3mm

ジェットの外側の筐体の厚さ。

1.75分

12マイルを駆け抜ける時間

2時間

ブラッドハウンドの生涯予想累積走行時間。

2平方ミリメートル

1609km/hでの各ホイールの予想接地面積。

2.5G

停止からの加速度。

3.0G

1609km/hからの減速加速度(ブレーキング前)。

3.6秒

1609km/hでの走行時間。

4.1頭

乳牛換算のブラッドハウンド・プロジェクトのカーボン排出量。

13t

1287km/hから1609km/hまで加速するのに必要な追加推進力。

17秒

805km/hから1609km/hまで加速する時間。

19秒

ブラッドハウンドが生涯で1609km/hを超えている予想時間

20t

1609km/hでの空気抵抗。

21t

1609km/hでの推進力。

40km

ハクスキーンパンから近くのライオン集団までの距離。

55秒

0-1000mph。

50秒

1000mph-0。

60回

ブラッドハウンドの生涯走行回数。

250m

ブラッドハウンドの回転直径。

1690km/h

ブラッドハウンドSSCの最高設計速度。

3200km/h

コックピットの装甲が耐えられるクリケット・ボールの衝突速度。

3000℃

ロケット内部の温度。

10,200rpm

1609km/hでのホイール回転数。

55,000G

1609km/h走行時のホイール・リムでの加速度

137000ps

トータル出力。クイーン・エリザベス2より25400ps大きい。

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