「難しいということは正直感じなかったです」
8月6日に静岡県の富士スピードウェイで行われた2023スーパーGT第4戦の決勝。このレースのGT300クラスにおいて、今季50号車ANEST IWATA Racing RC F GT3の第3ドライバーとして参戦する小山美姫が出走。スーパーGT史上初となる日本人女性ドライバーの決勝完走を果たすと、レース終了直後には冒頭のコメントを残した。
ANEST IWATA RacingがスーパーGT参戦を通じて狙うものとは。「次なる何かが見えてくる」
■本格的なウエット走行は決勝が初めて
2023年のスーパーGT GT300クラスに参戦するANEST IWATA Racing with Arnage。『No Theory. 夢ある無謀を。』をテーマにグランツーリスモとタッグを組み、ドライバーにはバーチャルとリアルの“二刀流”イゴール・オオムラ・フラガと、2021年フォーミュラ・リージョナル王者で今季はスーパーフォーミュラ・ライツに参戦する古谷悠河を起用するなど、参戦初年度ながら強力な体制を敷いている。
そんなチームのサードドライバーとして、450kmレースで第3ドライバー登録が行われているのが女性ドライバーの小山だ。当初FIA-F4に参戦していた小山は、2019年にF1のサポートレースとして併催されるWシリーズに参戦。開幕戦でファステストラップを記録する速さをみせてランキング7位になると、2022年にはフォーミュラ・リージョナル・ジャパニーズ・チャンピオンシップで王者に輝き、FIA公認の男女混合シングルシーター選手権で史上初の女性チャンピオンとなった経験を持つ。
今季のスーパーGTではここまで毎戦チームに帯同し、450kmレースでは第3ドライバー登録が行われている小山。しかし、第2戦と第3戦ではステアリングを握る機会はなく、ピットでレースを見つめていた。そんななか迎えた第4戦決勝レースの72周目、二転三転する天候、セーフティカー、赤旗中断という荒れ模様のレースを戦うANEST IWATA Racing RC F GT3に小山が乗り込んだ。
小山は「ドライバー交代したときは雨も降っていましたし、正直勝負できる順位ではなかったので、自分のできることをやろうと思い乗り込みました」と、2012年のシンディ・アレマン以来11年ぶりのスーパーGT女性ドライバー出走、そして2004年までのJGTC全日本GT選手権では三原じゅん子などが出走していたものの、2005年からのスーパーGTでは史上初となる日本人女性ドライバー決勝出走の瞬間を振り返った。
「コースに出てからは青旗もあり、なかなか自分のペースに持っていくことが難しい状況でしたけど、タイヤが温まった後は良いペースで走ることができました」と小山。その後は雨が小康状態になったことで、路面が乾き始めドライタイヤに交換するチームも出ていた。しかしANEST IWATA Racing with Arnageは前後の間隔をみてウエットタイヤでレースを続けることを決断する。
「もちろんチームために1ポジションでも上位でフィニッシュすることは大事だと思います。けれど、ドライバーとしてはプッシュしたいという気持ちもあったので『ドライタイヤでいきたい』ということを伝えました」
ただ、このタイミングで小山からの無線がチームに伝わりづらくなるトラブルが発生してしまう。幸いにもチームからドライバーへの無線は通じていたことで、小山はチームの決断どおりウエットタイヤで最後まで耐えることに。小山にとってスーパーGTでのウエット走行は富士公式テストで経験があるものの、そのときも悪天候でまともに周回することは叶わず、出走が決まっていたという第4戦決勝前のウォームアップ走行もスリックでの走行となったため、初の長距離GTドライブは乾き始めたダンプ路面でウエットタイヤという難しいコンディションになった。
しかし小山は、レース途中で他車とのバトルも繰り広げながら、大きなミスなく19位でチェッカーを受けた。初のスーパーGT完走後には、“フォーミュラ畑”で育った小山ならではの言葉でレースを振り返った。
「私は電子制御のないフォーミュラカーでは雨のレース経験があります。そういった意味では、もっとコントロールは難しいというイメージがありました。電子制御の使い方という意味では、また違った難しさはありましたけど、雨のなかで“マシンが暴れて怖い”というような感覚はまったくなかったです」
「ただ、ウエットタイヤは本当に皆さんが思っている以上にグリップしません。今回は路面がドライになってきていたことに加え、GTマシンは車重もあるので、コーナーでもずっと(タイヤが)“グネグネ”している状態でした。そういった意味では辛かった部分もありますけど、あまり違和感は感じませんでしたね」
スーパーGTの特徴でもある“2クラス混走”については「GT300も勝負しているので、GT500をリスペクトしながら自分たちのレースをすることは難しかったです。コース上では数台をオーバーテイクしましたけど、本当に追い抜いて良い車両なのか分からなかった部分も正直ありました」と、実戦での難しさを感じたようだ。
最後に「でも、良いレースができたと思います。次に出場する際にはポイントを獲りたいですね」と笑顔をみせた小山。19位とはいえ、スーパーGTに新たな歴史が刻まれたレースとなった。
■心配もあったが「無事に完走したことは大満足」と武田総監督
そして「一定の条件のなかでしっかりと走ってくれたと思います」と語るのは、チームの母体となるアネスト岩田で取締役常務執行役員兼営業本部長を努め、ANEST IWATA Racing with Arnageではチーム総監督として指揮を取る武田克己だ。
小山もプロとはいえ、ダンプコンディションで初のGTレースを迎えることには武田総監督も「タイヤを壊してしまうなど、いろいろなことは想像しました」と心配もあったという。しかし、無事にチェッカーを受けたことで不安は消えたようだ。
「特に今回はウエットから乾き始めた路面、そのなかでスリックタイヤに交換するライバルチームもあるという難しいレースでした。ですが、26周という周回数をしっかりと走り切り、無事に完走したことは大満足です」
「ただ、いろいろと課題はあったはずで、それはチームも同じです。小山選手もドライバーとしての課題があると思いますが、そこは次のレースに繋げていけば、もっと良い方向に向かっていくはずです」
次戦以降の決勝での小山の起用については「状況によって」とのことで、チームとしては引き続き450kmレースでの第3ドライバー登録を行っていくとのことだ。
デビューレースはウエットからダンプ路面と難しいコンディションになった小山だが、その経験から得られたものも多いはず。ちなみに、小山への取材中にはGTアソシエイションの坂東正明代表も通りがかり「頑張れ」と声をかけており、スーパーGTにとっても貴重な一戦になったようだ。
■車両セットアップ“進化”のカギ
今回のANEST IWATA Racing RC F GT3はドライコンディションで行われた予選から好調で、Q1・A組を古谷が4番手で通過、Q2ではフラガが8番手に食い込んでいる。
今回はサクセスウエイト『0kg』がアドバンテージになった側面もあるが、それでもここまで4戦中3戦で予選Q2に進出、第3戦鈴鹿ではフラガがQ1・B組のトップタイムを記録するなど、チームとして初のパッケージながら存在感を示している。
さらにこの第4戦に向けては、車両セットアップの面でも着実な進化を遂げていた。第3戦からの2カ月のインターバルの間に、TCD(トヨタ・カスタマイジング&デベロップメント)のシミュレーターでテストをすることができたのだという。
「カスタマーサポートの一環ということになるかと思いますが、TCDさんのシミュレーターを使わせていただくことができ、そこで第3戦のセットアップのおさらいと、富士に向けたトライアルができました」と天澤天二郎エンジニアは予選後に語った。
「その結果を踏まえたセットアップを持ち込めたのは、大きかったと思います。序盤の3戦、レースウイークで時間も限られるなかではドライバーからのコンプレインに対してアジャストすることしかできませんでしたが、ガラっと変えるようなものをトライすることができたので」
なお、レギュラーを務めるフラガと古谷はともにフォーミュラを主戦場としてきたドライバーだが、今季のRCF GT3のセットアップの進め方について天澤エンジニアに聞くと「どちらかが主導するのではなく、ふたりそれぞれ“感度”に特徴があって、どこにフィーチャーするかが違ったりもするので、ふたりの意見を取り入れるとより良いクルマが作れます」という。
スーパーGT経験のない3人のドライバーを起用し戦うANEST IWATA Racing with Arnageは、着実に前に進んでいる様子だ。シーズン後半戦では、まずはドライバー選手権における初ポイントを手にしたいところだろう。
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