バーチャルのマクラーレン・コンセプトカーが市販化された。実車を現地で見たモータージャーナリストの島下泰久がリポートする。
史上初の存在
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モンテレーカーウィーク、金曜日の恒例であるQuail Motor Sports Gatheringで注目すべき1台がお披露目された。その名はマクラーレンSOLUS GT。実はこのクルマ、人気ゲームソフト「Gran Turismo」とマクラーレンのコラボレーションで2017年に発表されたヴァーチャルカー“Ultimate Vision Gran Turismo”の実車版なのだ。
これまでにもVision Gran Turismoは、ワンオフながらブガッティ「Vision Gran Turismo」のように販売された例はあった。しかしながらマクラーレンSOLUS GTは、わずか25台の限定とはいえ一定の数が作られ、そしてメーカーの正式なラインナップとして販売される、史上初の存在なのである。
それだけでも話題としては十分であるが、SOLUS GTは1台のクルマとして見た時にも、やはり衝撃的な1台であることは間違いない。あれこれ説明するよりも、この姿を見れば、それは一目瞭然だろう。そのデザインは、まさに画面から飛び出してきたかのようだ。
コンパクトなキャビンは実際、F1マシンのようなシングルシーターで、キャノピーは戦闘機のそれのように乗降の際には前方にスライドする。フロントホイールはフェアリングこそ付くものの車体からは独立したようなかたちで、実際にボディワークの隙間からタイヤがちらりと見えている。
大型のフロントスポイラーで集められた空気は、グラウンドエフェクトトンネルに導き入れられ、ボディ全体がディフューザーの働きをする。一旦絞り込まれたボディの後端は、F1マシンのサイドポッドのように、一気にワイドに。ここにはラジエーターがマウントされる。そして車体後端には超大型のリアスポイラーも搭載される。
実はSOLUS GTは、公道走行不可のサーキット専用車として販売される。更に、レース参戦も見据えていないからこそ、このデザインは可能になった。保安基準を満たす必要もなければ、それぞれのカテゴリーの車両規則にも縛られない。一方でマクラーレンの是として、すべてに機能的な意味があるというところから、この姿は導き出されている。
純エンジン車
車体はカーボンバスタブを用いて作られているが、それも量産モデルとは違ってプリプレグ素材が使われている。またHALOデバイスやロールフープには、初めて3Dプリンティングされたチタン製コンポーネントを採用。おかげで車重は驚きの1000kg切りを実現している。
フロントがプッシュロッド、リアがプルロッドとされたサスペンションも、アーム類はやはりカーボン製で、空力デザインとされている。その大胆なデザイン、そして細部に至る配慮により、ダウンフォースは最大で1200kgを発生するという。なお、耐久性を求めるユーザーのためにスチール製のアームも用意されるとのことである。
エンジンは、こちらも専用に誂えられた何とV型10気筒5.2リッター自然吸気ユニットを搭載する。高レスポンスのバレル式スロットル、高回転化に対応するカムギアトレーンの採用により最高許容回転数は10000rpmで、最高出力は840ps、最大トルクは650Nmに達する。つまりパワー・ウェイト・レシオは1.19PS/kgという畏怖すら感じる数字となる。
自然吸気の高回転型エンジンということで、公開された映像ではまさしく快音を響かせていた。一方で車内に居ると、ルーフに設けられたインテークダクトからの吸気音が室内に響くという。これは以前、マクラーレン セナの試乗で経験しているが、確かにその迫力は独特である。
7速シーケンシャルギアボックスはストレートカットギア、カーボンマグネシウムパネルを組み合わせたアルミ製ケーシングを持ち、リアサスペンションはこちらにマウントされる。更に、このパワートレインはボディにリジッド接続され、剛性部材として機能する。
ちなみにUltimate Vision Gran Turismoは前輪をモーター駆動するハイブリッドだったが、SOLUS GTは過給器はもちろん、電気モーターも備わらない純エンジン車である。レイアウトもシンプルなミッドシップ後輪駆動。ピュアにトラックユースを突き詰めたパッケージと言える。
25台はすでに完売
では、それを実際に操るコクピットはどうなっているのか。展示車両では見ることは叶わなかったが、開発を担当したMSO(マクラーレン・スペシャル・オペレーションズ)のスタッフによれば、その内側も、まさにF1マシンあるいは戦闘機のような雰囲気だという。HALOデバイスのようなセンターピラーがある以外は左右に180度開けた独特の視界を作り出している。リアビューミラーは備わらず、後方確認にはこのセンターピラーにマウントされたモニターを用いる。
ステアリング・ホイールにはディスプレイと各種コントロール系が並ぶ。そしてシートは、ユーザーそれぞれの体格に応じてビスポークされる。この辺りも、やはりレーシングドライバー的体験と言えるわけだが、マクラーレンが徹底しているのはレーシングスーツ、ヘルメット、HANSデバイスまで同時に誂えてくれるということだ。
それだけじゃない。望むならばドライバーデベロップメントコーチングプログラムまで用意されているという。パフォーマンス的にはほぼLMP1マシン並みとも言えるだけに、これは有り難いと言うべきだろう。
さて、いよいよヴァーチャルで手掛けたマシンが実車のプロダクションモデルとして世に出ることになった、Gran Turismoクリエイターの山内一典氏は、このマクラーレンSOLUS GTの発表をどんな気持ちで見守ったのだろうか。現地で訊いた。
「Vision Gran Turismoを手掛けて今年でちょうど10年。僕がこのプロジェクトを始めたのは、こういう掛け声がきっかけになって、後々の時代に残るスポーツカーが生まれたらいいなあっていうのが実はあったんです。ですから、とても嬉しいですね」
まさにヴァーチャルからリアルへ。夢から現実へ……と言いたいところだが、それぞれの車両がオーダーメイドとなるSOLUS GTの価格は未公表ながら約4億~6億円とも言われ、また25台はすでにソールドアウトとなっている。
どうやら我々一般人にとっては、やはりその姿を見るのも難しい、これもまた夢の存在となりそうである。
文・島下泰久
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