昨今、さまざまなメーカーから大型高級SUVが登場しているなか、登場から9年目を迎えたランドローバーのフラグシップ「レンジローバー」の魅力は? 今尾直樹が答える。
大きく変わった大型高級SUV市場
高級車ブランドからSUVが続々と生み出されているこんにち、元祖高級SUV、レンジ・ローバーの価値はいずこにありや? と、本欄担当者のイナガキくんが筆者に問う。
なるほど、1970年に登場した初代レンジ・ローバーは、ランド・ローバーのオフ・ロード走破性とローバー・サルーンの快適なオン・ロード性能をあわせ持つ、新種の乗用車として構想された。これを実現するため、スペン・キング率いるローバーの開発陣は、軽量アルミ製のワゴン・ボディにフルタイム4WDシステムとトルキーなV8エンジンを搭載し、オフロード4×4の定番だった板バネではなくて、乗用車用のコイル・バネを用いるなどにより、オン/オフ両刀の伝説的万能高級車を生み出した。
こんなクルマが必要とされたのは、北米でのレジャー・ヴィークルの流行もあったけれど、カントリー・ハウスとタウン・ハウスを行ったり来たりするジェントルマンが英国にいたからで、初代レンジ・ローバーはつまり、荘園を持っているひとたちの象徴となった。
というような内容の文を筆者はどこかで読んで、イギリス貴族への憧れを膨らませた記憶がある。1990年代の初め、初代レンジ・ローバーの輸入が日本で始まった頃のことで、この元祖高級SUVは内実以上にオシャレな輝きを放っていた。大英帝国の「日の名残り」という感じの後光がさしていたのだ。
ところが1998年に発表されたBMW「X5」が成功をおさめ、続くポルシェ「カイエン」の大ヒットがその後の流れをすっかり変えてしまった。いまや、SUVがセダンに代わる自動車の標準タイプとなり、マセラティ、ランボルギーニに代表されるイタリアのスーパーカー勢から、母国イギリスのベントレー、ロールス・ロイス、アストン・マーティンまでもがこの分野に参入。初代レンジ・ローバーに与えられた「砂漠のロールス・ロイス」なんて称号は、ホンモノの「砂漠のロールス」が生まれるや、すっかり砂に埋れて消えてしまったかに思える。
やっぱりイイぞ、レンジ・ローバー
してみると、レインジ・ローバーの栄光はもはや過去のものか? 否である。現行第4世代のレンジ・ローバーは2012年の発表だからそろそろ10年。新型のスクープ画像もチラホラ出てきているけれど、このたび筆者は3.0リッターV型6気筒ディーゼルターボ搭載の2020年モデルに試乗しながらこうつぶやいた。
「やっぱり、いいなぁ。レンジ・ローバーは」
レンジ・ローバーにはレンジ・ローバーだけの、ほかの高級SUVにはない、独特の味がある。速さとか静粛性とかは、試乗車がディーゼルということもあって、最新の高性能SUVに劣るかもしれないし、ADAS(自動運転支援システム)の出来栄えもまたしかり。ところがレンジ・ローバー独自の味わいというのは、10年弱の歳月を経ることによってますます深まっているのだ。
試乗した、5月の晴れわたった某日の朝7時頃、首都高速道路3号線は用賀出口付近のやや上り勾配のあたりで、真っ白な雪をかぶった富士山が見えた。レインジ・ローバーから眺める富士山は、いつもより近しく感じられた。
なぜか。レンジ・ローバーに乗っているからだ。このクルマは高速巡航がとっても楽チンで、長距離ドライブをまったく苦にしない。第4世代のレンジ・ローバーの場合、全長×全幅×全高=5005×1985×1865mm、ホイールベース2920mmと、ポルシェ・カイエンとベントレー・ベンテイガの中間ぐらいのサイズがある。かなり大きい。着座位置は高級SUVのなかでも高めで、ボディが四角くて窓面積が広いため、視界がすこぶるよろしい。絶景かな絶景かな。
でもって、乗員はたっぷりとしたホイール・ストロークと、大容量のエア・サスペンションに支えられた快適なキャビンにいる。空気のつまったチェンバーが基本的には浮遊感をつくり出していて、ときどき大きなタイヤが路面からの大入力を吸収しきれずにショックを伝えてくる。試乗車はオプションの21インチ・ホイールを装着している。タイヤは前後ともに275/45というファットで扁平率の高いオール・シーズンである。M+Sなので、あたりは比較的やさしいけれど、21インチという巨大サイズゆえ目地段差等ではどうしたってボディが揺れる。
その際、ふわりと巨体が持ち上がり、着地後にはふわんふわんと余韻があってもよさそうな感じだけれど、ピタリと収束して、バウンシングもピッチングも残さない。優雅な身のこなしを、車検証で2430kgもあるスーパー・ヘビー級の車重と、電子制御のエア・サスによって見せるのだ。
3.0リッターV型6気筒ディーゼル・ターボは、最高出力258ps/3750rpmと最大トルク600Nm /1750~2250rpmを発揮して、2.5tに達する車重をスムーズかつ、十分活発に走らせる。フォード由来のエンジンだけれど、これがどっこい、味わい深い。8段ATとの組み合わせにより、100km/h巡航時、1500rpm弱で粛々とまわって、無響音室みたいに静かではないけれど、かすかに聞こえてくるその音色に静寂を思わせる静かさがある。適度に風切り音が聞こえてきたりもする。音がするのに静かだなんて、ヘンではないか。というご指摘はごもっともだけれど、騒々しい音と、静かさを思わせる音というものがあることもまた確かではある。
閑さや岩にしみ入る蝉の声。
世にふたつとない名機
高速道路でのレーン・チェンジでは鼻先の重さを感じて、ちょっとアンダーステアっぽいというか、少なくともステアリグがスローであるように思える。ところが山道にいたると、軽いロール姿勢を維持しつつ、気持ちよくノーズが入って、オン・ザ・レール感覚のコーナリングを披露する。しかも、山道を走っているときのほうが、不思議なことに高速巡航時より静寂な印象がある。
3.0リッターV型6気筒ディーゼルが4000rpmぐらいまでスムーズにまわって、OHVみたいな、ちょっとイギリス車っぽいイイ音を控えめに発することもあるかもしれない。
結局のところ、現行レンジ・ローバー独特の味わいというのは、オフ・ロード性能に対する4×4専業ブランド、ランド・ローバーの自負から生まれているのだと筆者は思う。ラダー・フレームにリジッド・アクスルのジープ「ラングラー」やメルセデス・ベンツ「Gクラス」とは異なり、レンジ・ローバーはエア・サスペンション、モノコック・ボディに4輪独立懸架を採用している。その独特の味はクラシックなものではなくて、モダン・テイストなのである。
もうちょっと具体的に申し上げると、たとえば、エア・サスを標準装備することで、車高を最大80mm上げ、わかりやすい例でいうと、最大渡河水深は、なんと900mmを誇っている。900mmという渡河水深は驚異的で、ポルシェ・カイエンは525mm、カリナンは540mmにとどまっている。レンジ・ローバーおそるべし。
もちろん、これら高級SUVで、いや高級SUVでなくても、川を渡ろうというひとは稀でしょうけれど、レンジ・ローバーは冒険家のクルマであり続けるべく、本格オフ・ロード4×4には欠かせない副変速機もちゃんと備えてもいて、領地内での鳥撃ちとかで道なき道、泥濘路、沼地なんかを走ることこそ本分であると自覚しているというか、そのように自己規定しているのだ。
思い出すなぁ。英国はミッドランド地方のソリハルにあるランド・ローバーの試験路を初めてレンジ・ローバーで走ったときのことを。あれは確か、初代レンジ・ローバーにエア・サスが装着されたモデルの国際試乗会で、ワニがいそうな沼地にクルマごとずぶずぶと入っていき、コマンド・ポジションと呼ばれる着座位置の高い運転席から眺めていると、先行する前のクルマも自分のクルマも窓枠の下端近くまで沼の水面が迫っていた。
いやはや、こんなことしてホントに大丈夫なんですか!? と、驚愕しつつ、いまから考えると、管理された試験路だったのだから大丈夫だったわけだけれど、であるにしても、本当にたまげた。
現行レンジ・ローバーの最大渡河水深は先代より200mmも深くなっているそうで、つまり、筆者が申しあげたいのは、このようなオフ・ロードの走破能力を持つことによって、現行レンジ・ローバーもまた、人間的な厚みにも擬せられるスケール感といいましょうか、深みというか渋み、ある種の職人っぽさ、もしくはプロフェッショナルの流儀というものを感じさせる。
線状降水帯が発生し始めた日本列島にあって、たのもしきはレンジ・ローバーで、世にふたつとない名機である、と筆者は思う。
文・今尾直樹 写真・伊藤篤紀
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