健気に走ってくれるゴブジ号が愛しくて仕方ない!
名古屋の「チンクエチェント博物館」が所有するターコイズブルーのフィアット「500L」(1970年式)を、自動車ライターの嶋田智之氏が日々のアシとして長期レポートする「週刊チンクエチェント」。第41回は「そこにはまさか! の光景が……」をお届けします。
フィアット「500」を自分だけの仕様でオーダーメイドできる!「チンクエチェント博物館」のビスポークなサービスとは【週刊チンクエチェントVol.40】
自分のミスへの反省と後悔
2021年10月15日。僕は少しだけ複雑な気分で、そしておそらくは珍しく神妙な面持ちをして、静岡駅のホームに降り立った。名古屋のチンクエチェント博物館から積載車で運んでもらったゴブジ号を修理の前にまずはチェックしてくれた、スティルベーシックの平井社長の数日前の電話の内容が、ちょっとばかり衝撃的だったのだ。
新幹線から在来線に乗り換えて、隣の東静岡駅へ。そこからスティルベーシックまで歩く10分くらいの道すがらで、いったい何度めになるのか、僕の頭の中ではこんなフレーズがニョロニョロしていたのだった。
いやぁ……40年以上もクルマを転がしてて初めてだよ、こんなこと……。
こんなこと其の壱からは“なぜ気づかなかった?”という自分のミスへの反省と後悔。こんなこと其の弐からは“なぜこんなことになった?”という謎。そりゃ複雑な気分にもなるってものだ。
スティルベーシックに到着すると、社長と大介さんのふたりの平井さんが、ゴブジ号の作業の仕上げにかかってくれてるところだった。基本的な修理はすでに終えて、社長の方の平井さんは僕が“ちょっとだけ気になるんです”と以前にちょろっとクチにしたことのある助手席シートからのキシキシ音のチェック、大介さんの方の平井さんはオイルがポタポタ下に落ちることがないよう念入りにチェックをしてくれていたのだ。
いや、ゴブジ号はオイルがエンジンルーム内とかエンジンフード裏側を濡らすことはあっても、不思議とポタポタ下に落ちて路面や駐車場の床を汚したことはない。何ゆえ念入りにチェックしてくれてたのかというと、その翌日と翌々日、同じ静岡市内のツインメッセ静岡で開催される「プレミアムワールド・モーターフェア」というイベントにゴブジ号を展示することになっていたからだ。屋内展示イベントの会場の床を黒く染めちゃうわけにはいかないでしょ、というスティルベーシックの気づかいである。
ゴブジ号は“博物館のデモカー”としての初仕事
「プレミアムワールド・モーターフェア」は、いわば静岡版インポートカーショーのようなイベント。実は毎年、僕も声をかけていただいて会場でトークをさせていただいている。その年はイベント初の試みとして歴史的な名車たちを並べるコーナーを作ることになって、僕だけじゃなくてゴブジ号にも声がかかったのだ。主催の方は毎回イベントをもっと盛り上げていこうとあの手この手をお考えになる熱心な人。喜んで協力させていただこうと思って、チンクエチェント博物館の許可ももらった。ゴブジ号にとっては“博物館のデモカー”としての初仕事だ。
僕が10月15日にスティルベーシックを訪ねたのは、その日がツインメッセ静岡にゴブジ号を搬入することになっていたからで、ふたりの平井さんはそれに合わせてゴブジ号の修理を終わらせ、お願いもしてない部分のチェックまでしてくれている。ゴブジ号──と僕──は恵まれてるのだな、と実感する。
最終的にはエンジンを壊してしまう可能性があった……!?
そうそう、神戸往復のときに発生したトラブルの原因だ。オイルタンクの中のオイルパンが増えたように感じたのは──というか増えたのは、ガソリンが混入してたからだった。いわゆるキャブレターのオーバーフローだ。キャブレター内部の部品の不良もしくは不具合でガソリンが余分に供給されてしまい、それは大抵の場合は外側に漏れるのだけど、不具合の箇所によってはオイルパンなどにもたらされてしまうわけだ。ゴブジ号の場合は、細かく説明すると読んでいてめんどくさいだろうから超簡潔に述べると、キャブレターのニードルという部品に不具合が生じたために燃料がいわゆる常時タレ流し状態のようになって、結果、余分なガソリンがピストンの脇をすり抜けて落ちていき、オイルパンの中にたまっていく、という状態だったようだ。
まぁスティルベーシックがあっさり原因を特定して手を入れてくれたから、この先は安心。それはいい。問題は、オーバーフローしてることに僕がまったく気づいてなかったこと。たしかにサービスエリアでちょいちょい停まってオイルの量をチェックしたときに、ひょっとしてオイルそのものの粘度も低くなってるかも、と思ったことはあった。なのに、ガソリンが混入してオイルが希薄になり、シャビシャビになって粘度が落ち、ガソリンの脱脂効果で必要な油分を確保できなくなり、最終的にはエンジンを壊してしまう可能性があったことに思いが至らなかったのだ。
大元の原因は小指の先ほどもない小さなニードルのそのまた先っぽの数ミリの世界ではあるけれど、あのまま走り続けてエンジンを破損させてしまったら、それはもう僕自身による人災みたいなものじゃないか。40年以上もクルマを乗り回してきて一度もキャブレターのオーバーフローに見舞われたことがなかったから今ひとつ理解できていなかったのはたしかだけど、そんなのは言い訳に過ぎないし、オイルの匂いをかいでみたけどガソリン臭さは感じられなかった──というかガソリン臭いのがデフォだから気づかなかったのかも──というのも、同じく言い訳以外のナニモノでもない。反省と後悔、というのはそういうことなのだ。……落ち込む。
オイルパンの中にはあり得ないモノが……
もうひとつの“なぜこんなことに?”の方は、謎のままというか、推測するしかない。チェックのためにオイルパンを外してみたら、何とあり得ないモノがポロポロ出てきたというのだ。僕も現場で見せてもらったのだけど、いや、鳥肌が立った。ちぎれてグニャグニャになったオイルシールのスプリング、ボロボロになったオイルシールのゴムパッキン、それにタイミングチェーンのツメ、その他……。
オイルシール周りの部品については、おそらく新名神で華々しく煙を上げて立ち往生したときのものだろう。あのときにはオイル周りのどこかが壊れたことは直感したけど安全にクルマを停められる場所が見つけられずに少し走ってしまい、そんなこともあって破損したオイルシールの部品の行方なんてわからなくなっていたはずだ。これはオイルパンの中を見ないとどうなっているかわからない類のもので。まさかそんなことになってるとはこれっぽっちも思っていなかったから、オイルパンを外してのチェックはあのときにはお願いしていなかった。いや、ホントのホントに“まさか!”である。
タイミングチェーンが伸びていた……?
そしてタイミングチェーンのツメについては、もっと謎だ。普段は目にすることができない箇所だけどオイルシールの修理をしてもらったときに見える部分だから、少なくともその時点では、まったく問題はなかったことだろう。その後、オイルをほんのりと噴き出させながらもゴブジ号は無事に──無事じゃなかったときもあったけど──走っていて、しかも走るときには結構距離を走っていたわけで、おそらくタイミングチェーンが伸びていたんだと考えられる。その証拠に、タイミングチェーンのカバーの内側に、チェーンが何度か干渉した痕跡があった。そのときに弾け飛んだツメが、どういう弾みかオイルパンの中に飛び込んだのだろう。それ以外に推測できることがない。
いや、でもチェーンがカバーに当たったら音でわかるんじゃないか? これも自分のミスか? ……と思って、さらにズボッと落ち込みそうになった。
「いや、無理ですよ。チンクエチェントって走っているとあっちこっちからいろいろな音がして、すごくうるさいじゃないですか。聞き取れるわけないですよ。無理無理(笑)」
平井社長の言葉で救われた気分になった。さらには助手席のキシキシ音も完全にはなくならなかったけどだいぶ静かになったし、車体側のステーが曲がっちゃっているからフツーに閉めると片側に隙間ができてしまうフロントフードをピッチリと閉めるコツを教わったし、何をやってもサビができてしまう三角窓のステーを次の課題にしようというお話もできて、まぁ気持ちの中の複雑な部分が完全に消えたわけじゃないけど、静岡駅に降り立ったときよりは遙かにマシな気持ちでスティルベーシックを出発し、僕はゴブジ号と一緒にツインメッセ静岡に向かうことにした。
その短い移動時間の楽しかったこと! たった2週間弱ほど乗れなかっただけなのに、やたらと嬉しい。管理者として不甲斐ないことだらけなのに、それを責めることなく健気に走ってくれるゴブジ号が、愛しくて仕方ない。おかげで反省は反省として忘れちゃいけないことだけど、気分はずいぶん上向きになった。本当に不思議なチカラを持ったクルマだな、と思う。もしかしたら僕は、ゴブジ号と離れられなくなっちゃうんじゃないか? そんな気持ちになった。
■協力:チンクエチェント博物館 https://museo500.com
■協力:スティルベーシック https://style-basic.jp
■「週刊チンクエチェント」連載記事一覧はこちら
>>>フィアット&アバルトの専門誌「FIAT & ABARTH fan-BOOK」のvol.08を読みたい人はこちら(外部サイト)
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みんなのコメント
「オイルパンが増えたような感じ」?
もう文章は書かない方がいいな。