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96年前のル・マンで優勝したベントレーが東京を走った!「コッパ・ディ東京」に降臨した「オールド・マザー・ガン」とは?

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96年前のル・マンで優勝したベントレーが東京を走った!「コッパ・ディ東京」に降臨した「オールド・マザー・ガン」とは?

1927年式ベントレー 4 1/2リッターが秋の都内を元気に疾走

2024年11月23日(土)に開催されたクラシックカーによるタイムラリー形式のイベント「第18回コッパ・ディ東京(Coppa di Tokyo)」は、例年にないほどの好天と109台のエントリー車両に恵まれました。いつも素晴らしいクラシックカーたちが集結することで知られ、毎年ギャラリーからも高い人気を誇るイベントですが、とくに今年は、1台のスーパースター級ヴィンテージ・ベントレーが、スタート/ゴール会場および東京都心の沿道で、まさしく威容ともいえる存在感を披露していました。一体どんなクルマなのでしょうか?

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今年で18回目、東京都心と下町をクラシックカーで走るコッパ・ディ東京とは?

「コッパ・ディ東京」は、2008年に台東区からの依頼で上野の国立博物館で開催され、翌2009年の第2回からはサン・マリノ共和国全権大使の支援により、スタート/ゴール会場を汐留イタリア街に移して現在に至っている。

メイン会場となる汐留西公園には、朝7時ころからエントリー車両とギャラリーが続々と集まり、会場は珠玉のクラシックカーたちによってみるみると占拠されてゆく。

「Coppa di Tokyo」というイタリア語のイベント名を名乗り、汐留イタリア街を会場としていることからも想像には難くないが、このタイムラリーで最大会派を成すのはイタリア車。フィアットやアバルト、アルファ ロメオにランチアなどの定番人気モデルはもちろん、フェラーリやマセラティなどのエキゾティック系。さらにはバンディーニなどの知る人ぞ知るレーシングカーに至るまで、素晴らしいクルマたちが数多くエントリーしていた。

しかし、コッパ・ディ東京の主役はイタリア車だけではない。最前列からスタートする第二次大戦前のブガッティたち、あるいは戦後のアルピーヌなどに代表されるフランス車。ポルシェ「356」などのドイツ車。昨今急速に勢力を伸ばしている感のある、国産クラシック勢。あるいはワイルドなアメリカ車たちも存在感を見せつけていた。

さらには東京都内を舞台とし、比較的スピードレンジの遅いこのイベントの名物となっている、メッサーシュミットやBMW「イセッタ」などの「カビネンローラー」軍団は今年も大挙してエントリー。会場の人気を博していた。

でも、今年のコッパ・ディ東京における最高のトピックとなったのは、ほかのエントリー車両たちを圧するごとき威容を誇る、1台のヴィンテージ・ベントレーが姿を現したことであろう。

全世界に現存しているW.O.時代のベントレーのなかでも、歴史的にもっとも重要な個体のひとつ、1928年のル・マン24時間レースにて総合優勝を飾ったベントレー「4 1/2 Litre」、「オールド・マザー・ガン」の愛称とともに世界に知られる個体だったのだ。

ル・マン勝率100%男に初優勝をもたらした「オールド・マザー・ガン」とは?

2007年初頭、わが国を代表するロールス・ロイス/ベントレーのコレクターである涌井清春氏のコレクションに加わったこの「オールド・マザー・ガン」は、世界的視点から見ても同氏のコレクションの代表格ともいうべき1台。1928年ル・マン24時間レースで優勝した、あまりにも有名なワークスカーである。

同じく1929~1930年にル・マン優勝を果たした「6 1/2 Litreスピード6」のワークスカー「オールド・ナンバーワン」について、現存する個体の真贋が少なからず疑問視されていることから、間違いなくオリジナルが証明されている個体としては、涌井氏のオールド・マザー・ガンが、おそらく「世界一有名なW.O.ベントレー」であると断じてしまっても過言ではないだろう。

このクルマは、ベントレーの名作「4 1/2 Litre」の第1号車およびプロトタイプでもあり、1927年6月に、あの「ベントレーボーイズ」のエース、「ル・マン勝率100%男」としても知られるベントレー社会長、ウルフ・バーナート大尉自身の名義で登録された。シャシーナンバーは、4 1/2 Litreの1号車であることを示す「ST3001」。そして新車時の登録ナンバーは、今も変わらず取り付けられている「YH3196」である。

バーナート会長からこの4 1/2 Litre第1号車を託されたクレメント/カリンガム組は、1927年のル・マンで8分46秒というファステストラップを叩き出す素晴らしいペースでレース序盤をリードするものの、35周目の「メゾン・ブランシュ」コーナーにて発生した、トップグループを走る3台のワークス・ベントレーすべてが絡む多重クラッシュに巻き込まれて、リタイヤを余儀なくされてしまう。

しかし、この「ST3001」の命運は、それで終わりというわけではなかった。翌1928年のル・マンにも、前年の事故のダメージを修復して再エントリー。この時点で、ベントレーボーイズのメンバーや、ベントレー・ワークスチームのスタッフたちから「Old Mother Gun(オールド・マザー・ガン)」なる、ちょっと自虐的なニックネームが初めて授けられたこのマシンは、オーナーであるウルフ・バーナート大尉/バーナート・ルービン組のドライブで、みごと総合優勝に輝いた。

また、翌1929年のル・マンでもクレメント/シャサーヌ組に託されて2位入賞を果たしたうえ、1927年の仏モンレリー・サーキットにおける「パリ・グランプリ」でも、レース中に2度にわたる火災事故に見舞われながらも満身創痍の勝利を勝ち取った。さらには「ブルックランズ」サーキットのレースでも複数回の優勝を果たしているという、まさしくW.O.時代のベントレーを代表する個体なのだ。

その後、ブルックランズのスピードトライアルへの参加を目的としたレーシングドライバー、リチャード・マーカーが1932年に購入。ベントレー「8 Litre」用6気筒エンジンを搭載し、流線型の新造ボディを与えられたスペシャルマシンへと大改装された。

この姿で第二次世界大戦の開戦直前までレースを闘うが、中途で事故を起こしシャシーは交換される。いっぽう残されたオリジナルの「ST3001」シャシーは、1940年代から1980年代に至るまで「BDC(ベントレー・ドライバーズ・クラブ)」メンバーのもとを渡り歩いたとされている。

そして前世紀末、あるいは今世紀初頭に「ST3001」シャシーを起こした当時のオーナーにより、1927年ル・マンのスタイルを完全に再現したレストアが施され、2007年2月に日本に輸入。以降は現在に至るまで、涌井清春氏のプライベートコレクションとして所蔵されている。

満場のギャラリーを魅了した往年のル・マン優勝車

今回の「第18回コッパ・ディ東京」に姿を見せたオールド・マザー・ガンでは、頑丈なソフトトップ(当時のル・マンのレギュレーションは、最初のピットストップまでは幌を上げて走行することを規定していた)に、光量確保のため片方だけ鉄製メッシュカバーを取り付けられた大径ヘッドライト。あるいは、空気抵抗軽減のためガラスの代わりに金網が張られたウインドスクリーンや、フロア後半を覆う巨大なアンダーカバーなど、1920年代当時のル・マン用ベントレーならではの特徴が、緻密な時代考証の結果として完全再現されている。

くわえて、4 1/2 Litreではラジエターグリルのデザインが大きく改変されたのだが、依然として頭頂部の丸い「3 Litre」用のグリルを備えるという、現役当時のオールド・マザー・ガン固有のディテールも見られるなど、はるか約1世紀前のル・マン24時間レースの雰囲気をぷんぷんと漂わせていた。

そして朝9時30分に、いよいよスタートセレモニーが開始。ゼッケン16のオールド・マザー・ガンは、汐留西公園の周辺をぎっしり埋め尽くした観衆に見送られつつ、直列4気筒SOHC 16バルブ・4398ccエンジンの発する異次元的に野太い排気音を残し、真っ赤なゲートをくぐって出発してゆく。

そののち、皇居前から上野公園や神田明神、浅草雷門、柳橋、西麻布、国会議事堂前などの東京らしい景勝地を通過し、お昼すぎに今いちどギャラリーたちの待ち受ける汐留イタリア街へと戻り、堂々のゴールとなった。

そしてすべての日程を終えたのち、オールド・マザー・ガン現在の住処である「M&K WAKUIくるま道楽」へと無事帰還。走行距離こそ決して長くはないものの、渋滞や込み入った路地もある東京の街を、この生粋のヴィンテージ・レーシングマシンとともに走った涌井氏は、ややお疲れの様子が窺えつつも、とても満足げな様子だった。

いっぽう、この日コ・ドライバーとして助手席に乗った元ベントレーモーターズジャパンの名物広報マン、横倉 典さんは「コッパ・ディ東京」体験を終えて、以下のようなコメントを寄せた。

「コッパ・ディ東京は、クラシックカーラリーの中でも希少性の高いクルマが多く参加していると聞いておりましたが、まさしくその通りで良い勉強になりました。100台以上のクラシックカーが東京の観光名所を巡るラリーでしたが、きっと東京の景色が少し変わったのではないでしょうか」

そしてオールド・マザー・ガンについても、とても感慨深げに語ってくれた。

「今回乗せていただいた、97年前に製造されたベントレー4 1/2 Litreは力強く、堅牢で現代の交通環境の中でもイキイキと走る姿が印象的でした。当時のドライバーであったウルフ・バーナートの挑戦の一部を時と場所を超えて共有できたような、不思議な感覚を味わえました。また、創業者W.O.ベントレーの“良いクルマ、速いクルマ、クラス最高のクルマを作る”という哲学を身体で感じることができる、幸せな時間でもありました」

晩秋の東京を駆け抜けた歴史的なベントレーは、イベント会場に詰めかけたギャラリーや愛好家、あるいはベントレーに造詣の深いコニサー(通人)まで魅了するような、まさに特別な存在だったのであろう。

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みんなのコメント

1件
  • Ats
    イタリア街の治安悪化で話題になるけど、本来はこういう使い方
    関東の田舎から出てきた安っちい車は早く猿山に帰りなさい
※コメントは個人の見解であり、記事提供社と関係はありません。

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