全日本スーパーフォーミュラ選手権第7戦鈴鹿のレース後、新チャンピオンのニック・キャシディ(VANTELIN TEAM TOM’S)に握手を求めて讃えた山本尚貴(DOCOMO TEAM DANDELION RACING)の目には、涙が溢れていた。昨年ダブルチャンピオンを獲得してチームを移籍して臨んだ今年の山本、そしてチャンピンを迎え入れたダンディライアンチームともに、外からは知ることのできない大きなプレッシャーを抱えて戦った1年だった。
タイトルを争っているポールのアレックス・パロウ(TCS NAKAJIMA RACING)がグリッドで早々とミディアムタイヤでのスタートを決めたため、上位陣の選択を考慮してミディアムでのスタートを選択した山本尚貴。好スタートでオープニングラップで3番手に上がったものの、異変はこの段階から感じていた。
キャシディ、初タイトル獲得に「言葉では表現できない。僕は泣かない人なんだけど号泣していた」/チャンピオン会見
「うまく走れなくて、スピードがありませんでした」とレース後に振り返る山本。マシンはオーバーとアンダーの両方が起きてしまうという、苦しい状況だった。
ペースが上がらず、チームメイトの福住仁嶺(DOCOMO TEAM DANDELION RACING)にもピットインの前後でアンダーカットされてしまったが、同じくペースの上がらなかったパロウはなんとか130Rでの2度目のチャレンジで抜くことができた。1度目はアウトから並びかかり、外に押し出されるような形で130R外側のダートまでオーバーランしてしまったが、こらえてコースにマシンを復帰させた。
「あれで火が点きました」
タイヤに付いたダートを落としてタイヤのコンディションが戻った2周後、山本はふたたびパロウに130Rに仕掛けるも、今度はインを奪って
オーバーテイクを決めることができた。
その後、ピットアウトを終えて山本の前でコースインした石浦宏明(JMS P.MU/CERUMO・INGING)とも、激しいバトルとなった。
「一度抜いたあとにストレートで並ばれてしまったんですけど、絶対に譲るわけにはいかなかった。2コーナーではギヤを落としてエンジンブレーキを使って小さく曲がって、ギリギリのところで意地で抜きました」
なんとか実質5番手の順位は死守できた。だがパロウ、そして石浦とのバトルは山本に大きな代償を与えてしまった。
「力が尽きちゃった感じになりました。石浦選手とのバトルでタイヤを使い果たしてしまいました」
石浦の前には出たものの、山本は前のマシンとのギャップを縮めるどころが序々に広がっていき、ポジションを守るのがやっとの状態になってしまった。
「正直、いっぱいいっぱいでした。今日のレースは完敗です」
5位でチェッカーを受けた山本はランキング2位でDOCOMO TEAM DANDELION RACINGへの移籍1年目を終えることになった。そして、パルクフェルメでの山本の涙には、そのチームとの関係を改めて示すエピソードがあった。
マシンを降りて担当の杉崎公俊エンジニアにかけられた言葉が、山本の心と感情を大きく揺さぶったのだ。
●チャンピオンを預かるチーム、移籍して2年連続でタイトルを争うドライバー。双方に懸かる大きな重圧
「マシンを降りて杉崎さんがピットウォールのところに来てくれた。今回の僕は自分の力が及ばなくて実力が足りなかったので、杉崎さんに申し訳なくて謝ろうと思ったんです。ですけど……。杉崎さんが涙を流して『速いクルマを作れなくて申し訳なかった』と先に謝られてしまって……。自分が負けたことよりも、エンジニアをそういう気持ちにさせてしまったことが……ドライバーとして、ものすごく申し訳なかった」
杉崎エンジニアはレース後の取材にも、自分を責める言葉を残した。
「悔しいというか、情けない。勝てるドライバー、チャンピオンを獲れるドライバーに獲らせてあげられなくて、あそこまで苦戦させてしまって……。責任を感じています。情けない」
チャンピオンを預かるチーム、移籍して2年連続でタイトルを争うドライバー。それぞれ双方に、外部には分からない大きな重圧がのしかかっていたことがうかがえる。
「杉崎さんにそんな言葉を言わせてしまって、村岡(潔)監督にもメカニックにも、チームに本当に申し訳ない気持ちになって。この鈴鹿に向けてのチームの期待も分かっていたので、その期待に応えられなくて……。杉崎さんの言葉が胸に突き刺さって……辛かったですね……。苦しかった」と、山本はその時の心境を話す。
パルクフェルメの山本は杉崎エンジニアの言葉を聞いて、あふれる涙を止められないまま、ライバルとして戦った新チャンピオンのキャシディの元へ向かった。
「去年、ニックは今回の僕のような気持ちになっていたのに、レース後、一目散に僕に握手を求めて健闘を讃えてくれた。あのニックの姿は、本当に心から尊敬すべき姿でした。今度は僕が彼をきちんと称えないといけないと思いました」
「ニックがいてくれたからこそ自分を高めることができたし、本当に彼のことを尊敬しています。今はとても悔しいけど、一度リセットをかけて、そしてまた、改めてこの場所に戻ってきたい。こうして1ポイント、2ポイントをかけてタイトルを争うという緊迫感は味わった者にしか分からない心境があるけど、でも、これを経験しないと強くはなれない。こういう経験をさせてくれたチームに心から感謝したいですし、今年はチームの努力に報いることができなかったので本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。杉崎さん、そしてチームに今度は『ごめん』ではなくて『ありがとう』と言わせてあげたいです」
今年の山本はスーパーフォーミュラ以外にもF1でトロロッソへ同行し、レッドブルのファクトリーでのシミュレーターテストを2回行い、そして鈴鹿でのF1日本グランプリでFP1を走るなど、かつてない多忙なシーズンを過ごした。まだスーパーGTの最終戦が残っているが、今年のスーパーフォーミュラもまた、今後の山本にとってかけがえのない貴重な糧となるに違いない。
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