ベテランモータースポーツジャーナリスト、ピーター・ナイガード氏が、F1で起こるさまざまな出来事、サーキットで目にしたエピソード等について、幅広い知見を反映させて記す連載コラム。今回は、現時点で実質的に唯一残った2025年空きシートを持つザウバー/アウディの候補ドライバーたちとその公算について分析した。
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F1コラム:マグヌッセンとハースの稀有な歴史(1)性格が似ていたシュタイナーとの蜜月期と、小松体制での変化
■望むのは低額サラリーでの1年契約か
マーケットに残る2025年F1の空きシートは実質的にはあとひとつ。それは、ザウバー/アウディのニコ・ヒュルケンベルグのチームメイトの席だ。
ザウバー/アウディの状況は複雑だ。予算部門で重大な誤算があったといううわさもある。根拠のないうわさかもしれないし、取締役会にF1参戦を受け入れてもらいやすくするために起きた問題である可能性もある。いずれにしても、アウディ経営陣は、F1にかかる費用として実際よりも大幅に下回る額を予想していたという説がささやかれている。
そうであれば、ドライバーに高額の給与を支払う余地はほとんどなくなる。ヒュルケンベルグは、アンドレアス・ザイドル下の前経営陣と非常に有利な契約を結んだことを喜んでいるに違いない。
ただ、ザウバー/アウディにとって幸運なのは、ドライバーを見つける上で、今は“買い手市場”になっていることだ。つまり、チーム側が、自分たちに有利な条件で給与や契約期間のオファーを候補ドライバーに対して提示することができるわけだ。2025年のF1に参戦したいドライバーは、ザウバー/アウディと、控えめな額での1年契約を結ぶほかないかもしれない。
■ザイドルと交渉していたマグヌッセン
メディアで取り上げられることはほとんどないが、ケビン・マグヌッセンは、ザイドル率いる前経営陣と交渉を行っていた。マグヌッセンは、2015年にマクラーレンのリザーブドライバーを務め、F1以外の仕事を探していた際に、当時ザイドルが責任者を務めていたポルシェのル・マン・チームでテストを行ったことがある。ザイドルとはその時の縁があったわけだが、彼は約1カ月前に突然ザウバー/アウディを去り、代わってマッティア・ビノットが新しくボスの座(COOおよびCTO)に就いた。
ザイドルとマグヌッセンの交渉は終わってしまったが、マグヌッセンはビノットともつながりを持っている。ビノットがフェラーリ代表時代、短期間であるがマグヌッセンに関心を抱いていた時期があった。マグヌッセンは、ハースが長年使用しているフェラーリのシミュレーターに乗っており、その仕事を通して、ビノットは彼の能力を把握しているのだ。
マグヌッセンにとっては、ここまでの2024年シーズンは期待外れのものになっているが、ビノットにアピールするために、今後のレースで良い結果を出すことは重要だろう。
■F1生き残りをかけて戦っているペレスとリカルド
最近、レッドブルのモータースポーツコンサルタント、ヘルムート・マルコが、リザーブドライバーのリアム・ローソンは来年、レッドブルかRBで走ると発言した。その後、クリスチャン・ホーナー代表がそれを修正するコメントを出しているものの、もしもマルコの言うとおりになるなら、セルジオ・ペレスかダニエル・リカルドのどちらかがシートを失うことになる。そして、F1に残るためには、ザウバー/アウディと契約するしか選択肢がない。
ただ、ペレスとリカルドは、マグヌッセンと同じ問題を抱えている。2024年に印象的な結果をほとんど残していないのだ。ペレスはマックス・フェルスタッペンに完全に打ち負かされており、リカルドは、角田裕毅の陰に隠れている。
■トップ交代で最有力候補に浮上したボッタス
ザントフォールトのパドックでは、ヒュルケンベルグのチームメイト候補として最有力なのは、現ザウバーで走るバルテリ・ボッタスであると目されていた。ザイドルはボッタスにほとんど関心を示さなかったが、ビノットが新たにトップに就任したことで、ボッタスが再び有力候補に浮上したのだ。
ザウバー/アウディとボッタスの交渉は進展しているとうわさされており、現在は契約期間についての交渉に入っているともいわれる。ボッタスは2年、できれば3年の契約を希望しているが、ザウバー/アウディ側は1年契約を最も望んでいるようだ。
ボッタスが有利な点は、候補者たちのなかで、唯一、チームメイトより良い成績を挙げていることだ。ペレス、リカルド、マグヌッセンはチームメイト対決で圧倒的に負けているが、ボッタスは周冠宇に勝っている。周冠宇は優れた比較対象であるとはいえないが、それでもボッタスは、残留交渉をするうえで良いスタート地点に立っているといえる。
まとめると、ザウバー/アウディの主な候補者は、3人の経験豊富なグランプリ優勝ドライバー(ボッタス、ペレス、リカルド)と、F1デビュー戦で2位に入ったベテランドライバー(マグヌッセン)ということになる。
彼らのように力があるドライバーたちが、今季まだノーポイントの唯一のチームに加わるために、低いサラリーと1年契約の両方を受け入れる可能性があることは、F1の重要性を示している。ドライバーにとって、F1は他のどのシリーズよりもはるかに価値があるということだからだ。
■マーケティング的候補者:周冠宇とミック・シューマッハー
4人の他にも、ザウバー/アウディのシートをつかむかもしれない候補はまだいる。そのひとりは現ザウバーの周冠宇だ。彼は2022年からザウバーで走り、ある程度の進歩を遂げてきたが、今シーズンのパフォーマンスは期待外れだ。彼を候補のなかに残すとすれば、その理由は国籍にあるだろう。彼の出身国である中国ではF1への関心が高まっており、スポンサー獲得やアウディの市販車販売においてメリットを得ることができる。
ミック・シューマッハーは、その姓と有能なマネージャー、サビーネ・ケームのおかげで、ビノットが考える2025年ドライバー候補リストに入っている。だが、2022年にハースで走っていた際に、マグヌッセンに敗北し、マグヌッセンがその後、ヒュルケンベルグに大敗していることを考えると、シューマッハーがザウバー/アウディに選ばれて、F1キャリアを再開できると考えるのは、あまり現実的ではないだろう。
そして、もしザウバー/アウディが周冠宇かシューマッハーを選ぶなら、アウディの経営陣は、F1をスポーツの挑戦というよりも、マーケティングの手段ととらえていることを意味する。
■チャンスを狙う若手:シュワルツマンとローソン
2025年にザウバー/アウディでF1デビューを飾ることを夢見ている、経験の浅い若手も存在する。そのひとりは、オランダGPでFP1に出場したロバート・シュワルツマンだ。
フェラーリは、オリバー・ベアマンをハースと契約させた後、今は、ジュニアドライバーであるシュワルツマンのシートを探している。ザントフォールトのFP1で良い仕事をしたシュワルツマンだが、それが来季ザウバーのシートにつながったなら驚きだ。なぜなら、フェラーリとザウバーのコラボレーションは来年末で終了し、2026年からチームはアウディのエンジンを使用するからだ。
さらにシュワルツマンにとっては国籍も問題になる。彼は2022年まではロシア国籍でレースをしていたが、ロシアのウクライナ侵攻後、イスラエル国籍に切り替えた(シュワルツマンはテルアビブで生まれた)。だが、今は、チームがドライバーと契約する際に、イスラエル人ドライバーを選択する可能性も低いかもしれない。
一方で、シュワルツマンがFP1で走ったことから、ジュニアドライバー出身のテオ・プルシェール(2023年FIA F2チャンピオン)と、ゼイン・マローニ(現在FIA F2でランキング4位)は、来季レギュラードライバー候補ではないと考えられる。
レッドブル代表ホーナーは、ローソンをレッドブルファミリー以外のチームに貸し出す可能性があると述べており、そうであれば、そのチームはザウバー/アウディということになるだろう。ただ、ビノットは、いずれレッドブルに呼び戻されると分かっているドライバーには関心を持たないはずだ。
このように、2025年シートをめぐるゲームは非常に複雑な展開を見せている。ビノットはそのなかで、最善の判断を下し、できるだけ早く決着をつけようとしている。
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