ミュルザンヌに代わりフラッグシップに
text:Toshifumi Watanabe(渡辺敏史)
【画像】写真にため息 新型フライングスパーをじっくり見る【ディテール】 全36枚
photo:Sho Tamura(田村 翔)
2010年の発売以来、10年にわたってベントレーのフラッグシップサルーンの座を守り続けてきたミュルザンヌが、この春、いよいよその役目を終える。
その端緒は60年前に遡るV8ユニットを筆頭に、それは彼らの伝統にタイヤがくっついたかの如き希少な逸品ではあるものの、環境性能を筆頭とした今日的な法規の適合が難しくなっていたという事情が大きいのだろう。
ともあれ残念な話だ。
そのベントレーの公式リリースをしみじみと眺めると、そのミュルザンヌに代わりフラッグシップに立つモデルとして、フライングスパーの名が挙がっている。
もともとミュルザンヌはハイエンドサルーンの中でも孤高の存在感を放っていたこともあり、その任を受け継ぐこのモデルの責務は尚更に重くなった。
VWの傘下に入ってからのベントレーは、自らの紡いできた歴史との折衷を模索しながら、グループが保有するテクノロジーでまったく新しいモデルレンジを築き上げた。
それが03年に登場したコンチネンタルGTだ。
第二次大戦後、パーソナル・モータリゼーションの開花と共に、海の向こうの大陸旅行への夢をしのばせるモデルとして富裕層にアピールしたのが、その名も「コンチネンタル」だ。
オリジナルのコンチネンタルはサルーンのRタイプをベースに2ドア化しているが、21世紀のコンチネンタルは時系列的には2ドアのGTをベースに室内空間を拡張して4ドアを構築、コンチネンタル・フライングスパーとして05年にデビューした。
フライングスパー、最新モデルに至るまで
「フライングスパー」はその昔、Rタイプの実質後継となるSタイプに用いられたもので、クーペと同等の動的水準を持つスポーツセダン的な立ち位置を示した名称だ。
05年当時のハイエンド系スポーツセダンといえばAMGのS55やアウディS8や……というところに、コンチネンタル・フライングスパーはW12ツインターボの爆発的なパワーを4WDの強烈なメカニカルグリップで受け止めるという物量的優位も引っ提げてライバルを圧した。
今や600ps級もザラという現在のこのカテゴリーの有り様を最初に定型化したモデルといっても過言ではない。
13年にデビューした2代目ではコンチネンタルの名称をクーペ専用とし、フライングスパーとしてセダンの立ち位置を明確化。
そして昨19年にデビューしたこの3代目は、グループのストラテジーに沿ってアーキテクチャーをポルシェ・パナメーラと同じMSBへと一新。
前輪を車体前方側に130mm移動しながら相対的にエンジン搭載位置を中央寄りとすることで、それまでとはプロポーションを大きく違えたものとなっている。
これはもちろん動的質感の変化にも繋がっており、前後重量配分はほぼ54:46と、中立寄りに大きく適正化された。
また、アルミ複合材を用いたシャシーコンストラクションによって、車両重量も先代比で38kg軽量化されている。
もの作りのベクトル、工業ではなく工芸
搭載されるW12気筒エンジンはベントレーではお馴染みの形式でありながら、ツイン・インジェクター化や気筒休止技術などテクノロジーで構築された最新世代のもので、燃費やエミッションにも最大限の配慮を払いながらも最高出力は635ps、最大トルクは91.7kg-mを発揮する。
組み合わせられるトランスミッションはこの世代から採用された8速DCTだ。
ドライブトレインも従来のトルセン式フルタイム4WDではなく、電子制御多板クラッチをセンターデフとするアクティブオンデマンド4WDに刷新、通常時はほぼ0:100のFRに近い状態で駆動し、走行状態やドライブモードの設定に応じて最大で38%の駆動力を前輪に配分する。
ちなみに0-100km/h加速は3.8秒、最高速は333Km/hと、この動力性能は2ドアクーペのコンチネンタルGTシリーズとほぼ同等だ。
内装の仕立てはコンチネンタルGTに準ずるもので、ベントレー自らが史上最も複雑な工程を経て仕上げられるとされている。
使用されるレザーは350ピースに分割され、縫い上げるにはシートで12時間、ステアリングで3時間半を要するなど、手芸感を強調する数字が並ぶ。
そのオーラはやはり只者ではない。
単に革巻きにするというだけでなく、より豪華に斬新に見せる加工に拘る一方で、ダッシュボードやセンターコンソールなどの基本意匠も一枚革の質感を最大限に活かせるプレーンな形状となっている辺りは、彼らのもの作りのベクトルが工業ではなく工芸であることを物語っている。
従来と大きく異なるのは日常的な速度域
新しいフライングスパーが先代と最も大きく異なるのは、高速域の云々よりむしろ日常的な速度域での乗り心地かもしれない。
新たに採用された3つのチャンバーを持つエアボリュームの大きなサスのおかげもあって、ゴツゴツやザラザラが徹底的に廃されたタウンスピードでの滑らかさは、スポーツブランドゆえの割り切りも感じられた今までのベントレーのイメージとは一線を画している。
中高速域に向かうにつれてぐんぐんとフラットさを高めていくライドフィールは先代同様だが、その域での音や振動の要素もしっかり整理されており、雑味なく心地よい走行実感がドライバーにもたらされる。
何より、ステアリングやブレーキといった操作系の触感がより洗練されて繊細なフィードバックが得られるようになったことで、いいもの感は一層引き上げられた。
上質感という点では足を引っ張りがちなDCTもスロットルとの連携は完璧で、試乗中、がさつなフィードバックは一切感じることはなかった。
後軸側の駆動力を主体としてFR的な旋回特性を狙ったこともあって、このクルマの運動性能はその巨体をまったく感じさせない軽快なものだ。
アンチロールバーの反発力をアクチュエーターで可変させるだけでなく、その摺動を回生エネルギー化するベントレーダイナミックライドシステム、そしてベントレーでは初採用となる4WSの効果はドライブモードで統合制御される。
スポーツやコンフォートを選ぶでもなく負荷に応じてアダプティブに応答するBモードに入れておきさえすれば、まったく不満なく全域で自然かつ最善なレスポンスを示してくれる。
その全能ぶりにはちょっと唖然とさせられるほどだ。
130mm長くなったホイールベースの大半が費やされ、足元はミュルザンヌと同等以上に広くなった後席に収まるも、それから10分もすれば再びステアリングを握りたくなるのはまさにベントレーの血筋ということだろう。
新しいフライングスパーには確かにミュルザンヌほどの工芸感は望めない。が、ミュルザンヌを上回る快適性、そしてダイナミクスを備えていることも間違いない。
ベントレー・フライングスパーのスペック
価格:2667万円
全長:5325mm
全幅:1990mm
全高:1498mm
最高速度:333km/h
0-96km/h加速:3.8秒
燃費:-
CO2排出量:-
車両重量:2540kg
パワートレイン:W型12気筒5950ccツインターボ
使用燃料:ガソリン
最高出力:635ps/6000rpm
最大トルク:91.7kg-m/1350-4500rpm
ギアボックス:8速デュアルクラッチ・オートマティック
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