テスラが開発していることを発表していたが、その姿をお披露目するスケジュールが遅れていたEVトラック『セミ』のテスト走行映像が、SNSのテスラの公式アカウントで公開された。
新興メーカーが生み出したこのEVトラックは、現実的な選択としてアリなのか? それとも現場で使用しようとすると足りない部分が多いのか? 鳴り物入りで登場した「大物」をちょっと辛口でチェックしてみた。
日本は周回遅れになってしまう!? 今最も電動化が進んでいるのはどこの国なのか?【クルマの達人になる】
文/フルロード編集部
写真/Tesla
【画像ギャラリー】2021年にも発売!? テスラのEVトラック「セミ」を詳しくチェック
■テスラはEVトラックの市販化を発表していたが、計画は遅れている
今や先進的なEVメーカーの代名詞的存在となったアメリカの「テスラ」だが、大型EVトラックの開発にも意欲的だ。
『テスラ・セミ(Tesla Semi)』がそれで、アメリカでは「セミトラック」、あるいは「セーマイ」などと称されるが、日本でいう「セミトラクタ」に分類される車種である。アメリカでは、トラックといえば一般的にセミトラクタを指し、その意味では「セミ」はごく一般的なトラックといえるが、スタイルも中身もかなり画期的だ。
未来的な『セミ』のスタイル。モーターが搭載される後2軸のタイヤは、スカートに覆われている。空力的にはいいだろうが、サービス性は悪化するだろう
「セミ」はテスラが2017年に発表したEVセミトラクタで、米国の重量車区分で最も重い「クラス8」(車両総重量3万3001ポンド=約15トン以上のトラック)に分類される。航続距離300マイル(約480km)と500マイル(約800km)の2車型。
コンベンショナルなトラックでいえば後2軸の6×4に相当するが、後軸に搭載する4つのモーターはそれぞれ独立している。価格は15万ドル(約1600万円、300マイルバージョン)/18万ドル(約2000万円、500マイルバージョン)とされている。
すでにプレオーダーを開始しているが、量産開始時期については当初2019年としていたものが2020年に延期され、直近では「2021年中」に再延期された。
トレーラをけん引したイメージ画像。バン型トレーラはアメリカでは一般的な53フィートと想定される
テスラのイーロン・マスクCEOによると、「セミ」の出荷が遅れているのはバッテリーセルの供給の問題とのこと。乗用車の5倍のバッテリーを必要とするが、販売台数が5倍になるわけではないので生産にブレーキをかけているのだそうだ。
新型バッテリーセル「4680」の生産が始まればセル供給の問題は解消に向かうという。とはいえ商用車で世界最大手のダイムラーグループは、2021年中に大型EVトラック『eアクトロス』の量産化を予定しており、「世界初の量産大型EVトラック」を狙うとしたら、あまり猶予はない。
ちなみにアメリカでは、ダイムラートラックグループのフレイトライナー『eカスケディア』もスタンバイしている。
テスラでは、「4680」を搭載すると思われるプロトタイプの第2世代に関してこのほど動画を公開している。ツイッターにアップロードされた映像には、フリーモント工場のテストコースを自走する『セミ』が写っている。トラクタヘッドのみの走行で、けん引/定積状態ではないが、新型セルを含めたパイロット生産が始まっており、量産開始が近いことがうかがえる。
ただ、動画の公開には別の側面もあるのかもしれない。
テスラのライバルとして、ともに大型トラックの「ゼロエミッション」をリードしてきた(とされる)米国ニコラ(Nikola)のスキャンダルだ。
ニコラは水素燃料電池クラス8トラックの『ニコラ・ワン』を2016年に公開しているが、その動画が“フェイク”のではないかという疑惑が2020年に報じられたのだ。パワートレーンを持たない“模型”が坂道を下る映像を、カメラを傾けて撮影することで自走するように見せかけていたという。当局が捜査に乗り出し、創業者のトレバー・ミルトンが辞任する事態となった。
こうしたことから米国では大型EVトラックに対して懐疑的な見方が広がり、テスラとしてはプロトタイプのモデルチェンジとテストコースを自走する動画の公開により、その払拭を図る狙いもあったのかもしれない。
■EVトラックの実用化にむけ、テスラは新型バッテリー「4680」を発表
『セミ』の性能に関しては、モーターが独立しているためそれぞれにトラクションのコントロールが可能で、これが空車状態で0~60mph(0~96.5km/h)までの加速が5秒という高い加速性能をもたらすという。
とはいえ、それはトラクタヘッドのみの場合で、フルロード(8万ポンド、約36トン)のトレーラをけん引しての0~60mph加速は20秒とのことだから、過剰な性能とはいえない。むしろ空車/定積によって大きく変わる大型車の操作感を制御する上でのメリットが大きい。
EVの性能は、大部分がバッテリーの性能に依存するのはいうまでもないが、特に大型車の場合、バッテリー自体のコストと重量がかさみ、現実的ではないという指摘がついてまわる。これに対して、テスラでは技術革新が続く分野でもあり、新型バッテリーセル「4680」により大きく変わったと主張する。
容量あたりのコストを下げるには円筒形のセルを大径化すればよいが、発熱が増え、冷却もむずかしくなる。「4680」では電極に繋がったタブと呼ばれる部分を廃止し、セル上部を全て電極とした。このタブレス構造により発熱を抑えたことで、エネルギー密度と出力を大幅に向上しつつ、コストは半分以下になるという。
ちなみに「4680」は、セル単体の直径46mm、長さ80mmというサイズを表しており、乗用車の『モデル3』などに搭載する「2170」と比較すれば2倍以上に大径化していることがわかる。
従来のEVではセルを束ねてモジュールとし、モジュールを組み合わせてバッテリーパックとする構造が多かった。これにはバッテリーの不良や故障時に交換しやすいというメリットがある。
一方で、セルを芯材とするサンドイッチ構造で強度を確保すれば、バッテリー自体をシャシーの構造材とすることができる。バッテリーがフレームを兼ねるので、大幅な軽量化ができるのがメリットだ。
セミ・プロトタイプの第2世代(と量産車型)で採用されているかは不明だが、テスラおよびイーロン・マスク氏はバッテリーをシャシーの一部とすれば重量の問題は解決すると説明している。
極めてシンプルで未来的な運転席。メーターの代わりとなるタブレットPCのようなモニターが左右に取り付けられる
■長距離の運用には課題があり、用途は近距離輸送 や看板需要に限定か ?
『セミ』の運転席は極めて未来的かつシンプルで、メーター類はなく、すべてタブレットPCのようなタッチパネルモニターで操作・確認するようだ。
ただ、自動運転機能の「オートパイロット」については、運転の主体はドライバーにある部分的な自動運転となる。同等の機能は2018年発表のベンツ『アクトロス』をはじめ最新世代のトラックでは珍しいとは言えなくなった。総合的に見ると、当初「現実的ではない」と言われた部分も、2021年の現在では充分に実現可能なものになっている。
では、『セミ』はトラックドライバーにとって魅力的なトラックであろうか? 北米のトラックドライバーは、自らトラックを購入し、ブローカーなどから仕事(荷物)を取ってくる「オーナー・オペレーター(O/O)」が多く、カンパニードライバー(企業に所属するドライバー)がほとんどの日本の状況とは異なっている。そのため、「セミ」がトラックドライバーに支持されるかどうかは非常に重要なのだ。
トラックドライバーにとってキャビンは生活の場でもあるが、スリーパー(寝台)のないキャビンは、機能的だが無機質に感じる。運転席は中央寄り、ガラスはヒンジ開閉のようだ
『セミ』が現実的な選択肢のひとつになるかというと、用途はかなり限定されるため、汎用性を求めるO/Oには厳しいかもしれない。
OTR(Over the Road)と呼ばれる北米の長距離輸送は、1航海が1カ月に及ぶこともごく普通にあり、トラックは文字どおり生活の場でもある。比較的シンプルな造りで、スリーパーキャブをもたない『セミ』で長距離輸送を担うのはキツいだろう。
航続距離の問題もある。『セミ』はMAXで800km走れることを謳っているが、けん引する荷物の重さや道路状況などを勘案すれば、ドライバーにとっての“安全圏”はせいぜい600kmといったところだろう。しかも、それは行き先に充電ステーションがある場合だ。
テスラは充電ステーション「スーパーチャージャー」の整備を進めているが、大型トラック用としては力不足で、EVトラックを30分で充電できる「メガチャージャー」を構想している。ただし、こちらの整備はほとんど進んでいない。
実運用を考えると、充電設備が整備されていない段階では、『セミ』は決まったルートを走ること以外に道はなく、いわゆるリージョナルトラックと呼ばれる、比較的近距離の地場トラックとしての用途が想定される。
一方、車両価格がアメリカントラックとしては高額なので、移動距離当たりのエネルギー消費の低さを活かすためにアップタイムを向上することも、生産財であるトラックとしては重要だ。
これらを勘案すると、物流量を確保できる大手企業のカンパニードライバーで、拠点間など短距離の決まったルートを走る用途が想定される。
『セミ』に関しては、大手スーパーの「ウォルマート」や「ペプシコ」などが導入すると伝えられているが、当面は、「弊社では環境にやさしいEVトラックを使っています」をアピールする、いわゆる“看板需要”に限られるのではないか。
乗用車と異なり、トラックはドライバーのみならず、運送事業者や荷主の意向も勘案しなければならず、荷物の状況、運行ルート、道路状況など、さまざまな要素を考慮して成立するクルマである。
既存のトラックメーカーには、そのための技術やノウハウの蓄積がある。果して「ぽっと出」の新興メーカーに「百年に一度の大変革」をリードするポテンシャルがあるか、注目である。
再三延期されたが、2021年中には量産を開始するという『セミ』だが、果たして「百年に一度の大変革」をリードする存在になれるか……ちなみに日本のトラックは、FCVに向かいそうだ
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