F1第16戦トルコGPは、ウエットコンディションで行なわれたことでタイヤの交換義務がなくなった。それでもほとんどのドライバーがインターミディエイトタイヤを2セット使ったが、エステバン・オコン(アルピーヌ)は唯一57周を1セットでレースを走りきり、10位を獲得した。
ピットに入らずにレースをフィニッシュしたのは、1997年のモナコGPでミカ・サロ(ティレル)が5位に入って以来となる。この時代はレース中に給油が行なわれていたが、雨でレースペースが遅くなり、ガソリンの減りも遅くなったのが幸いした。
■メルセデス、“タイヤ無交換作戦”ではハミルトンは「ポイント獲得ギリギリまで」順位を下げていた可能性大
2005年はトラブルがない限り、1セットのタイヤで予選・決勝レースを走り切る義務があったが、給油のためにピットインする必要があったため、ノンストップでレースを走り切ることはできなかった。
ミカ・サロ以来となる記録を達成したオコンの走りは、ルイス・ハミルトン(メルセデス)のレース戦略に関する議論にも影響を与えた。ハミルトンはピットストップせずに走り切ることを望んでいたが、残り8周のところでピットインしている。ただメルセデスは、もしピットに入っていなければ、順位を落としていただろうと主張している。
マシンを無事にフィニッシュまで持っていったのは、オコンの素晴らしい功績だと言える。彼が自身のSNSで公開したフィニッシュ後の右フロントタイヤの状態を見れば、それは明らかだ。
右フロントタイヤのトレッドは完全に摩耗しており、内部構造がかなり大きな面積に渡って露出してしまっていたのだ。オコンも、もう1周していたらパンクしていたかもしれないと認めている。幸いなことに、彼はレース終盤に周回遅れにされたことで、58周のレースを57周で終えることができた。
では、なぜオコンはノンストップでレースを終えた唯一のドライバーになったのか? レース前にその戦略が打ち合わせされていたわけでもなく、実際レース中もそのことについて直接話し合われることもほとんどなかった。
12番グリッドからスタートしたオコンは、他のマシンがピットストップしたことで、37周目には9番手に浮上した。驚いたことに、無線ではストップするかしないかについて短い議論しかなく、オコンはただひたすら走り続けた。
事態を複雑にしたのは、天候と路面コンディションだろう。弱い雨が降り続き、路面がいつまでも乾かなかったことで、スリックタイヤで走れない状況が続いた。逆にインターミディエイトタイヤはゴムの性質がスリックタイヤとは違うため、溝がなくなって接地面積が増えるにつれて、ラップタイムが上がっていっていたのだ。
そのため、多くのドライバーがピットインを遅らせ、コンディションの変化を待ったが、しびれを切らしてピットに入り、新しいインターミディエイトを装着していった。
40周目、ランス・ストロール(アストンマーチン)のピットストップで8番手に上がったオコンは無線で『残り17周、このセットで最後まで行くかどうか悩んでいるドライバーがいる』と伝えられている。
実際に、この時点でハミルトンとシャルル・ルクレール(フェラーリ)がピットに入らず走行を続けていた。そして46周目、オコンは『あまり怖がらせるつもりはないけど、フロントタイヤからロープ(コード)が出ているのが見える』と報告した。オコンはその後も右フロントタイヤの状態について、ピットに情報を伝えていた。
50周目、ストロールが追い上げてきていることを知らされたオコンは『誰かがスリックタイヤにしたら教えてくれ。僕はまだそうする覚悟がない』と答えた。
これに対してエンジニアは次のように返した。
『この周回が終われば、残りは8周になる。もし今タイヤを交換してしまったら、ポイント圏外になってしまう。だからもしスリックタイヤでいけると思うなら知らせてほしい』
50周を終えたところでハミルトンがピットに入り、タイヤを交換していないのはオコンだけになった。52周目に最新の状況を聞かれたオコンは『同じだ、振動は大きくない』と答えたが、その1周後には『少し悪くなった』と答えた。
その直後、オコンはストロールに抜かれ10番手に後退した。ただ11番手のダニエル・リカルド(マクラーレン)は早い段階でピットストップしていたためタイヤが厳しく、オコンに迫れるようなペースはなかった。
オコンは縁石に乗らないようにしながら、ターン8などタイヤへの負荷が高いコーナーで右フロントタイヤを労っていた。
残り4周のところで、周回遅れにされればレースが1周短くなると伝えられたオコンは、56周目にコース上で停止しそうなほどスローダウンし、トップのボッタスを先行させた。その結果、この周のラップタイムは1分39秒537。前の周より3秒近く遅く、一見タイヤに大きな問題が起きたかのように見えたが、そうではなかったのだ。
ファイナルラップは、リカルドを抜いたアントニオ・ジョビナッツィ(アルファロメオ)が急接近。後続とのギャップをオコンに伝えていたクルーは、『オーバーテイク可能な位置』までジョビナッツィが接近していると伝えているが、オコンは挙動を乱しながらも最終コーナーをクリア。なんとか10位でフィニッシュしたのだ。
振り返ってみれば、ジョビナッツィはオコンに対して、最後の10周でピットストップのロスタイム1回分にあたる22秒近くのタイムを稼いでおり、もしあと1周あれば、タイヤにトラブルが起きなくてもオコンはポイントを得られなかっただろう。
マシンから降りたオコンはしばらくの間、右フロントタイヤのダメージを確認し、マシンを冷却しようと近づいてきたメカニックにそれを見せていた。
その直後にmotorsport.comの取材に応じたオコンは、笑顔をみせてレースを振り返った。
「みんなが疲れていたから、僕は今回ピットストップをしないでおこうと思うってジョークを言ったんだ」
「実際は、セブ(セバスチャン・ベッテル)と戦っている時に、ストップするべきか、ステイアウトするべきか少し議論したくらいだった」
「そして、その時は本当にペースが良く、タイヤの状態も良かったので、『このまま行こう』と思ったんだ。僕たちはリスクを冒してみたけど、最後はそれが功を奏して、1ポイントという小さなリターンが得られた」
「でも最後のほうは、フロントタイヤがもつかどうか心配していた。かなりダメージを受けていたし、アウト側からロープが出ていたからね。明らかに、あと1周あればパンクしていたと思う」
「そしてあとふたつコーナーがあればジョビナッツィに抜かれていただろう。リスクはあったが、それだけの価値はあったと思う。特にファイナルラップはジョビナッツィより7秒も遅かったんだ。僕はコース上に留まるのに必死だった」
アルピーヌのピットウォールは緊張に包まれていたが、その理由について、アルピーヌのエグゼクティブ・ディレクター、マルチン・ブコウスキーは、motorsport.comに次のように語った。
「最後まで走りきれるかどうかは分からなかったが、セーフティカーが出るかもしれないし、実際にコースが乾いてドライタイヤを履くことができるかもしれない」
「そしてある時点で、最後まで走りきってポイントを獲得できる可能性があることに気づき、彼をステイアウトさせたのだ」
「タイヤの状態については、エステバンと話し合いながらデータをモニターしていた。1ポイントしか得られなかったが、12番手からのスタートだったことを考えるとまずまずだ」
ではチームはどれくらいのデータをつかめていたのだろうか。
「オンボード映像でタイヤを見ることができる」とブコウスキーは付け加えた。
「タイヤの温度データがあるので、残っているゴムの量も把握できるし、ドライバーのフィードバック、そして振動データもある」
振動は重要な問題だ。前述のようにタイヤ交換が禁止された2005年のヨーロッパGPで、キミ・ライコネン(マクラーレン)がタイヤにフラットスポットを作ってしまい、そこから発生した振動によりサスペンションが破損し、リタイアを喫している。
「ドライバーの安全性を犠牲にしたくないのは当然だ。危険なレベルの振動があるマシンを放置することはない。我々は閾値を設定しており、それを超えた場合にはマシンをストップさせる」
「最終ラップまで彼を走らせておくだけの自信があったことは確かだ」
オコンがチェッカーを受けた時、安堵したのはオコン本人やアルピーヌだけではなかった。F1にタイヤを供給しているピレリも、緊張感から解放されたのだ。
ハミルトンがピットインした時、少なくともタイヤのトラブルがタイトル争いに大きな影響を与える可能性がなくなり、ピレリは安堵した。しかしその後はオコンのことを心配しなければならなかった。
ピレリのF1責任者であるマリオ・イゾラは、フィニッシュ直後にmotorsport.comに「緊張しなかったとは言えない」と語った。
「彼らは難しい決断をしなければならず、リスクを負っていた。我々は彼らに警告を与え、幸運にも何も起こらなかった。しかし、あれは危険だった……」
「言うまでもなく、インターミディエイトタイヤはウエットコンディションで上手く機能するタイヤなんだ。路面が乾いていくと同時にタイヤが摩耗していき、ある時点でスリックのような状態になったが、それでも上手く機能していた」
「しかし、その後はもうラバーが残っていないので、交換しなければならない。コンストラクション(内部構造)で走ることはできないし、基本的に安全ではない」
「完全に摩耗したタイヤでブレーキを踏めば、トレッドパターンやコンパウンド、コンストラクションからの保護を得られず、簡単にパンクしてしまう。通常は空気が徐々に抜けていくが、今回のような場合は大きくパンクし、空気が一気に抜けてしまう」
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