バクー市街地サーキットを舞台に行われた2024年第17戦アゼルバイジャンGPは、終盤までテール・トゥ・ノーズの戦いが続くなか、セカンドスティント序盤にトップに浮上したオスカー・ピアストリ(マクラーレン)が今季2勝目/キャリア2勝目を飾りました。
今回は勝敗を決したピアストリのオーバーテイクやそこに至る判断、復調ぶりを見せたセルジオ・ペレス(レッドブル)、そしてバクーで新人ドライバーが好走を見せた要因と世界の若手ドライバー育成について、元F1ドライバーでホンダの若手ドライバー育成を担当する中野信治氏が独自の視点で綴ります。
ピアストリ、チームの指示に背いたオーバーテイクで優勝「待ちの姿勢では勝てなかった」選手権首位奪取に大きく貢献
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アゼルバイジャンGPは戦略、ドライバーの戦い方も含めて見どころの多い一戦でした。2番グリッドスタートのピアストリが、セカンドスティント序盤の20周目にポールスタートのシャルル・ルクレール(フェラーリ)をターン1でオーバーテイクし、キャリア2勝目を飾りました。
私がまず面白いと感じたのは、ファーストスティントの段階からピアストリが『いくらタイヤを保たせようとしても、タイヤの保ちではフェラーリに敵わない』と、考えていたことですね。ファーストスティントではルクレールのペースが良く、ピアストリも幾度とオーバーテイクに挑みましたが失敗に終わり、エンジニアも「もうああいうことをしないようにしよう」と無線で伝えるほどでした。
しかし、レース後にピアストリ本人が「(セカンド)スティントの序盤でオーバーテイクしなければ、絶対に前に出ることはできないとわかっていたから、やるしかなかった」と、コメントしたように、タイヤのウォームアップ性能で他を上回るマクラーレンのピアストリにとっては、ルクレールを含むライバル勢がウォームアップに時間がかかり、ペースが落ちているセカンドスティント序盤が唯一のチャンスだったのでしょう。
エンジニアからの無線は理解しつつも、『1周だけはフルプッシュしても大丈夫だろう』という感触、そして判断があったからこそ実現したオーバーテイクだったように感じます。さらにこのオーバーテイクも、ブレーキング開始時はルクレールの背後に完全には着けていない状況でした。
DRSの後押しがあるとはいえ、フルプッシュ直後のターン1でオーバーテイクを逃してしまうと、次のチャンスはないかもしれない。ピアストリはそんな状況でルクレールのインに飛び込み、私が見るに「これは止まらないでしょ!」というスピードからしっかりとマシンを止めて、ターン1も危なげなく曲がり切り、ルクレールからのクロスラインのアプローチも抑え切りました。これはピアストリの技の成した、素晴らしいオーバーテイクでした。
ルクレールにとっては虚をつかれたかたちですね。ストレートの段階で『後ろとはまだ距離があるし、この周は入ってこないだろうな』といった考えから、ターン1へのアプローチはいつもどおりのブレーキングで、ピアストリに対しイン側を閉めてブロッキングすることなく、さらにはピアストリが仕掛けた瞬間にミラーを見ていなかったことが敗因となったように感じます。
もし、ピアストリが仕掛けた瞬間にミラーを見ていれば、ポジションを守るべき行動を取れたかもしれません。しかし、油断したルクレールは自分のブレーキングに集中し、ピアストリに隙を与えてしまうことになりました。前戦イタリアGPではフェラーリとマクラーレンの、それぞれのチームの判断が勝負の鍵となりましたが、今回のアゼルバイジャンGPは、ピアストリのドライバーとしての判断がすべて正しい方向に進んだ末の勝利になりました。
もし、ピアストリがチームの指示に従い、セカンドスティント序盤はタイヤを温存し、終盤にオーバーテイクを狙うとなっていたら、ピアストリが前に出ることは難しかったのではと思います。レース終盤、ルクレールはタイヤが限界を迎え3番手を走るペレスに接近される状況となりました。
ルクレールのタイヤが限界を迎えたのは、タイヤを使わされたからです。「とにかく離されずプッシュし続けて、ピアストリがミスした瞬間にオーバーテイクを仕掛けられる位置にいてくれ」というフェラーリチームの指示どおりにルクレールはピアストリの背後をキープしましたが、その走りを見事にピアストリが抑えきり、逆にルクレールのリヤタイヤが限界を迎えてしまいました。
もともとフェラーリのマシンは少しリヤがナーバスなクルマです。前にクルマがいるとダウンフォースが失われる分、さらにリヤのナーバスさが出てオーバーステア気味になってしまいます。オーバーテイクを仕掛けるたびにクルマをスライドさせていましたから、ピアストリよりも先にリヤタイヤが限界を迎えてしまった。もし前にクルマがいない状況であればあれほどリヤタイヤを酷使することはなかったと思いますので、あのピアストリの判断、オーバーテイクが、今回のレースの勝敗を決したと言えるでしょう。
チームの無線/言葉に惑わされることなく、ピアストリは自分が感じたこと、自分を信じて実行する力があることを世界に見せつけました。当然、自分を信じた結果が常にうまくいくレースばかりではないとは思いますが、他者の言葉にブレない芯の強さとドライビングセンスが際立つドライバーであることを改めて感じることができ、私はシビれました。
■最後まで見てみたかった。ペレスとレッドブルの復調
また、ペレスが表彰台を争う良い走りを見せていたことも嬉しい驚きでした。バクー市街地はペレスが得意としているコースであると同時に、今年ペレスが苦戦している高速コーナーがないレイアウトでした。
路面のミュー(摩擦係数)が低く、ステアリングをそれほど多く切る必要のない直角コーナーが多いコースはペレスの好みですし、レッドブルのクルマも新たなアップデートによりバランスとしては良い方向に進んでいたと思います。
その上で、持ち込みのセットアップとクルマの詰め方の点で、マックス・フェルスタッペン(レッドブル)よりもペレスの方が良い仕事ができていたのかもしれません。ピアストリ、ルクレール、そしてカルロス・サインツ(フェラーリ)も加わった終盤のトップ争いは大変見応えがありましたし、そこにペレスが戻ってきたことも嬉しくなりました。
ただ、最後まで4台でのトップ争いを見てみたかったですね。最後の戦いに向けてペレスはタイヤをかなり温存していたように見えました。トップ4の中で最もタイヤが厳しかったのがルクレールで、そのルクレールを抑え続けていたピアストリも決してタイヤに余裕があるわけでもありませんでした。
それだけに、タイヤの厳しいピアストリ、ルクレールと、タイヤを温存したペレス、サインツの4台による残り2周の戦いが見たかったので、そこは残念でした。ただ、次戦シンガポールGPもペレスの走りを楽しみにしたいと思います。
マリーナベイ市街地サーキットもバクーと似た典型的なストリートサーキットで直角コーナーが多めで、どちらかといえばペレスが得意とする特性のコースです。また、レッドブルはアゼルバイジャンGPでフェルスタッペンとペレスでセットアップの方向性を変えていたとのことですが、ペレスのセットアップの成功により、シンガポールGPでは2台揃ってセットアップの方向性も揃えてくるでしょう。
2台揃って速さを取り戻すことができれば、マクラーレン、フェラーリ、メルセデスと、また誰が勝つのか最後までわからないレースとなりそうです。
■新人が走りやすいコースと世界の若手育成
さて、今回でF1デビュー2戦目となったフランコ・コラピント(ウイリアムズ)が8位に入り、F1初入賞を飾りました。また、併催のFIA F2でも今回がデビューレースというドライバーが3名いましたが、3名ともに好走を見せていることが印象的でしたね。
前回のコラムで「モンツァは比較的新人にとっても戦いやすいサーキット」とお話ししましたが、今回のバクー市街地サーキット、そしてサウジアラビアGPのジェッダも比較的新人が走りやすいコースです。路面のミューが低く、高速コーナーが少なくコーナリングスピードがそこまで高くないためですね。
むしろ、コラピントのようにFIA F2からF1に来ると、車重がほとんど同じにも関わらずパワーが出ることもあり『F1の方が乗りやすい』という感覚が強いでしょう。その上で体験したことのないほどの強烈なGを感じる高速コーナーもないレイアウトでは、新人に対するネガティブな要素もほとんどないと思います。
そのため、コラピントがどれほどの才能とセンスの持ち主なのかを判断するのはまだ時期尚早だと思います。ただ、コラピントの戦いぶりや落ち着きは素晴らしく、予選でもチームメイトのアレクサンダー・アルボン(ウイリアムズ)やニコ・ヒュルケンベルグ(ハース)といった、一発のタイム出しを得意とするベテラン勢とも戦えていることは、戦いやすいコースであるというだけでは片付けられません。
理由はひとつではないと思いますが、FIA F2、FIA F3、FIA F4といったドライバーの学習曲線における育成の仕方が成功しているのもコラピントの好走のひとつの要因かなと、私は感じています。
今のFIA F2、FIA F3ドライバーたちは、年齢こそ若いですが成熟したドライバーが増えてきたという印象です。ミドルフォーミュラの段階からF1でも通用する成熟ぶりに至る育成システムが展開され、それがかたちになってきていると強く感じます。
ただ、今のFIA F2、FIA F3ドライバーたちが成熟してレベルが高いと言って、昔のドライバーたちのレベルが低い、成熟していないということではありません。私も若手育成に携わらせていただいているので、今世界でどのような若手育成が行われているのかは把握しています。具体的な内容は割愛しますが、世界の育成の取り組みやプロセスを知れば知るほど「当然活躍するよね」と。むしろ「活躍しない理由がない」と私が感じるほどでした。
そういった事例や知見もあり、若いドライバーをキャリアの早い段階から積極的に上位カテゴリーで走らせるべきと私は考えています。
かつてF1チームは若いドライバーを起用する際に、ベテランドライバーとコンビを組ませることが主流でした。若手に経験を積ませつつ、ベテランを中心にクルマの開発を行うためでしたが、今はその必要性がなくなってきたなと。参戦2年目のピアストリをはじめとする若手ドライバーの走りを見て改めてそう感じました。
【プロフィール】
中野信治(なかの しんじ)
1971年生まれ、大阪府出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在はホンダレーシングスクール鈴鹿(HRS)のバイスプリンシパル(副校長)として後進の育成に携わり、インターネット中継DAZNのF1解説を担当。
公式HP:https://www.c-shinji.com/
公式Twitter:https://twitter.com/shinjinakano24
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