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ランチア最強ラリーモンスターの、特注ホモロゲロードカーに乗る!──連載「西川淳のやってみたいクルマ趣味、究極のチャレンジ 第6回」

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ランチア最強ラリーモンスターの、特注ホモロゲロードカーに乗る!──連載「西川淳のやってみたいクルマ趣味、究極のチャレンジ 第6回」

軽自動車からスーパーカーまであらゆるクルマを所有し、クルマ趣味を追求し続ける自動車ジャーナリスト西川淳氏がスタートさせたチャレンジ企画。タイトル通り、無茶、無謀と思われる究極のクルマ遊びを考案し、それを実践。クルマ好きの、クルマ好きのための冒険連載。今回はランチア最強のラリーモンスター、デルタS4のホモロゲーションモデル、しかもアバルトに特注されたという1台に乗った。

ファンの記憶に深く留められる、ランチア最強のラリーモンスター

スタイリッシュでコンパクトな、4ドアモデルが欲しいなら

ランチアというブランドに対して、皆さんはどんなイメージを抱かれるだろうか。

スーパーカー世代であれば文句なしにストラトスだろう。奇才マルチェロ・ガンディーニ(ベルトーネ)の傑作スタイリング。ドライバーの背後にはディノと同じフェラーリ製V6エンジンが積まれていた。ラリーに勝つべくして生まれたスーパーカーで、“パーパス・ビルト”なるフレーズを初めて知ったのもこのクルマだった。

そう、ランチアというとラリーのイメージがとても濃い。それもそのはず、このブランドにはストラトスを始め、その名もずばり、フルヴィアラリーHFやラリー037といった名マシンがかつて存在した。

なかでもデルタS4は、ランチアによるワークスラリーカーとしては唯一の無冠、つまり年間タイトルを取ることができなかったマシンであるにもかかわらず、ランチア最強のラリーモンスターとして、ラリーファンやランチアファンの記憶に深く留められている。

今回、筆者が挑戦するクルマが、そのデルタS4のホモロゲーション用ロードカーである。名実ともに、公道を走ることのできた最強の“レーシングカー”だと言っていい。

アバルトが作り上げた名ばかりの“デルタ”

デルタS4のロードバージョンを試す前に、このラリーカーがなぜモンスターと呼ばれ、ファンに大きな印象を残したのか。その背景となる物語を振り返っておきたい。

ランチアがラリーシーンで最初の活躍をみせたのは60年代のことで、マシンはランチア フルヴィアだった。当初はレース好きの青年が立ち上げたプライベートチームだったが、ランチアとの縁があってワークスチームへと昇格し、フルヴィアで参戦したのだ。そのチームからは数々の名ラリードライバーが巣立っている。

その青年とは後にフィアットのレース部門責任者やフェラーリF1の監督にもなったチェーザレ・フィオリオで、彼が率いていたチームがHF(アッカエッフェ)スクワドラコルセであった。以来、ランチア好きにとってHFは文字通り、ブランドへの忠誠(High Fidelity=HiFi)を表す記号となっていく。

同じ頃、ランチア自体に大事件が起きた。フィアットに吸収されたのだ。ランチアは元々、技術的には革新の大変進んだ自動車メーカーであり、それゆえ慢性的な高コスト体質に悩まされ、経営危機に瀕していたのである。1969年のことだった。

ラリーでの活躍におけるマーケティング効果は絶大だった。政治力にも長けていたチェーザレはより強いマシンを求めて、フィアットやフェラーリに働きかけ、パーパスビルトのラリーマシン、ランチア ストラトスを生み出す。70年代半ばのラリーシーンはグループ4規定のストラトス一色となっていた。

70年代後半になると、フィアットとランチアのレース活動が一体化され、チェーザレはその責任者となっていた。同時に生産台数の多いフィアット名でのラリー活動へと軸足を移すことになる。

しかし、ランチアが再びラリーシーンに復活するまでそう時間は掛からなかった。1982年からグループ4より改造範囲の広いグループB規定(連続する12カ月で200台生産されたロードカーをベースとする)で戦われることになり、チェーザレは再びランチアで戦う決心をしたのだ。そうして生まれたのがアバルトの設計によるミドシップの後輪駆動マシン、ランチア ラリー(開発コードから037とも呼ばれる)である。

ところがラリー界には全く新たな風が北の国ドイツから吹き込み始めていた。アウディのクワトロ、つまりは4WD時代の到来である。

4WD、さらには4WD+ミドシップというドイツ(アウディ)とフランス(プジョー)からの猛烈なダブルの北風に襲われたイタリア(ランチア)は、85年のラリーシーズン終盤になってようやく新たなマシンを送り出す。ランチア デルタS4である。

ランチア デルタといえば、79年に登場したブランド入門となる量産ハッチバックモデルで、ジウジアーロ(イタルデザイン)による実用的なスタイルと軽快な走りが人気を博していた。80年には欧州カーオブザイヤーを受賞している。

ところがデルタS4は名ばかりの“デルタ”であった。イメージが共通しているのはグリルとテールランプ、そしてボクシーなスタイルのみで、その実体はアバルトが作り上げた純レーシングカー(ちなみに開発コードは038)だったのだ。

デルタS4はデビュー戦での1−2フィニッシュを皮切りに、翌86年もプジョーと死闘を繰り広げた。そして運命の第5戦ツール・ド・コルスを迎える。序盤からヘンリ・トイヴォネン/セルジオ・クレスト組のデルタS4がライバル達を全く寄せ付けない鬼気迫る速さをみせていた。

SS18。ヘンリとセルジオのS4は崖下へと転落。マシンは全焼し、2人は帰らぬ人となる。これをきっかけに“モンスター”グループBマシンによるラリーは中止となり、グループA規定へと舵を切った。

超貴重なホモロゲーションモデルの特注

改めて取材車両のランチア デルタS4のロードバージョン(ストラダーレ)を見てみよう。おや、この白っぽい色(正確にはパールホワイト)はおかしいぞ。塗り替えたのかな。そう思った方はかなりのデルタ通である。

デルタS4のストラダーレは基本全て赤とされているにも関わらず、この個体はパールホワイトにペイントされているからだ。しかもインテリアは標準のアルカンターラではなくブラックレザーとなっている。

ランチア界では世界的に有名な現オーナーによると、パリに住むVIPカスタマー(75ナンバーが残っている!)がアバルトに特注した個体で、そのほかにコンペティションモデル用のホイールを履き、エンジン出力の増強も施されているらしい。初代オーナーはこの特注S4を駆って、パリと別荘のあるカンヌを往復していたのだという。ちなみにパールホワイトはこの個体のみ。ほかにもスペシャルカラーは存在し、有名なものではアニエッリ用のグリーンを始め、黒や銀、黄もあった。

S4ストラダーレには政治的な駆け引きを好んで使うイタリア人らしさを感じさせる逸話がある。前述したようにこのマシンは連続12カ月で200台生産というグループB規定(ホモロゲーション)を満たす必要があった。ところが実在するS4ストラダーレはそれを遥かに下回る70台前後と言われる。どうしてそんな茶番がまかり通ったのか?ランチアとアバルトは共謀して200台分のボディを製作し、それをダミーの車台にかぶせて工場に並べた。その光景を見たラリー連盟の監察員は、真実を知ってか知らでか、規定を満たすと判断したという。ボディはその後、跡かたもなく廃棄されたらしい。

つまり、デルタS4は生まれながらにして、限定200台=グループBどころの騒ぎではない、超貴重なホモロゲーションマシンということになる。

そんな超希少な、さらには1台しか存在しない個体への試乗を許してくれた懐の深いオーナーにまずは感謝の言葉を申し上げたい。ありがとうございました。筆者の本“挑戦シリーズ”企画は、こんな奇特なオーナーの皆さまに支えられている。

“無冠の帝王”を想像するに十分なポテンシャル

それにしても間近に見るデルタS4は、なんとも形容し難い、ある種異様なオーラを放っており、その異形さは近寄り難い雰囲気さえ醸し出していた。オーナーはデルタのスタンダードシリーズも所有しており、試しに並べてみたら、読んで知っていたこと以上の違いに愕然とした。マーケティング上の理由でデルタを名乗り、それっぽい雰囲気に仕立ててはみたものの、なかから発散されるはちきれんばかりの異様さは隠しきれなかった。デルタの皮を被ったモンスターの野蛮な力が漲っている。

凄まじく重いリアカウルをオーナーとともに開けた。その大仰なカウルとは裏腹に、鋼管スペースフレームのキャビン寄りには1800ccの4気筒エンジンがコンパクトに縦置き鎮座している。大層に見えるのはむしろサスペンションや補機類の方で、それもそのはずこのエンジンにはターボチャージャーとスーパーチャージャーが二丁がけされており、それぞれ専用のオイルクーラーがドカーンとリアエンド、エグゾーストシステムの上を占有しているのだった。

軽いドアを開け、高めのサイドシルを跨ぎ乗り込んだ室内は、エクステリアやエンジン周りのそんな戦闘ムードとは打って変わって、黒いレザーのバケットシートのせいかどこか豪華な空気感も漂う。シンプルでスパルタンなダッシュボードも、ランチアのスポーツカーだと言われたなら、なんの疑問もなく納得してしまいそうだ。もしも目隠しで乗り込んでいたならば、このクルマがかのモンスターマシンのホモロゲロードカーであるとは想像もつかなかったことだろう。

エンジンを掛けてもモンスターは依然、目を覚まさなかった。クラッチミートも難しくない。初めてのドライブであったが、優駿であるのに、初めての乗り手を侮ることもなく、デルタS4はしずしずと走り出した。

まず驚いたのが乗り心地の良さである。そして、お世辞にも精密には見えなかったボディワークにも関わらず、クルマが一体となって確実に動いているという動的質感が、この手のコンペティションモデルにありがちな“危うさ”からは無縁のドライブフィールを提供していることにも驚愕した。端的に言って、乗りやすいのだ。どころかこれはとてもよくできたグランドツーリングカーではないか。オーナーが「愛車達の中でも最も安心して長距離ドライブに使える」と言った意味が少しだけ分かった気がした。

オーナーの許可を得て、アクセルペダルを踏み込む。標準仕様の250psに対して約300psまでチューンアップされている、とは言うものの、その力そのものはレーシングカーシャシーの掌にあって、恐れるに足りないレベル。それよりもむしろ感動したのは、低回転域から突き抜けるようにして高回転域へと一気に吹け上がるエンジンフィールだった。

まるで抑え気味の戦闘機のようなメカニカルノイズに包まれて加速する。2リッターに満たない4気筒エンジンによるものとは、とてもじゃないが思えない。数字以上のトルクフィールが、ただでさえ折り紙細工のような車体を軽々と弾き出す。広いトレッドに支えられたコーナーワークは安定の一言で、優れた重量配分の恩恵だろう、思ったラインを思ったぶんだけトレースする。そして揺るぎなく力強く再び立ち上がっていくのだ。

ストラダーレはコンペティチオーネに比べるとレスパワーな上に重量も嵩んでおり、決してバカッ速なマシンではない。けれども無冠の帝王と称されたモンスターマシンを想像するに十分なポテンシャルを、その走りの至るところで感じさせてくれた。

ヘンリ・トイヴォネンの隣でワークスマシンの実力を体験することは永遠に叶わない。けれども、その想像を絶するはずの性能の片鱗を味わえただけで、クルマ運転好きとしては大満足だったというほかない。

PROFILE
西川淳
軽自動車からスーパーカーまであらゆるクルマを愛し、クルマ趣味を追求し続ける自動車ジャーナリスト。現在は京都に本拠を移し活動中。

文・西川 淳 写真・タナカヒデヒロ 編集・iconic

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みんなのコメント

1件
  • オイルクーラーじゃなくインタークーラーでしょ。

    ホモロゲマシンが凄いの解る!でもオリジナルの方がカッコよく見えるのは俺だけかな・・・。
※コメントは個人の見解であり、記事提供社と関係はありません。

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