今やモータースポーツの世界で、親子でドライバーとなる事例は珍しくもなくなった。
F1で言えばヒル親子をはじめ、ロズベルグ親子やシューマッハー親子、フェルスタッペン親子など……少し異色ながら、サインツ親子(父はラリー王者)やドゥーハン親子(父は二輪王者)という事例もある。日本に目を転じても、中嶋親子や星野親子など。父子揃って活躍した事例は枚挙にいとまがない。
■佐藤琢磨、マカオGPに挑む息子・佐藤凛太郎にエール。自身も2001年に勝利「素晴らしいチャンスをいただいた……精一杯走ってみてもらいたい」
そこに新たに加わるのが佐藤親子だ。父はF1で表彰台を獲得し、インディ500を2勝した佐藤琢磨。息子は、今季FIA F4選手権に参戦し、マカオGPにも挑んだ佐藤凛太郎である。
父親であれば、子を応援するのは当然である。前述のドライバーたち、特に海外の事例で言えば、親が付きっきりで子をサポートするのが普通……マックス・フェルスタッペンの父ヨス・フェルスタッペンは、今もほとんどのグランプリに帯同する。
しかし佐藤親子の場合は、そう簡単にはいかない。佐藤凛太郎は、今季ホンダ・レーシング・スクール(HRS)鈴鹿のフォーミュラクラスのスカラシップを首席で獲得し、来季フランスF4に参戦する権利をつかんだ。しかしこのHRSのプリンシパル……つまり校長先生を務めるのは、誰あろう父・佐藤琢磨なのである。
■生徒であり、息子でもある凛太郎
通常ならば息子を”えこひいき”しても、誰も文句を言わない。存分にえこひいきすればいい。しかし佐藤親子の場合はそうはいかない。校長がひとりの生徒である息子を贔屓するわけにはいかないだろう。もし贔屓したことが明るみに出れば、批判の誹りを免れない。
そして息子凛太郎は、偉大な父親と比べられるという宿命も背負う立場でキャリアを歩んでいかねばならない。他人には、その重さは推し量ることもできない。
「そうした声が上がることは、自分も覚悟のうえです。でも、それを受け止めて、本人なりの努力で道を切り拓いてもらうしかありません」
息子凛太郎が、自身が校長を務めるスクールで首席スカラシップに選ばれたことについて尋ねると、佐藤琢磨はそう説明した。
「二世ドライバーは、やはりみんな比べられてしまいますよね。凛太郎もそういう立場にいることを自覚しています。でも、あくまで自分でやりたいと言ってここまで来ました」
そもそも佐藤琢磨は、凛太郎がレースに挑むことを良しとしていなかった。しかし本当に覚悟があるのならばとある課題を課し、それをクリアすればレースすることを許すという話をしたという。それは佐藤が主宰する復興支援プロジェクト”With you Japan”のプログラムであるKIDS KART CHALLENGEに参加し、結果を出すこと。凛太郎はそれまでレース未経験だったが、それをクリアし、その後カートのヨーロッパ選手権で腕を磨くなどして、来季フランスF4挑戦までたどり着くことになった。まさに自分の意志でここまでやってきたわけだ。
「スクールでは、校長という立場とHRCの一員(佐藤はHRCのエクゼクティブ・アドバイザーも務めている)という立場、そして父親という立場もありました。でもそこは、白黒キッチリと分けています」
「親が、子供に対して心配な気持ちを寄せるのは自然だと思います。でも、そういう感情は一切排除して、あくまで生徒のひとりとして接してきました。他の生徒と平等に。アドバイスを求められれば答えるというスタンスです」
しかも佐藤琢磨は、スクールでは最終選考において生徒に評価を下す立場にはない。佐藤はプリンシパルを務めると同時に、現役のドライバーとしてインディカーにも参戦する身であり、アメリカで活動している日も多い。そのため、スクールのすべてを見られるわけではない。そのため今年に限らず、他のスタッフや講師に、評価を任せている。
「これまで関係者以外は知ることもなかったと思いますが、自分は採点する立場にいないということです。評価するのはあくまで講師であり、実技点はタレントマネジメントシステムによる偏差値制を使った自動集計になります。最終的にはスクール在籍中の成長率を含め、総合点で決断を下すわけですが、そこに意見することはあっても、点数は入れていないんです」
■佐藤凛太郎というレーシングドライバー
HRSのスカラシップを首席で獲得したとしても、すぐに海外のレースに参加できるとは限らない。近年では多くのスカラシップ生が海を渡ったが、これは確定した道筋というわけではないという。スカラシップ生の中でも、今後の伸び率が高いという期待値があるドライバーのみが、海外のシリーズ(最近ではフランスF4が多い)に挑むことができるわけだ。
「毎年、講師陣の意見から満場一致となった場合のみフランス行きが決まります。生徒のこれまでの取り組み方などを見守りながら、人柄や可能性を慎重に考慮し、今後の成長への期待値も含めて、来季フランスF4に送り込むかどうかを決めていきます。自分はそういう経過を見させてもらい、最終的に『分かりました』と受け入れる立場なんです」
「今年は特に血縁関係があるので、いつもより余計にそこには入らないようにしていました。評価ミーティングはずっと黙って聴いていましたね」
佐藤琢磨は、No Attack No Chanceのスローガンでも知られる通り、アグレッシブなドライビングスタイルが身上。それでこれまで、数々の名シーンを生み出してきた。では息子凛太郎は、どんなドライバーなのか? 父親としてではなく、あえてスクールの校長という立場で評価して欲しいと尋ねてみた。
「混戦の中から常に挑戦して、前に出ようとする……少なくともそういう試みをずっとやってきたという印象です」
「毎回色々な講師、たとえば野尻(智紀)と走る時もあるし、(佐藤)蓮と走る時もあるんですが、そこで抜きつ抜かれつの攻防を見せたというのは、関係者や講師たちも話していました」
「スカラシップ選考会の最終日は実際に見ていましたが、彼は予選をうまく戦えなかったので後方からのスタートでしたが、追い抜きが非常に難しくほとんど見られないなか、前を抜いていった。選考会に入ってからの総合点だけでなく、そういうガッツを年間通して見せたので、今後ヨーロッパの激しいレースの中でもやっていけるんじゃないか……講師たちはそう口を揃えていました」
今年は加藤大翔がフランスF4でチャンピオンに輝いた。当然来季の佐藤凛太郎には、その加藤と同じように同シリーズでチャンピオンを獲得することが期待される。
「校長としては、もちろんそれを期待しています。世界に挑戦するドライバーたちの活躍は、後に続く子たちの、いい刺激になりますから」
佐藤凛太郎は、この先どんなキャリアを歩んでいくことになるのだろうか? 今は確かに「佐藤琢磨の息子」と呼ばれているかもしれない。しかし彼が光り輝けば、逆に佐藤琢磨が「佐藤凛太郎の親父さん」と呼ばれる、そんな日も来るはずだ。
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