2022年11月、私(筆者:松井勉)はFIA公認クロスカントリーラリー『Asia Cross Country Rally(アジアクロスカントリーラリー、通称:アジアンラリー)』(以下、AXCR)に、チーム「WURTH TRD HILUX Tras135」のナビゲーター(コ・ドライバー)として参加をしました。2輪系ジャーナリストが見たラリーの日々とは? ドライバーであり、チームオーナーの新田正直さんと挑んだ6日間、約1500kmのラリーについてQ&A方式でお伝えします。
Q.どこからスタートしたの?
A.タイ王国のブリラムにある、チャーン・インターナショナル・サーキットの門前からスタートしました。
受付、車検などを済ませ、競技1日目(LEG.01)の前日となる11月21日、約3kmのスーパーSS(スペシャルステージ)を走り、翌22日の競技区間のスタート順を決めます。その夜、サーキットに隣接するサッカースタジアム前でセレモニアルスタートが催され、ラリーの華やかなムードを体験しました。
毎日移動をしながら進むのが通例のクロスカントリーラリーですが、じつは今回、このブリラムで競技期間の4日間を過ごしました。また、ビバークはテント泊ではなくホテル。しかも高級なホテルです。これもAXCRの特徴だそうです。
Q.1日の走行距離はどれくらい?
A.今大会では長い日で430km、短い日で230mkを走行しています。
1日の移動には、移動区間であるリエゾン、競技区間であるSSがあります。リエゾンは一般道を使った移動。一般的な交通ルールに則って走ります。SSではスタート地点からフィニッシュ地点を通過するまでの時間がそのまま順位になるものです。
■LEG.01(11月22日)リエゾン:229.58kmSS:201.05km合計:430.63km
■LEG.02(11月23日)リエゾン:175.56kmSS:156.62km合計:332.18km
■LEG.03(11月24日)リエゾン:78.65kmSS:148.60km合計:227.25km
■LEG.04(11月25日)リエゾン:254.33kmSS:92.30km合計:346.63km
■LEG.05(11月26日)リエゾン:51.20kmSS:47.83km合計:99.03km
本格的な競技開始初日のSSが最も長く、タイからカンボジアへと移動した11月25日は、カンボジア国内でのリエゾンも合わせ、国境越えの事務手続きなどもあり長い1日となりました。
Q.ナビゲーターは何をするの?
A.ロードブックに記された指示をドライバーに伝えます。
クロスカントリーラリーのコースは、主催者があらかじめ製作し、それをロードブックにまとめています。地図ではなく、十字路、T字路、S字カーブ等ランドマークになるその場所の道を絵図(コマ図)にし、その場所までのスタート地点からの距離が記されています。
基本はその連続で、スタート地点から2番目以降の図には、その前の図からの区間距離も併載されているので、距離感を捉え、ドライバーに「あと200m先T字路右です」のように伝えます。
また、直線であっても危険なデコボコがある場合、段差、溝、穴、ジャンプ、上り、下りなど、言葉や絵文字で記載されています。「あと100mで道を横切るギャップを通過!」などと伝えます。
そして区間距離などは、ナビゲーター用に取り付けられたトリップメーターをチェックしながら進みます。2つ装備するトリップメーターは、ひとつがスタート地点からのトータル距離、もうひとつは区間距離用として使いました。
Q.ナビは難しいの?
A.タイの道を往くのは初めて、最初は難しかったです。
イベントの冒頭、主催者は「通常開催されている雨期のAXCRと比較して、乾期なだけに道のコンディションが良く、移動速度が速くなる。だからナビゲーションを難しくして、ドライバーにもコドライバー(ナビゲーター)にもチャレンジングなルートになっている」と話ました。
まさにその通り。ロードブックの指示の区間距離が短く、指示が細かい! 競技区間が最長だった11月22日などは、SSスタート地点から最初に右に曲がる十字路は1km先、そこまでに6つの指示が……。
T字路直進、右に溝、細い、Y字路道なり直進、狭い「!」、路上に穴「!」、十字路直進、右側に溝、狭い、アブナイ「!!!」、下りの段差に注意「!」、左カーブ手前に穴「!!」と来て、ようやく最初の十字路へ……100m、200m間隔で指示があり、1ページの中には5つの指示枠、それが110ページ以上もありました。
指示には十字路と書いてあっても、クッキリした十字路は少なく、また木々や茂みに隠れて通過するまで目視できない交差点も多々ありました。タイの道の摂理に慣れていない私は目を皿のようにして見るしかありません。慣れるまでは余裕ゼロでした。
SSはオフロード、悪路なので、常に揺れる車内で本を読むようなもの。酔わないようにも注意していました。
最大の難点は「穴!」、「段差!」という指示でも、基本は穴だらけ、段差だらけの道なので「いまの穴?」、「いまの段差?」と自信を持てないことも……区間距離でも見ていたものの、ミスコースも何度かありました。
Q.恐くないの? 危なくないの?
A.安全装備で護られています。
FIA国際自動車連盟が定める安全規定に合わせて製作された「WURTH TRD HILUX MSB Tras135」のハイラックスは、室内にはロールバー、基準に合致したバケットシート、6点式シートベルト、さらに窓には飛び出し防止用のネットも装備しています。
乗員も耐火性能の基準をクリアしたウエア、ヘルメットを身につけ、ヘルメットの稼働範囲を制限することで、クラッシュの際、頸椎に掛かる負担を大幅に軽減するHANSと呼ばれるデバイスも装着します。
また、室内や室外から操作できる電源のカットオフスイッチ、そしてエンジンルームと室内には消化装置も取り付けられています。
装備の充実はもちろん、実際にこんな体験をしています。ラリー車と同じ装備をもったハイラックスで練習走行をする機会がありました。本来、我がチームのドライバー、新田さんのためのセッションですが、私も運転するチャンスを頂きました。
ドライバーズシートにトレーナーの先生が乗り、コースで要点をレクチャーしてもらい、交代して走る。そして何度か先生に教わり、1人で走り出したときのこと。オーバーペースに気が付かず、左高速コーナーでテールスライドがはじまり、そのままイン巻き(テールが慣性で外側にスライド)、スピードが落ちて「ああ、恥ずかし、スピンしちゃった」と思ったら、真横を向いた車は路面のギャップにつまずくように、ドライバー側を下にして転倒。ゴロンとルーフを下に転んでしまったのです!
パラパラパラ(どこかのガラスが割れて破片が降ってくる)という音とホコリが収まった頃、顔が真っ赤になった記憶があります(逆さまで頭に血が上るから!)。
車体はもちろん傷だらけになりましたが、キャビンはまったくひしゃげることがなく、その安全性に逆に驚きました。身体はシートベルトや安全装備で固められていたため、シートベルトを外せば自分が落ちる……そのことだけに注意をして這い出したのを思い出します。
多大なるご迷惑をおかけして申し訳ない思いでいっぱいです。それでありながら、その安全性能に驚いた次第です。なのでラリー中、逆に怖さはありませんでした。このクルマなら大丈夫、そんな思いでした。
Q.ラリー中、メンテナンスは自分でしていたの?
A.いいえ、チームのメカニックが全てをやってくれました。
1日目のスタートでは、まるで新車のようなハイラックスでしたが、それは毎朝、スタート前にパドックでクルマを見る度に同じように思いました。
今大会では、日本から経験豊富なトヨタカスタマイジング&デベロップメントのスタッフが多数同行してくれました。タイで人気の高いハイラックスです。それが走るラリーとあって注目度も高く、ワークスカーも投入されています。優勝をかけたピックアップも参戦。イスズ、三菱、フォードなど、上位争いは白熱します。
そしてプライベート参加の我ら「WURTH TRD HILUX MSB Tras135」の車は、根岸啓二さん、峯尾公希さんのお2人と、タイ支社のメカニック2名も加わり、4名態勢でサービスを行なってくれました。
根木さん、峯尾さんは多くのレースで修羅場をくぐり抜け、マシン製作にも携わっています。私が取材で接するバイクの開発者同様に、高い知見でなんでも解りやすく教えてくれます。
身長の高い私(183cm)は、ヘルメットを被りシートに座ると、室内に装備されたロールバーとそこに巻かれたパッドとの隙間がほぼありません。その旨を伝えると、シートの取り付け位置を下げ、シートベルトもベストな長さにアジャストしてくれました。朝飯前、という感じで工具を持ち、サクッと作業完了。ありがとうございます!
タイ人のクルーも時を惜しまず作業を続けてくれました。幸い大きなトラブルもなく、完走出来た背景には、毎日フレッシュな状態にまで徹底的にメンテナンスをしてくれるチームクルーの存在抜きには語れません。
Q.今大会のAXCRで一番の思い出は?
A.無事、カンボジアのシェムリアップのフィニッシュラインまで完走できたこと。
ふと出かけた北海道の真冬のツーリングラリー。その帰り道に出た話から始まった海外ラリーへの挑戦。コロナ禍、出かけることすらはばかられる時期を乗り越え、海外へのトビラも開き、そして2022年11月、タイ王国バンコクへ。そこで準備を進め、ラリー本番へ。
毎日、タイとカンボジアのルートを逞しく走ってくれたハイラックスと、準備からスタート、そしてゴールまで新田さんの努力には敬服です。チームのサポートを含め多くの協力を頂き、もう感謝しかありません。
なにより嬉しかったのは、無事カンボジア、アンコールワット前のゴールにたどり着けたこと。カンボジアでの最終ステージは泥沼にハマり、抜け出すのに苦労してタイムアウトでした。ペナルティは付いたものの、フィニッシュしてほっとしたのが最大の思い出です。
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