世界の自動車メーカーにとって重要で巨大なマーケットである中国。
中国メーカーに加えて日本や欧州のメーカーがそのマーケットに参入しているが、中国での自動車の販売についてはあまり報じられることはない。
えっ!? 一般ユーザーには届かない? ホンダe予約受注の裏側
ディーラーはどんな売り方をしていて、どんなクルマが販売されているのだろうか?
そこで中国の自動車販売事情について、小林敦志氏にレポートしてもらった。
文/写真:小林敦志
【画像ギャラリー】世界一の巨大市場・中国の自動車販売事情とは!? 日本ではありえない中国ディーラーの常識
■中国の新車販売ディーラーについてよく耳にする「4S」とはなんだ?
長安汽車 逸動。長安汽車は四川省重慶市に本拠地をおくメーカーだ
筆者は、2005年にモーターショーの取材で初めて中国(上海)を訪れた。当時、中国国内の新車販売ディーラーについて話を聞くと、“4S”という言葉をよく耳にした。
4Sとは“Sales(販売)”、“Spare Parts(部品販売)”、“Service(アフターサービス)”、“Survey(情報提供)”を提供する店舗、つまり日本での一般的な新車ディーラーのことだとの説明を受けた。
4Sがあるのだから、当然1Sや2S(販売のみなどの店舗)も存在していた。つまり2000年代前半に、日本では当たり前のような、フルサービスを提供する新車ディーラーが普及するようになったのである。
4S店はロードサイドにポツンとあるようなことは少なく、筆者が実際に訪れた場所では、日本のように一定地域の幹線道路脇に多くのブランド系ディーラーが建ち並んでいた。
また、ある地域ではアメリカのオートモールのように、一定敷地内に店舗が集中して出店しているといったケースもあった。
中国のディーラーは日本と同じでトヨタならトヨタ、ホンダならホンダとブランドごとに店を構えている。
■一見客に厳しく紹介客は熱烈歓迎!? 中国独特の「おもてなし」
長城汽車 ハーバルH6は2020年8月の単月統計でSUV販売ナンバーワン(外資含む)。写真はモータショーでのひとコマだが、ディーラーでの一見客に対してはこれよりもはるかに無愛想だ
日本のディーラーもまだまだ“敷居が高い”といわれているが、中国ではさらに敷居が高い印象を受ける。出入口にゲートが設けられ、そこには警備員が常駐している店舗が多く見受けられるからだ。
これは中国だけではなく、インドネシアなどでも多く見受けられるので、中国に限ったことではないが、フラッとショールームに立ち寄るといった雰囲気ではない店舗が目立つ。
ある中級都市の新車ディーラーを飛び込みで訪れたことがある。平日の昼間ということもあるのか、室内照明が消され、空調も稼働していなかった。
新車ディーラーだけではないが、店舗スタッフが笑顔もなくけだるそうに応対に出てくる。こんな雰囲気が一般的なものだと筆者は認識している。
また別の機会に、現地の日系合弁会社を通じ、正式な店舗取材を行うために訪れると、店頭で多くのスタッフが笑顔で出迎えてくれ、入口には“歓迎●●先生(先生は中国では[様]の意味)”という案内看板のようなものがあった。
一見客に厳しく、筆者の体験では親会社などからの紹介があると歓迎してもらえるのも中国ならではの“おもてなし”であるようだ。
このような傾向は当時の新車販売にも見受けられた。スマホなどが普及していないころでは、“口コミ”が新車販売での重要なウエイトを占めていた。
初代日産ティーダが中国では人気が高かったのだが、例えば外資系企業に夫が勤務しているような、少しリッチな奥様で構成されている“ママ友会”があったとする。
そして、そこのオピニオンリーダーのひとがティーダを購入し満足すると、そのひとの口コミが広がり、ママ友会など周囲のひとたちが、リーダーが購入したディーラーを紹介することで、こぞってティーダを購入し、ヒットに結び付く一因になったと聞いたことがある。
2019年広州モーターショー会場内の中国メーカーブースにあった会場での受注状況掲示板
日本では“新車を売ってはいけない”とされるモーターショー会場での新車販売も大変熱心である。
本来ならメディア関係者しか入ることのできない、“プレスデー”でも、カップルや子連れ家族などの“一般来場者”がかなり多く会場内にいるが、その多くは各ブランドのセールスマンが、“非公式”で得意客を会場に入れているとの話である。
一般公開日には、ブースに受注結果を記入する大きなボードを掲げるブランドも多く、毎朝開場前には、各ブランドブースにてセールスマンが集まって“気合い入れ”するのは当たり前の光景である。外国人である筆者にまで熱心に売り込んでくるから驚きである。
■メーカーの本拠地でよく売れる? 車の「地産地消」は資本主義緩入前の名残りか
上海汽車 栄威 RX5。上海汽車は上海に本拠地を置くメーカーで、やはり上海での売れ行きが良い
ここで統計数値による中国の新車販売市場を見ていくことにする。
いずれも中国自動車販売業者協会の統計となるが、2020年1月から7月までの累計新車販売台数は931万1000台。そのなかで日本車は229万2800台となる。トップは中国車となり、2位がドイツ車(239万1100台)、そして日本車は3位となっている。以下アメリカ、韓国、フランスの順番となっている。
カローラやCR-V、RAV4がよく売れており、工場の多い広東省・広州市とその周辺で比較的多く見かけることができる。
2020年7月の統計による、中国民族系メーカーでの販売トップ3は1位吉利(ジーリー/10万7224台)、2位長安(8万2722台)、3位長城(4万4258台)となっている。
長安汽車 CS75。SUVに力を入れる流れは世界中の自動車メーカーに共通だ
SUVでは外資との販売競争で健闘しているものの、セダンなどほかのカテゴリーでは外資ブランド車に押され気味となっている。また販売台数が多くても必ずしも“全中国”での人気車に直結はしていない。
上海汽車、広州汽車、北京汽車と、その名の通り広州、上海、北京を本拠地にしているほか、BYDは広東省深圳市、長安汽車は重慶市(四川省)、吉利は杭州市(浙江省)に本拠地を構えており、それぞれの都市とその周辺では、地元メーカー車を多く見かける。
つまり、名古屋や豊田市でとくにトヨタ車を多く見かけるといったことが、さらに大げさになっていると考えてもらえばいい。
日本では新車を売ってはいけないとされるモーターショーだが中国では事情が違う。一台でも多く新車を売ろうと開場前に全員で気合いを入れる
国土が広いだけでなく、バリバリの共産主義の時代には都市間移動が厳しく制限されていた、その名残りがいまも色濃く残っていることなどもあり、新車でも“地産地消”のような需要構造が目立っているのが現状。
そのような地域の差がなくよく売れているのは外資系となる、VW(フォルクスワーゲン)グループ(アウディなど含む)やGM(シボレー&ビュイック)となっている。
中国での販売トップ3は、一汽大衆、上海大衆、上海通用(大衆はフォルクスワーゲンの、通用はGMの意味)の順番となっている。
フォルクスワーゲンといっても、華北地域の天津市にある一汽大衆と、華中地域の上海にある上海大衆のふたつの現地合弁会社がある。
北京の役所や企業の幹部は一汽アウディ製のA6を運転手付きで移動車にしているが、上海では上海大衆製のパサートとなっていたりする。
外資も含め“全中国で人気の高いモデルはこれだ”と言いきれないのが、広大で世界一のマーケットである中国市場の特徴でもあるのだ。
■統計上はよく売れているはずの日本車はどこに? 多様な販売手段が中国車を後押しか?
上海市内のトヨタディーラー。日本車は壊れないのでうまみが少ないという一部ディーラーの声もあるようだ
日本車は統計上よく売れているのだが、筆者が訪れた都市で筆者が感じた限りでは、それほど日本車がよく売れているといったイメージがないので、どこで売れているか不思議に思っている。
2010年を待たないぐらいで、すぐにテレビ通販で新車が販売されるようになり、いまではスマホなどを活用したオンライン商談や、キャッシュレス決済は当たり前となり、大手通販サイトで直接新車を購入することも可能となっている。
中古車(中国語では二手車)販売では、かつては“二手車公益市場”のようなものが設けられ、そこに業者が軒を連ねて中古車を販売していた。
しかし、強面の業者も多く、とても家族連れでワイワイと中古車選びなどができる環境でもなかったのだが、最近では専用サイト上での売却や購入がメインとなっている。
流通促進の意味もあり、かつては例えば北京で黒竜江省ナンバーの中古車を購入すると、黒竜江省までクルマを持って行かないとナンバー変更できなかったのだが、それはなくなっているとのことである。
新車の販売促進をはかる意味でも、中古車の流通促進策も強化しており、海外への中古車輸出も積極的に行われており、ロシア国内などでは数多く見かけることができる。
自動車生産拠点、販売市場ともに短期間で世界一となった中国では、新車販売現場も急速に“先進国化”している。
もはや、0%金利ローンや、キャッシュバックなどのインセンティブは当たり前で、新車販売の利益だけではとてもではないがディーラーはやっていけない状況となっている(値引き競争もハンパではないようだ)。
そのためディーラーを経営するオーナーの一部からは、「日本車はなかなか壊れないので旨味(修理入庫などが少ない)が少ないので困る」といった声もあるとのこと。
急速に販売環境の変化する中国でどのように新車ディーラーが生き延びていくのか(販売は通販メインにし、サービスステーションに特化するなど)が、数年後(数十年後?)の日本の新車ディーラーの姿を物語ることになるだろうと考えている。
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