その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島崎七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。第40回は直列6気筒エンジン+FRレイアウトを採用した、マツダ「ラージ商品群」の第一弾となるCX-60です。まずはエクステリアデザインについてデザイン本部・チーフデザイナーの玉谷 聡(たまたに・さとし)さんに話を伺いました。
クルマくさいものが大好きなマツダが何を表現していくか?
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島崎:大変ご無沙汰しておりました。アテンザ以来でしょうか?
玉谷さん:アテンザのあとに、確かCX-5の商品対策をやった時にもお会いして、それ以来でしょうか。その前に私は3代目デミオのエクステリアもやりました。
島崎:あ、そうでしたね。で、今のマツダのデザインですが、これまで「魂動デザイン」を推進してきたフェローの前田さんは、もう「任せています」と仰っていますが……。
玉谷さん:あはは、それはただのプレッシャーですね。ただ前田と我々の世代は一緒に走ってきながら血をまぜながらやってきましたから、感じること、あるべきものはほぼ一致していると思っています。
島崎:そうなんですね。
玉谷さん:ただ大変なのは刷新していくとか、これから本当に変わっていく電気の時代になるときに、凄くオイルくさいというか、クルマくさいものが大好きな我々マツダが何を表現していくか?は、すごく議論しなければいけない。
島崎:守るべきところと捨てるべきところ、ですね?
玉谷さん:そうです、壊していかないと次に繋がらない。個人的な思いですが、乱暴に言えば何を壊すか? 前田ともそんな話はしています。
島崎:とはいえ、ガラッと変えてはマツダ車ではなくなってしまうかも知れませんね。
玉谷さん:まだデザイナーがそれぞれ思い描いているレベルだと思いますが、マツダとしての表現をリードする人間たちで固まって方向性を決めなければいけない。踏ん張りどころだと思っています。
CX-60は次世代ではなく魂動デザインの一番新しい形
島崎:CX-60ですが、たとえば顔まわりなどは次世代の最初のものかと思ったのですが、そうではないようですが……。
玉谷さん:魂動デザインの次の何かを表現してますか?とヨーロッパでもよく質問を受けるのですが、私は、そうではない、今の考え方の一番新しい形にはしている、だけども次のジェネレーションのステップに入っていくものではない、そう答えています。
島崎:ほほお。
玉谷さん:課題としてすごく難しかったのは、CX-60はもうでき上がっていますが、SUVのバランスに魂動デザインを織り込むのは、それだけでも実は結構、大変でした。
島崎:と、仰いますと?
玉谷さん:最新の魂動のビジョンはすごくスリークなもの。コンセプトモデルの“RXビジョン”にしても“ビジョンクーペ”にしても車高が低くワイドで造形代(しろ)があってシュッとスピード感のあるクルマ。あれをベースに背の高い武骨なSUVでそれを表現しなさい、だった。でき上がったクルマの説明は簡単にできますが、最終的にCX-60のあのバランスに落とし込んでいくだけでも結構、難しかったです。
島崎:相当、難しかったのですね。
玉谷:高さ方向のマスがすごくあり、インテリアが広いので、車幅に対して外装の造形代はそんなにない。今のCX-5とまったく同じ車幅でサイドウィンドウが50mm出ているので、幅のないなかで、光を動かせるものを作らなければならない。そういう難しさがあった。
島崎:最初に写真で見て、無遠慮な言い方ですが、ボテッとしたクルマだったらどうしよう……と思いました。
玉谷さん:寸法があまりないので、近くで見ると切り立った壁のように見えると思います。でもそこでも微妙な光をぜんぶ動かしていますから、そういう難しさがありました。写真に映らないレベルなんです。
島崎:なるほど。
写真には映らない、肉眼で感じ取れるオーラ
玉谷さん:最近のマツダ車にはそういうのが多いのですが、背の低いマツダ3やCX-30くらいであれば造形代をまだ深くしやすいんです。それが背の高いCX-60では造形代が変わらないまま天地方向に分厚くなるから、(相対的にドア断面方向に)ボディが薄くなる。そういう難しさがありながらもキッチリと練り上げると、肉眼では感じ取れるオーラのようなものが作り込めた。
島崎:そういうことですか。
玉谷さん:たとえばデジカメで撮っても肉眼で見る繋がり感、おおらかな艶やかさは映らないんですよね。早く実車が道を走ればいいのに……とずっと思っていたほどでした。
島崎:よく外苑の銀杏並木のところでクルマを撮影していると、ボディサイドに入射角/反射角の位置関係で、少し離れた場所に停まっている黄色いフェラーリがクッキリと映り込んで、早くどいてくれないかなぁ……などと思ったりしますが、そんなレベルじゃない、もっとセンシティブな話ということですね。
玉谷さん:そうなんです。
島崎:でも跳ね上がったキャラクターラインが何本も走ったりしていないシンプルさは好感が持てます。それにしっとりと落ち着いた感じが心地いいというか。
玉谷さん:ありがとうございます。あれだけのマスの大きなものを要素を増やさず破綻なくまとめきる、しかも寸法がないのでペッタンペッタンなのですがそこにも光を通し切る。その連続感の練り上げには苦労しました。デザイナーとフィジカルなモデラーとデジタルモデラーの三つ巴でやったからこそでした。
島崎:フロントグリルを横から見るとストンと垂直に落ちた感じですね。
玉谷さん:まっ直線です。実はノーズの寸法はデザイン的にはもう少し出したかったのですが、生産上の制約がありました。ならばその寸法の中で少しでもノーズが伸びて見えるようにするために立体的にはしましたが、結局、上から下までほぼ一直線の垂直なところにきました。
島崎:たとえばスラントさせたら上が短く見えてしまうということですね。
玉谷さん:そうです。寸法を最大限に使って立体をサイドにまわしていく工夫です。
必ず一致するのは“埋没したくないね”ということ
島崎:ところで、やはり気になることといえば、魂動デザインのこれからの方向性ですが、いったいどんな風になるのでしょう?
玉谷さん:うーん、鉄則として将来の話はできないのですが、気持ちでいうと、これまでのクルマ作りが電池、モーターの世界に入っていく。そうなると、より画一化されていくと思うんですよね。で、我々の中で必ず一致するのは“埋没したくないね”ということ。運転をする楽しみを表現するであるとか、所有する楽しみであるとか、そういうパーソナルなところは大事にするはずです。具体的にはまだまだ、これからですが。
島崎:MX-30が出たときに、デザインの文脈が違っていたので、EVだとかそういうラインがこのデザインになるのですか?と伺ったら、そういう訳じゃないと仰ってました。
玉谷さん:MX-30が出る前までは、マツダのブランドの画一化をワザとやっていました。顔もバランスを変えながら表現は一緒、と。魂動デザインの表現の幅を広げていきましょうとやった第一弾がMX-30でした。
島崎:そういうことですね。
少し武骨で逞しい、だけど優雅さもあるよね
玉谷さん:CX-60も、今までのマツダのどちらかというと繊細でシャープな表現から、少し武骨で逞しい、だけど優雅さもあるよね……そんな風に気持ちの上ではマツダの魂動デザインの幅を広げるポジションにはあると思います。
島崎:玉谷さんの今のご説明、非常に納得できました。
玉谷さん:その武骨さの中にどうしても表現したかったのが悠々とした、堂々とした、ゆとりのある強さみたいなものを車格として織り込みたかったんです。どちらかというと吊り目の怖い表情ばかり作ってきましたが、クルマのパフォーマンスとしてはマツダは最高、その強さがあるからこそ、そんなに攻撃的な顔にする必要はない。パフォーマンスの高いクルマはどけどけ、オラオラでいいのか?というとそうじゃない。そういう強さを持っているからこそ周囲に優しくできることのほうが本当は強いんだと思います。クルマの表情もあえてそうしたのがCX-60です。
島崎:そういえばMX-30の時にAピラーの付け根が手前に引かれていて、フードとインパネが繋がって見える光景は昔の初代ルーチェみたいでいいですね、というお話をしたのですが、デザイン的にそのことも基本要件になっているのでしょうか?
玉谷さん:そうですね、Aピラーの佇まい、Aピラーと前輪の位置関係、とくにリアクォーターから見たときのフェンダーの伸びとAピラーの位置はけっこう意識しています。我々が子供の頃の、前輪駆動じゃない縦置きエンジンのプラットフォームのセオリー、しかも車格が高くて、そういう佇まいがすごく作りたかった。今どきのSUVはエレメントの強いクルマが増えてきた。その中で骨格、体躯でポイントを取りたいと思ったんです。エレメントを貼り付けてクルマの特徴が出てしまうことはもうかなぐり捨てて……。
島崎:いいですねえ!
玉谷さん:Aピラーはちょっと極端なところまで手前に引いたのですが、マツダの中でも「もうちょっと、あと50mm、Aピラーを前方に戻したほうがバランスよくなるんじゃない?」と言う人がいました。が、僕は骨格的な特徴を出したい、100台クルマが走っていった中で「あれ、今のは?」と感じて貰えるようなクルマにするにはこのバランス……そういう気持ちで作りました。クルマらしさをそこに出したかったんです。
島崎:それに運転していてもノーズの感覚が掴みやすいですね。
玉谷さん:ウチの“クラフトマンシップ開発”がデータをかなり持っているんです。デザイン上でボンネットの何が苦労したかというと、ドライバーの視線の先にボンネットがどれだけ見えるべきか、何が見えてたらクルマの何%までが見えた感覚になるか……という点。手前からはそれが難しく、片やノーズからは歩行者保護が難しくて、もう“ミリミリ”でヘッドランプ上のボリュームが決まる。骨格はピシッと作りたい、カウルポイントは決まる、手前からはドライバーの目線が来る。それらをキッチリと守りながら作るので、ボリュームだけで作ればラクなボンネットは実はもう要件のカタマリ。ビードはいつもはAピラーに向かって入っていくところ、今回は互い違いに入れていますが、これもドライバーから線が見えながら視界を邪魔しないギリギリの処理をしています。
島崎:なるほど、ボンネットのちょうどフチ側に、クルマの輪郭を意識させてくれる立体がありますね。
玉谷さん:そう、ちょっと立体をつけて、奥行き方向をわかりやすくし、デザインをハッキリさせるのと両立させました。
マツダらしいデザインへのこだわりが凝縮されたCX-60、次回はそのインテリアデザインについて玉谷さんにお伺いします。
「将来は今の延長線上というところは変わらない」特別収録:前田育男さんインタビュー
今回の玉谷さんへのインタビューでもその名前が出た、マツダの「魂動デザイン」の推進者であるシニアフェローの前田育男(まえだ・いくお)さんにもCX-60の話を伺いました。
写真:マツダ
前田さん:十数年かけて魂動デザインの基礎はできてきました。ここからは守るところと、壊していくところ、進化していくところは上手く使いながら変革していく時期。鼓動デザインの哲学である生命感をもったデザインは守り、表現はどんどんストレッチしていきたい。表現としてはブランドとして一貫性を持たせていき、クルマごとに変えていくことはしない。ひと目で見てマツダ車だと言ってもらわなければいけない。
島崎:セダンも当然出てくる訳ですよね。それもこの流れで?
前田さん:この流れのなかで、どこで新しさを表現していくかは、今から作っていかなければならないことですが、基本的には、引き算の美学といっているように、シンプルで綺麗なフォルムをもち、プロポーションがよくてというのは前提になります。
島崎:CX-60は乗り心地が非常になめらかでいいと思いますが、これがベースになるのですね?
前田さん:まあ、セダンの企画は持ってはいますが、コイツをベースにどうやっていくかは、状況がこれだけ変化しているので悩み中です。
島崎:いろいろなことが大変な状況ということですよね。
前田さん:まあ、デザインの方向としてはデザイナーが今までやってきたことを自分たちのモノにしてくれており、信じていますから(笑)。将来は今の延長線上というところは変わらないです。
島崎:小さいほうのクルマも?
前田さん:元気のいい小さいクルマもやりたいですよね。
(特記以外の写真:島崎七生人)
※記事の内容は2022年11月時点の情報で制作しています。
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