2022年4月7日、オーストラリア連邦裁判所が、トヨタハイラックスなど合計26万台の「ディーゼル微粒子除去装置」に欠陥があることを認める判決を言い渡したという報道があった。
同国にて、2015年から2020年の5年間に販売されたトヨタ「ハイラックス」「フォーチュナー」「ランドクルーザープラド」のディーゼル車が対象。今回の判決でトヨタ側の欠陥があったことが認められ、該当車両すべてのオーナーが損害賠償した場合、20億豪ドル(約1800億円)以上と予想されている。
豪トヨタに判決で波紋!? クリーンディーゼルの肝「DPF」の役割と販売の行方 今後どうなる?
そこで、本稿では、オーストラリアでの判決の肝となる「ディーゼル微粒子除去装置」について解説。どのような装置なのか、もし欠陥があった場合、どのような現象が起きるのかについて解説。
文/御堀直嗣
アイキャッチ写真/olando – stock.adobe.com
写真/Adobe Stock、TOYOTA、MAZDA、MITSUBISHI
オーストラリアで起きた「ディーゼル微粒子除去装置」裁判の焦点とは
ディーゼル微粒子除去装置の欠陥に対して、トヨタはサービスキャンペーンと呼ぶ対応を行い、制御ソフトウェアの書き換えなどで対処するとしている(Björn Wylezich – stock.adobe.com)
オーストラリア連邦裁判所が、トヨタハイラックスなど合計26万台の「ディーゼル微粒子除去装置」に欠陥があることを認める判決を言い渡したとの報道が、2022年4月にあった。
ディーゼルエンジンの排出ガスに関しては、2015年のフォルクスワーゲンによる偽装問題が、アウディへも波及し、以降、先般は日野自動車でも問題が発覚して型式認証取り消しの処分を受けている。
今回の報道は、南半球オーストラリアでの出来事であり、現地で販売されてきたハイラックス、フォーチュナー(海外向けSUV)、ランドクルーザープラドの、2015年10月から2020年4月までに販売されたGD型と呼ばれるディーゼルエンジン(ユーロ5仕様)で不具合が発生したことによる。ユーロ5というと欧州では一世代前の規制だが、オーストラリアではその規制値での販売が認められていたとのことだ。
症状としては、DPF(ディーゼル・パティキュレート・フィルター)の再生時に、白煙が出る、警告灯が点灯する、予備的にエンジン出力を低下させるリンプホーム・モード(フェイルセーフを掛けながら自宅や修理店へたどり着けるモード)が作動するなどであり、それらに対し、トヨタはサービスキャンペーンと呼ぶ対応を行い、制御ソフトウェアの書き換えや、部品交換で対処するとのことだ。
ディーゼルエンジンの仕組みと「DPF」を解説!!
ディーゼルエンジンは、ガソリンエンジンに比べ圧縮比が2倍近く高いことにより、仕事率が高まる(入れた燃料に対しより多くの仕事ができる)ため、燃費がよいとされている。
いっぽう、排出ガス中の有害物質の無害化は、ガソリンエンジンに比べ燃料や燃焼の仕方が違うことから、より手間が掛る。
有害物質とは、一酸化炭素(CO)、炭化水素(HC)、窒素酸化物(NOx)であり、ディーゼルエンジンでは、ほかに粒子状物質(PM)が加わる。PMとは、不完全燃焼による燃料の燃え滓で、象徴的なのが黒煙だ。
DPFは、PMを除去する後処理装置である。エンジンから排出されたPMを触媒で捕獲し、保持し、大気中へ出さない仕組みだ。しかし、そのままPMを溜め込んでいたのでは、触媒が一杯になって、詰まってしまう。そこで、PMが溜まってくると燃やして処理する。これを、DPFの再生という。溜まったPMを燃やすことで、そのあとのPMを再び捕獲できるように戻すのだ。
しかし、触媒のなかでどうやってPMを燃やすのか。燃やすときだけエンジンに供給する燃料を増やし、排気に混ざって出てくる燃料が触媒の高温で燃えるのを利用する。そもそもディーゼルエンジンは、ガソリンエンジンと違って点火プラグで軽油を燃焼させているわけではない。高い圧縮比により空気が高温になるのを利用し、自己着火させている。
DPFが充分に高温であれば、そこに燃料があればPMは燃えるのだ。そして大気へ放出する。東京都のディーゼル車NO作戦以降の排出ガス規制により、黒煙が見えなくなった理由もそこにある。
ただし、今回の件で、なぜ多量の白煙が排気として大気中へ排出されたのか、その理由はわからない。一般的に、白煙が出るというのは、粗悪燃料を使ったときか、あるいはエンジンオイルが燃料と一緒に燃えてしまったときではないのか。
いずれにしても、警告灯の点灯についてはDPF再生における制御の問題があったのかもしれない。DPF自体に何らかの問題があったのだとすれば、部品交換することになり、制御ソフトウェアの書き換えと併せ、トヨタのサービスキャンペーンの対処となる。
そもそもディーゼルエンジンは、高い圧縮比によって燃費がよく、過去には経済性のよさが重宝され、それが後年、二酸化炭素の排出量低減にも役立つとして、欧州をはじめ2000年以降に期待が高まり、上級車種にまで普及した。
しかし、ガソリンエンジンと違い、高圧縮比による空気の温度上昇を利用して燃料の軽油を自己着火させ燃焼するという、ある種の自然の摂理を活用して燃やしているので、エンジン燃焼室内で燃料と空気の混合がよくないと、PMが発生する。また燃え切らない燃料はHCとなって排出されやすい。
同時に、高い圧縮比によって空気を高温にして燃焼するので、大気中の窒素が酸素と結合することによるNOxの発生も増え、排出ガス処理にはいくつもの課題がある。
ことに問題となるのが、PMとNOxの両方を低減しなければならない点だ。PMは、高温での燃焼により燃料の軽油が燃え尽きることが必要だ。もちろん、それでも残ったPMをDPFで処理する。しかし、できるだけPMを残さず燃焼させることが前提になる。
いっぽう、高温での燃焼は、NOxの排出量を増大させる。したがって、NOxを減らすにはあまり高温で燃焼させない方がよい。つまり、PMとNOxの処理には真逆の要求が生じるのだ。
従来は、排気再循環(EGR)を用い、燃焼温度を高くし過ぎない手法が採られた。これによりNOxの排出を減らすのだ。それでも排出されるNOx処理には、NOx触媒が使われた。そのうえで、PMはDPFでの処理に任せる。
COとHCは、酸化触媒という後処理装置を使い、酸化させることにより、CO2やH2O(実際には水蒸気)に化学変化させ、無害化する。これが永年使われてきた。
しかし、EGRは排気をエンジンの燃焼室へ戻す仕組みなので、そのガスに酸素はないので、外気を導入した空気と混ぜても燃料の燃焼には役立たない。つまり、燃焼室に空気と排出ガスの両方が混ざって充満しているところへ燃料を供給しても、外気分の酸素としか反応せず、燃えないことになる。つまり、出力は上がらないということだ。
それでは、走りに醍醐味はなく、商用車では重い荷物を運べないことになる。そこで、ターボチャージャーという排気を利用した過給機を装備し、対応した。それでも、EGR分は燃焼には役立たず、単に燃焼温度を下げ、NOx排出量を減らすことに機能するだけだ。
そこで開発されたのが、尿素SCR(選択触媒還元)と呼ばれるNOx処理装置だ。これにより、ディーゼルエンジンの排出ガス浄化の段取りがまったく変わった。
NOx処理装置の効果と今後のディーゼルエンジン車販売の行方
NOx処理を尿素SCRに任せることにより、燃焼温度を高くして効率よく燃料を燃やし切り、それによってPMの発生を根本的に減らす。燃料を燃やし切ることは、出力向上にも燃費の改善にも効果がある。高い圧縮比で燃費がよいとされてきたディーゼルエンジン本来の特性を損なわない手法だ。そのうえで、より多く排出してしまうNOxは、尿素SCRに処理を任せる。
この考えは、UDトラックス(元日産ディーゼル)とメルセデス・ベンツ・グループ(元ダイムラー)が発想し、実用化し、市場導入した。しかし、難点もある。それは尿素水溶液(Ad Blue=アドブルー)を触媒に噴霧しながら稼働させるので、定期的に補充しなければならないのだ。これが利用者には面倒だということで、尿素SCRを採用せず、従来通りの排出ガス対策で市販し続けた結果、VWのディーゼル排ガス偽装問題が起きた。
現在、ほぼすべてのディーゼルエンジンが尿素SCRを採用するに至り、排出ガス浄化も燃費も出力も、三拍子そろったディーゼルエンジンが出回るようになったのである。
とはいえ、ガソリンエンジンと同等の排出ガス浄化が求められる今日、実際には、尿素SCRのほかに、酸化触媒、DPFなどの後処理装置も併用して使われ、EGRも欠かせぬ対策となっている。それによってディーゼルエンジンは、原価が高くなる傾向にある。
欧州では現在、ユーロ6によって規制されているが、数年後にはユーロ7へ強化される可能性が高い。また欧州では、筒内燃料噴射(通称、直噴)のガソリンエンジンも、ディーゼルエンジンに似た燃料供給方法になるため、PMの排出があり、ガソリン・パティキュレート・フィルター(GPF)の装着が必要になっている。
つまり、総じてエンジン車の排出ガス浄化や燃費規制はますます厳しくなる傾向にあり、欧州が電気自動車化へ大きく動く背景には、単に技術の問題だけでなく適正価格での販売を含め、エンジンの限界が近づいている様子がみえてくるのである。
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