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現代F1の魅力と感動が詰まった1戦。アドバンテージを失ったレッドブルとノリスの課題【中野信治のF1分析/第12戦】

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現代F1の魅力と感動が詰まった1戦。アドバンテージを失ったレッドブルとノリスの課題【中野信治のF1分析/第12戦】

 F1とともに歴史を重ねてきたシルバーストン・サーキットを舞台に行われた2024年第12戦イギリスGPは、目まぐるしく変わる天候のなか、イギリス出身のルイス・ハミルトン(メルセデス)が2年半ぶりの勝利を飾りました。

 今回はメルセデス、マクラーレン、レッドブルのマックス・フェルスタッペンによる三つ巴の戦い、2位争いの明暗を分けたノリスのタイヤ交換とそれに至る決断のプロセス、ハミルトンの945日ぶりの優勝について、元F1ドライバーでホンダの若手ドライバー育成を担当する中野信治氏が独自の視点で綴ります。

“惜しい戦い”が続くマクラーレン「トップ集団ではミスが露呈しやすくなる」とチームボス

  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 今回のイギリスGPはメルセデス勢、マクラーレン勢、そしてレッドブルのフェルスタッペンが三つ巴の戦いを繰り広げ、まさに現在のF1の難しさ、面白さ、そして感動が詰まった一戦でした。

 コンディションが目まぐるしく変わった決勝で、ドライタイヤでスピードを見せたのはメルセデス勢とフェルスタッペンでした。メルセデス勢はレース序盤でのミディアムタイヤ、フェルスタッペンはレース終盤でのハードタイヤのペースが非常に優れていましたね。

 当然、レース序盤と終盤では路面コンディションも異なるため比較は難しいですが、タイヤによって各車ポテンシャルの差が如実に出たこともあり、少なくともメルセデス勢とフェルスタッペンのギャップは結構縮まっていたように感じます。

 レッドブルのマシンは、もう他を圧倒するようなアドバンテージは失っていますね。まだサーキットやコンディション次第という部分は残りますが、マシンのポテンシャルに関してはメルセデスがレッドブルに追いついてきており、マクラーレンに至っては状況次第では、すでにレッドブルを上回っています。

 今回のマクラーレンはダウンフォースを多めに得られるセットアップで決勝に臨み、雨が降り出した序盤のダンプコンディションでは爆発的なスピードを見せていました。また、柔らかめのサスペンション・ジオメトリーに見え、“脚を使ってグリップを見つけに行く”のが、マクラーレンのクルマ作りの方向性なのかなという印象を抱きました。

 レッドブルは、もうセットアップの領域だけではどうにもならないのではないかと思います。プラットフォーム側の問題のようにも感じますので、よほどいいアップデートを投入するといった対策が求められます。これはレッドブルが突然悪くなったというよりも、マクラーレンとメルセデスが“脚を固くしてダウンフォースを稼いでタイムを出す”という手法以外の何かを見つけてきているようにも感じます。

 それこそ、昨年までのマクラーレンとメルセデスはクルマ作りの方向性に関しては、レッドブルと同じ部分に狙いを定めていたと思います。ただ、それではレッドブルに勝つことができません。レッドブルに勝つために、レッドブルとは違った狙いを定めてクルマを作って今シーズンに挑み、アップデート投入による増強やセットアップの最適化の後押しもあり、ようやく狙ったゾーンにダンフォースレベルを含めた数値が入ってきたのだと思います。

 これまで独走することの多かったレッドブルは、完全に追われる立場へと変わりました。それはセルジオ・ペレス(レッドブル)のペースを見ると一目瞭然です。フェルスタッペンがマシンのポテンシャル以上に、なんとかその才能でパフォーマンスを押し上げてトップ争いに絡んではいる、というのが現実的なところに思えます。次戦のハンガリーGPも、レッドブルにとってまた厳しい一戦となりそうです。

■ノリスとマクラーレン。王座を見据える上での課題

 さて、決勝の2位争いは終盤にハードタイヤを履いたフェルスタッペンとソフトタイヤを履いたランド・ノリス(マクラーレン)という、タイヤ選択の違いが明暗を分けました。ノリスはフェルスタッペンの1周後に最後のピットストップに臨みました。1周前にフェルスタッペンがハードタイヤに履き替えたことを聞かされたノリスは「ボックスしよう。今なら、ソフトだ。いや、スリックならなんでもいい」と無線で口にしています。

 担当エンジニアのウィル・ジョセフが「フェルスタッペンをカバーするならミディアム。ハミルトンならソフトだ」と伝えるなか、ノリスは「ハミルトン、ハミルトンだよ。いや、ミディアムでもいいけどね」と返答。それを聞いたジョゼフは、最終的にソフトに履き替えることを選択しました。

 この無線のやり取りにはふたつの解釈ができます。ひとつ目は、クルマの状況がすごく良かったため、どのタイヤを履いても行ける自信がノリスにあった。ふたつ目は、ミディアムとソフト、どちらのタイヤに変えることが最良かをノリスが判断できず、チームに判断を促したというノリスの自信の無さの現れという解釈です。

 実際は自信があったのか、なかったのか、真意は本人しかわかりません。ただ、私はこれがノリスの敗因のひとつだと考えています。本気でチャンピオンシップを獲りに行こうとするのであれば、判断が難しい状況でも、あのような問いが来た際にはチームに委ねるのではなく、自ら決断を下せるようにならないとダメだと思います。

 本来であれば、チームが「このタイヤで行くぞ」と定めてから提案するのがベストですし、実際にチームメイトのオスカー・ピアストリに対しては「ライバル(カルロス・サインツ/フェラーリ)にはミディアムは残ってない。残り15周はミディアムが最適だ」と伝え、ピアストリが「Yes Yes(それで行く)」と言うしかないような提案方法でコミュニケーションを取っています。

 一方、ノリスに対しては「フェルスタッペンをカバーならミディアム。ハミルトンならソフト」というふうに選択肢を提示するだけの伝え方でした。これはノリスの無線での口調が激しいということもあり、チーム側も判断をノリスに委ねてしまう状況になっていた部分もあったと思います。

 レース中のコミュニケーションにおけるノリスの悪い癖がチームからのコミュケーションにも影響を与えてしまい、曖昧な決断プロセスに繋がっているのではないかという印象を抱きましたね。ノリスとマクラーレンの信頼関係は、フェルスタッペンとレッドブルの関係値と比べるとまだ薄いと感じます。

 マシンが速いこのタイミングだからこそ、ノリス、そしてチーム側もお互いが歩み寄る必要があり、信頼関係を強化していかなければチャンピオンシップを獲りに行くことは難しいでしょう。決断の時に迷わず堂々と、しっかりと決断を下せるようになることがノリス、そしてマクラーレンに求められる課題のひとつかもしれません。

 また、イギリスGP決勝ではスタート直後のフェルスタッペンとのポジション争いの動きも気になりました。3番グリッドスタートのノリスは、彼なりにメルセデス2台を攻略しようという動きをしていたように思うのですけど、その動きは4番グリッドスタートのフェルスタッペンに隙を与えるものでした。

 あれは、私にはフェルスタッペンとの真っ向勝負を避けた動きにも見えました。当然、3番グリッドスタートから先行する2台を追う動きとしては決して間違いではありません。ただ、前戦のオーストリアGPを経てのイギリスGPですので、フェルスタッペンに隙を与えてしまうと易々と順位を落とすことは、想像できたと思います。

 前回のコラムでもお伝えした“優しさ”という言葉が正解かどうかはわからないのですけど、やはりこういった部分はここ一番という大事な場面で出てしまいますし、今回のイギリスGPでも実際にポジションを失っています。

 ノリスの持つ“優しさ”。この感情は、ジョージ・ラッセルも、ハミルトンも、そしてフェルスタッペンもコース上では絶対に出さない部分です。今後さらにチャンピオンを争いに行くとなると、ノリスが持ち続けるこの“優しさ”は今後も彼の足かせとなってしまいそうだ、というのが私の印象です。

■ハミルトンへの神様からのプレゼント

 イギリスGPは、2021年以降長く苦戦が続いたハミルトンの久しぶりの優勝により、感動的なレースともなりました。私はDAZNのF1中継で解説を務めていましたが思わず感情移入してしまい、涙声にならないように抑えていました(笑)。

 ハミルトンといえば7度の世界王者です。しかし、そんなハミルトンが2年半も勝てない期間が続き、勝てなくなった王者に対し厳しい言葉を口にする人も少なくはなかったように思います。

 そんな苦しい状況が続くなかでも、ハミルトンは自分自身を鼓舞しながら、マシンが遅い時にはタイヤの使い方で補おうと、誰よりもタイヤの使い方を研究しながら走っていたように見えていました。ハミルトンとメルセデスが勝てない時間にどう過ごしてきたかが、今回の結果に現れたのだと思います。

 また、かつてのハミルトンは気が強く、言葉も攻撃的な人物という印象でしたが、ここ数年はチームに対するネガティブな言葉を、おそらくは胸に抱きながらも口にすることなく、感情を抑えながらインタビューなどに答えています。その様子を目にすると、見ている方が辛くなるほどでした。

 そんな辛い時間を経て、メルセデスで挑む最後の母国GPでの勝利は、神様からハミルトンへのプレゼントなのかもしれない、とも感じました。終盤もソフトタイヤの使い方が本当に巧みで、優勝の要因は決してマシンの速さだけではありませんでした。

 現在39歳のハミルトンは、反射神経などの部分で10代や20代前半のドライバーたちと比較すれば当然落ちてきている部分はあると思います。ただ、肉体的に落ちた部分を何で補えるかを、しっかりと研究していたのだなということも感じさせる、そんなレースを見せてもらいました。
 
 上位チームの三つ巴の戦いに、王者の久々の優勝と、イギリスGPはまさに現在のF1の難しさ、面白さ、そして感動が詰まった一戦となりましたし、世界中のF1ファンのみなさんもそう感じてくださったのではないかと思います。

 2022年のレギュレーションの大幅変更から熟成を経て、これだけの接戦がトップ争い、中盤争いも含めて繰り広げられています。ここまでの面白さを取り戻したことに、改めてF1の凄さを感じるとともに、F1の持つ力というものを再認識した一戦でした。

【プロフィール】
中野信治(なかの しんじ)
1971年生まれ、大阪府出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在はホンダレーシングスクール鈴鹿(HRS)のバイスプリンシパル(副校長)として後進の育成に携わり、インターネット中継DAZNのF1解説を担当。
公式HP:https://www.c-shinji.com/
公式Twitter:https://twitter.com/shinjinakano24

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