1996年までに369台だけがラインオフ
マセラティを勢いづかせるべく、シャマルが発表されたのは1989年12月。しかし経営は不安定なままで、ミラノの工場は閉鎖され、1000名の労働者が解雇されていた。
【画像】マセラティ・シャマル ベースとなったビトゥルボ 最新スーパーカーMC20も 全57枚
同年には、株式の49%をフィアット社が買収。当時の報道によれば、アレッサンドロ・デ・トマソ氏が脳相中に倒れると、デ・トマソ社側から申し出があったという。その後イタリアの巨大自動車メーカーは、1993年までにすべての株式を取得していく。
イタリアの名門ブランドを受け継いだフィアットは、立て直しに取り組んだ。経営責任者にパオロ・カンタレラ氏を指名。フェラーリの元会長で、アルファ・ロメオの経営にも携わったエウジェニオ・アルザティ氏も参画している。
だが、シャマルがマセラティの将来を担うことはなかった。新型のギブリと、クアトロポルテIVが、その役目を任された。
シャマルは1996年に生産終了。1990年からラインオフしたのは、369台だけだった。数は少なかったものの、ブランドを延命させるだけの存在感はあったといえる。
当時の試乗レポートを振り返ると、限界領域を超えると少々手に負えないという記述がある。それ以来、背筋が凍るような気性の荒さを持つというシャマルのイメージは、醸成されてきたように思う。
ただし同年代のスポーツモデルには、程度の差はあっても、共通することだったともいえる。むしろ読み返してみると、そんな指摘以上に、歓迎するような熱気を感じられる。
過小評価なガンディーニのスタイリング
著しい希少性が、イメージを余計に膨らまたのだろう。シャマルが実際に走る姿は、新車当時ですらほとんど見られなかった。それによって、ある種の伝説が生まれたのだ。
マルチェロ・ガンディーニ氏によるスタイリングも、正しい評価を得られなかった。マセラティとしては保守的ながら、改めて眺めると、堂々としていて魅了される佇まいだと思う。攻撃的な性格が、滲み出ているようでもある。
1980年代から1990年代らしい、膨らんだブリスターフェンダーやサイドスカート、エアインテークが勇ましい。フロントガラスの付け根部分にも、スポイラーが載っている。気流でワイパーから雨水を効果的に流す効果があるという。
ドアを開いて運転席へ座わると、こちらもデザインは保守的。艶やかに磨込まれたウッドに柔らかくなめされたレザー、肌触りの良いアルカンターラが惜しげもなく与えられている。高級なグランドツアラーらしい。
フロントシートはサイドボルスターが立ち上がり、メーター類は読みやすい。リアシートも備わるが、どちらかといえば雰囲気を高めるための装飾に近い。
V8エンジンを始動させると、お目覚めは穏やか。洗練された質感で、アイドリング中のエグゾーストノートも小さい。
1速にギアをつなぎ、踏みごたえのあるクラッチペダルを緩める。真っ赤なマセラティは、クリーンに発進した。油脂類が温まると、エンジンは扱いやすく、サウンドも良くなっていく。
グランドツアラーとしての上質さに感心
6速MTは、メカニカルな質感が手に心地良い。ゲートはやや曖昧だが、動きは滑らかだ。ターボのブースト圧が低い状態では、シャマルはとても従順に走る。
1基目のターボは、2500rpm前後で圧力を生み出し始める。さらに2基目が、遅れて圧力を高めていく。シャマルは攻撃的なサウンドを放ち始める。パワーは回転数と徐々に高まり、過去のV6ツインターボほど野蛮ではない。
トルクも太い。3000rpmから最大トルクが発生し、6500rpmまで引っ張る必要性はあまりない。それでも回す楽しさがある。タービンの高音が響き、ウェイストゲートがひと吹き。硬質さが増していくエンジンサウンドも聴き応えがある。
当時のカタログによれば、シャマルは0-97km/h加速を約5秒でこなし、最高速度は270km/hに到達したという。3速でも太いトルクがリアタイヤを打ち負かし、ドライな路面でホイールスピンする。
なにより、グランドツアラーとしての上質さに感心する。6速なら、1000rpm当たり46km/hというギア比が与えられている。
傷んだアスファルトを通過しても、モノコックがきしむことはない。余計な振動が残ることもない。マセラティの貴重なヴィンテージ・モデルと呼びたくなる。濡れた路面では、少し様相が異なるとは思うが。
ステアリングのロックトゥロックは、約3回転。レシオはクイックだが、フィーリングはリニアではないようだ。
シャマルには、コニ社製の調整式ダンパーが組まれている。減衰力の変更は、シフトレバー付近に配された、ブラウン管時代のTVリモコンのようなキーパッドで行う。
長く誤解されてきたマセラティ・シャマル
乗り心地は、最も柔らかい設定を選んでも硬め。それでも、スポーツ・モードで背骨が痛くなるような、現代のグランドツアラーよりは遥かにしなやかだ。
ABSなど電子的なアシストはないが、サーボが補強してくれるブレーキペダルの踏みごたえは良好。ヒヤリとすることもなく、スピードを落としてくれる。
コーナリング時は、ノーズの重さを感じさせない。リアよりも太いアンチロールバーがフロントに組まれ、ボディロールは適度に抑え込まれている。
旋回時の振る舞いはとても好ましい。カウンターステアを目一杯当てて走るタイプではないし、それで幸せを感じるオーナーもいなかっただろう。少なくともドライ路面では、シャマルという響きからイメージするような気難しさはないようだ。
「思わず夢中になるような、アンダーステアとは無縁の楽しみ。サーキットを激しく攻め込むタイプではありません。長距離を一気にこなす、グランドツアラーのようなクルマ」。という新車時の評価に納得する。
艶深いレザーが、装飾の少ない車内を覆う。3スポークのモモ社製ステアリングホイールで、意欲的に操れる。
マセラティ・シャマルは、長く誤解されてきたクルマだ。不安定だったブランドのイメージと重ねるように、過度にネガティブに。
デ・トマソ時代に生み出されたシャマルは、ガチガチに固められ、ボディが載せ替えられたビトゥルボではない。卓越した仕上がりではないかもしれない。だが、強く心を打つ力を備えていた。
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