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ホンダは「拾う神」だった【ホンダ高山正之のバイク一筋46年:第1回】

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ホンダは「拾う神」だった【ホンダ高山正之のバイク一筋46年:第1回】

得手に帆をあげて

ホンダ広報部の高山正之氏が、この7月に65歳の誕生日を迎え、勇退する。二輪誌編集者から”ホンダ二輪の生き字引”と頼りにされる高山氏は、46年に渡る在社期間を通していかに顧客やメディアと向き合ってきたのか。これを高山氏の直筆で紐解いてゆく。そして、いち社員である高山氏の取り組みから見えてきたのは、ホンダというメーカーの姿でもあった。

●文/写真:高山正之(本田技研工業) ●編集:市本行平(ヤングマシン) ●協力:本田技研工業/ホンダモーターサイクルジャパン

〈連載〉ホンダ高山正之のバイク一筋46年

まさかの入社試験遅刻、そして不合格

1973年、山形県の日本海に面した田舎町の商業高校で3年生になった。商業高校の就職では、地元の銀行か公務員が高嶺の花であった。農家に生まれた私は、幼いころから「高校を出たら東京で働け」と言われ続けてきましたので、漠然と東京で働くイメージを持っていました。

Y先生「ところで、どんな会社に入りたいのか?」
私「バイクが好きだから、自分が乗っているハスラーのスズキがいいかな」
Y先生「残念だけど、うちのような商業高校にはバイクメーカーからは求人票が来ないんだ」

そんな感じでのんびり構えていますと、

Y先生「ホンダって知ってるか? うちの学校に求人票が届いた。週休二日制と書いてある。一週間に二日も休めるのかな?」
私「ホンダ知ってます。カタログを請求すると、一番早く送ってくれる会社です。兄貴がホンダのナナハンに乗ってます」
Y先生「じゃ、受けてみるか? 埼玉県の狭山市が試験会場だと」
私「じゃ、行ってみます」

―― トップ写真のCB750フォアに跨る青年が高校3年生当時の高山正之氏。兄上のナナハンは、1973年式でブルーのK2だった。この時高山氏は、ホンダに就職し65歳まで勤め上げることになることなど、つゆほども思わなかったに違いない。

夜行列車で上野駅に着き、高田馬場駅から西武線で新狭山駅まで行くと、ホンダの試験会場はすぐ近くにあるらしい。さて、「急行本川越」がいいらしいが、急行券の販売所がどこにあるのかわからないので、「各停本川越」に乗車して一路向かいました。山形の方では、急行に乗るには急行券が必要でした。各停は、予想以上に到着が遅く、新狭山駅に着いた時には、とうに試験開始時間を10分ほど回っていました。

「まずいなぁ。一晩かけて来たのに」この時は、まだ「急行」の違いに気づいていなかったのです。とぼとぼと改札を抜けて階段を下りていくと、「おーい。ホンダを受けに来た人かぁ? 早く乗れ。出発するぞ」と、白いユニフォームの人が遠くから声をかけてきました。その人は、駅の出口に三方開きのTNアクティを停めて荷台を指しています。荷台には、私を含めて3人が居ました。TNアクティは、駅を離れると狭山工場へと向かっていきました。入社試験に遅れた時点でアウトですが、この時は、工場で働く人を一人でも多く採用する必要があったのだと思います。本来であれば、試験を受けることもできなかったのですが、「拾う神」ありです。

しかし、年が越しても、ホンダからは合格通知がありません。「就職が決まっていないのはお前だけになってしまった」と先生も心配顔です。そうこうしていますと、ようやく通知が来ました。結果は不合格。ただし、色覚検査結果を提出すれば、再度検討する。とありました。私は色覚異常でしたので、生産現場では規定外でした。後日、眼科で受けた検査結果を提出しますと、ようやく「採用」の通知が来ました。最後に私の進路が決まり、先生もようやく肩の荷を下ろしました。実質、ホンダには二度不合格になったと思っています。高校の先生をはじめ「拾う神」に感謝してもしきれません。

―― カタログ少年だった高山氏のコレクションは後の業務で活用されたことも。ホンダの対応の早さが後の進路にも影響した?! 高山氏は中2からのバイク好きで、自転車で40キロ走ってカタログをもらいに行脚したこともあるという。

―― 高山コレクションヤマハ編。学校の勉強よりもカタログの主要諸元値を覚えるのに夢中になっていたという、バイク好き少年あるある談に共感。後に勤めた原宿本社はカタログ天国で、逆に収集欲がなくなってしまった。

GL1000の生産ラインは憧れそのもの

1974年に本田技研工業に入社。埼玉製作所狭山工場に配属されました。私の担当は、車体組立課です。軽四輪車のライフの生産ラインです。ペダル類を取り付ける作業で、とても窮屈な体制を強いられます。あまりに辛いので班長に「どうして私がこんなに窮屈な仕事なんですか?」と苦情を言うと「お前が一番小さいんだから。他の人だったら頭をぶつけてしまう」と、正当とも思える回答。

とにかく追いかけられっぱなしのライフ生産現場でしたが、昼休みになると、憧れのGL1000の生産ラインに遊びに行っていました。ホンダで最大排気量のバイクです。日本では買うことができません。ダミータンクや水冷エンジンを嘗め回すように見ながら、昼休みは過ぎていきます。

我々ライフの生産ラインに比べますと、プロフェッショナル軍団のように思えました。いつかはGL1000のラインで働きたい。でも体が小さいから無理かもしれない…、などと考えているうちに、GLの生産はアメリカに移ってしまいました。悔しかったので、GL1000のジグソーパズルを会社の生協で購入して、部屋に飾りました。生産現場には4年間居ましたが、GL1000との出会いは単調な仕事に潤いを与えてくれました。

―― こちらはジグソーパズルの外箱。1973年にカワサキがZ1をリリースした後、ホンダはアメリカでゴールドウイングGL1000を1975年に発売してキング・オブ・モーターサイクルの座を奪還した。メーカー間の熾烈な争いの余波は狭山工場の生協にも届いていた。

得手に帆をあげて

狭山工場に配属されたときは、「3年頑張れば、好きな職場に行くことができる」と、総務の担当者が話していたのを強く記憶しています。しかし、2年経っても先輩たちが異動したという話はありません。ようやく、理想と現実の違いが分かってきました。工場で身を立てるには、それ相当の技能がなければなりません。整備士や危険物管理者の資格は持っていましたが、これでは戦えません。

そこで、一念発起して、公害防止管理者の資格に挑戦することにしました。大規模の工場では必須の資格だと思いました。独学で試験に臨みましたが、あえなく不合格に。もう一年頑張るか…と思っていた矢先、ロッカーに貼ってあるポスターになぜか気を取られました。埼玉県が、在住者や在勤者に向けた作文コンクールです。アパートに帰るなり、作文に取り組んでいました。

ある日、係長から呼び出しがありました。「課長が呼んでいるので、一緒に課長のところに行くぞ。ところで、お前何をしたんだ。今、正直に話せ」「係長、最近は何もやってませんよ。本当です。信じてくださいよ」と私。入社1年後に、寝坊したため、班長がアパートまで迎えに来たくれたことはありましたが、課長に叱られることは記憶にありません。

車体組立課の事務所に入りますと、奥に課長が座っています。呼び出した目的とは、私が応募した埼玉県主催の作文コンクールで佳作を受賞したので、係長と一緒に浦和の授賞式に行ってほしい、というもの。これで私の容疑は晴れました。数日後に係長と一緒に行った授賞式の帰りに、作文の内容を聞かれ、「私が高校一年の頃、バイクで交通違反をしてしまい、そこから家まで1キロほどバイクを押して帰った時に見た夜空がきれいだった。そんなことを書いたんです」と答えました。

今では、コンプライアンス上、審査対象にならない内容だと思いますが、感じてくれた審査員がいたのだと思います。その数か月後、係長から「お前、原宿の本社にバイク関係の職場があるから、4月からそこで働け。話はつけておいた」と、一方的に言われます。「係長。どんな職場でしょうか」「そんなことは知らん。電話で聞いておけ。バイクが好きな若い人を求めているということしか知らん」。まあ、悪い話ではありませんので、言いつけ通りに原宿の本社に赴任することになります。

狭山工場に入社してからちょうど4年が経過していました。あのままでは、工場で身を立てるにはほど遠いスキルでした。生産現場にはあまり関係のないと思われる作文が、新しい可能性を見つけてくれました。それにしても、本人の意向を確かめないで決めた係長には唖然としましたが、後で聞きますと、たくさんの候補がいたのだそうです。スピード感で決めないと、タイミングを逃したかもしれないと。ここでも、「拾う神」がいました。

―― 高山氏の高校時代の愛車であるスズキのハスラーTS90初期型。地元山形でバイクを押し歩きすることでたまたま見上げた夜空が高山氏の文才と結びつき、本社のコミュニケーション部門へと繋がった。まさに「得手に帆をあげて」を地で行く人事だろう。

―― 【高山正之(たかやま・まさゆき)】1974年本田技研工業入社、狭山工場勤務。’78年モーターレクリエーション推進本部に配属され、’83年には日本初のスタジアムトライアルを企画運営。’86年本田総合建物でウェルカムプラザ青山の企画担当となり、鈴鹿8耐衛星中継などを実施。’94年本田技研工業国内二輪営業部・広報で二輪メディアの対応に就き、’01年ホンダモーターサイクルジャパン広報を経て、’05年より再び本田技研工業広報部へ。トップメーカーで40年以上にわたり二輪畑で主にコミュニケーション関連業務に携わり、’20年7月4日に再雇用後の定年退職。【右】‘78~’80年に『ヤングマシン』に連載された中沖満氏の「ぼくのキラキラ星」(写真は単行本版)が高山氏の愛読書で、これが今回の連載を当WEBに寄稿していただくきっかけになった。

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