■ハーレーやインディアンを凌駕する高性能モデル
メーカーの巨大な工場で大量生産される車両ではなく、あくまでも小規模な工房やショップ・レベルの設備から生み出される『コンプリート・マシン』たち……たとえばクルマの世界ならキャロル・シェルビーによって生み出された『ACコブラ』や日本の光岡自動車による車両、バイクの世界に目を向けるとイタリアのビモータやアメリカのタイタンモーターサイクル、スズキのGSX-Rをベースにしたヨシムラのボンネビルなど数多のマシンが浮かび上がるのですが、大メーカーに挑んだ『コンプリート・モーターサイクル』の元祖的な存在がここに紹介する『クロッカー』かもしれません。
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1934年、もともとインディアン・モーターサイクルのディーラーを営んでいたアルバート・G・クロッカーという人物と、そのパートナーであるエンジニアのポール・ビグスビーは、『インディアン・スカウト』でレースに参戦する傍ら、まずイギリスのJAP製シングル・500ccを搭載したオリジナルのスピードウェイ・レーサー(ダートトラッカー)を製作。
メーカーとして産声をあげることになるのですが、同社はハーレーダビッドソン(以下ハーレー)が初のOHVモデルとして世に送り込んだ、ナックルヘッドをリリースした1936年に時を同じくして画期的なOHVツイン搭載車を開発しています。 もともとサイドバルブ(混合気の吸排気を司るバルブがシリンダー横に備えられた旧式のエンジン)だったインディアン・スカウトをベースにヘミヘッド(ドーム形状の燃焼室)を持つ1000ccのオリジナルのOHVツイン・エンジンを搭載し、ガソリンタンクもアルミの鋳物で製作。 まさに『夢のマシン』と呼べる仕様となっているのですが、性能面においてもベースであるインディアンはもとより、ハーレーのナックルも圧倒するもので市販の状態で55hp/3600rpmの出力を発揮し、最高速度は120マイル(193km/h)とのこと。ちなみにハーレーのナックルヘッド「EL」(1000ccモデル)が40hp/4800rpmということを考えても、クロッカーが如何に高性能であったのかが伝わるでしょう。
■レースシーンでも活躍した「クロッカー」
実際、当時のレースシーンやドライレイク(水の干上がった湖)で行われる最高速チャレンジでハーレーやインディアンはクロッカーの後塵を排することになり、打ちのめされる結果となるのですが、小さな零細企業が生み出したマシンが大メーカーに挑む様は痛快であり、時代を超えてロマンを感じさせるものです。まるで池井戸潤原作の『下町ロケット』のように小さな町工場が大企業に挑む姿は、繰り返しを承知でいえばやはり痛快です。
ちなみにその当時、ハーレー社はクロッカーに対して特許侵害で提訴すべく動くのですが、その調査チームに加わったハーレー・ワークスのレーサーであり、誠実なエンジニアだったジョー・ペトラリの「まったく別もののエンジン」という見解を前に訴訟を断念。
結果、 ハーレー社はクロッカーにパーツを供給する自社と取引のあるホイールメーカーやキャブレターのメーカーに圧力をかけ、「今後、クロッカーにパーツを供給する場合は取引停止とする」と通達し、まるで池井戸作品の悪役のような動きをとるのですが、小さなメーカーの活躍と存在が既に大企業となっていたハーレー社を脅かしたのは間違いなさそうです。 そのクロッカーは結局、ハーレーより150ドル高い販売価格や小規模工場ゆえの生産効率の悪さ、第二次世界大戦の影響による物資の供給制限の影響によって1941年に歴史を閉じることになるのですが、約6年の間で100台ほど生産されたマシンの約半数が今でも心あるマニアたちの間で保存されているとのことです。
オリジナルのOHVツインエンジンを搭載し、メーカーモデルに負けないクオリティを誇ったクロッカーというモーターサイクル……時空を超えてロマンを感じるマシンです。
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