人工知能や自動運転が現実になりつつある現代、そんななかでも(最先端の工業製品であるはずの)クルマには「全然変わってないね!」と思えてしまう部分が数多くあります。
代表的なのがワイパー。
クルマが自動で走るようになっても、どれだけ燃費や安全性能が進化しても、ワイパーはワイパーのまま、今日もキコキコと窓を拭いてくれています。
本稿ではそんなワイパーが、なぜ進化しないのか(より厳密には「進化しているように見えないのか?」)、実は案外進化しているのかを紹介します。
文:ベストカー編集部
ベストカー2015年6月10日号「なぜワイパーは進化しないのか」より
■ワイパーにイノベーションは訪れていない?
ワイパーは1910年代に、アメリカのトリコ社が初めて製品化したとされる(諸説あり)。
最初は手動式だったが、その後電動化され、間欠式が導入。そうはいっても「アームを動かし、ゴムブレードでガラスを拭く」という基本的な構造は、それから100年以上たった今も変わらない。
「ワイパーに代わるものを発明できればノーベル賞もの」というのはよく聞くフレーズだが、それはあながち大げさな話でもない。クルマをめぐる部品はどれも日進月歩の進化を遂げている。しかしワイパーは変わらずゴムブレードがフロントウィンドウを拭いている。なぜワイパーは進化していない(ように見える)のか?
■物理的に「拭く」作業が必要
こういう疑問は専門家に聞くのが一番。世界最大級の自動車部品メーカー、ボッシュ社のワイパー開発担当者に伺った。
「ワイパーの仕事はただ水滴を払うだけではありません。ガラス(フロントウィンドウ)に付着した泥や虫の死骸などを取り払うには、物理的に【拭く】という作業が必要なのです」(開発担当者)
ワイパーに代わる技術として、風の力や超音波の振動で水滴を弾き飛ばす方法を時々見聞きするが、それでは付着物を削ぎ落とすことはできない。やはり性能とコストを考えると、ゴムブレードで直接拭き取る方法が一番いいのだ。
最近マクラーレンが新しく開発するモデルに超音波ワイパーを装着するという噂が流れたが、ボッシュの開発担当者によると、
「実現にはハードルが多そうだ」
という。そもそも法規の問題もある。クルマは「2段階以上の速度の切り替えができるワイパー」を備えていないと、公道を走ることはできない。
■では、どこが進化している?
拭く作業は変えようがないが、実は、そんななかでもワイパーは細かく進化している。
ボッシュが2000年に実用化し、今も進化させ続けているのがECUワイパーだ。一体型のECUによりモーター自体が反転作動するもので、そのメリットは多岐にわたる。
ワイパーの挙動を細かくECUが管理することでクルマの速度に合わせて拭き取り角度を変えられるため、Aピラー(フロントウィンドウ両端)の近くまで拭き取ることができる。また、リンケージを介さずダイレクトドライブとして使用すれば車体の左右に延びるリンケージが不要になるため、システムが小さく、軽くできるという。
通常のワイパーは高速走行中の作動で、風で煽られてAピラーに当たらないように余裕を持って設計されている。
しかし、ECUワイパーは速度に応じて拭き取り角度を変えられるため、低速から高速まで、Aピラー付近まで【攻めた】拭き取り面を確保できるのだ。
また、この角度を変えられる特徴を生かし、使わない時には収納することもできる。
さらに、アームが反転する時に作動速度を遅くし、ゴムブレードの先端がガラスを叩く音を減らす工夫や、ワイパーが停止している時のゴムの角度を上向き、下向きに頻繁に変えることで偏りや熱劣化を防ぐ制御などもされているという。
このECUワイパーは欧米車には普及しているが、日本車にはまだほとんど付いていない。カタログなどで大々的に謳えないわりに、コストが上がる技術だからだ。
「ワイパーの進化というのは目立たないものばかりです。広く拭けて、使わない時には邪魔をせずに隠れる、そして、それを軽く、安く作れるようにする。これがワイパーにとって最も大事な技術で、クルマにとっては縁の下の力持ち的存在なんです」(同担当者)
■ワイパーの進化を侮るべからず
もちろん、ワイパーそのもの以外も進化している。ゴムブレードは新素材を積極的に採用し、熱劣化に強く、空気抵抗が少なく、圧力が均一な商品の開発が進んでおり、「拭くことに関しては、極限に近いレベルに達している」という。
また、ボッシュはワイパーアームから直接ウォッシャー液を飛ばし、ガラス洗浄の利便性と効率を飛躍的に向上させた「ジェットワイパー」を実用化した。これが最新のボルボXC90に標準装備されるなど、一般的にはあまり知られていないところでしっかりと進化しているのだ。
ワイパーアームに組み込まれたノズルから直接ウォッシャー液を出すボッシュのジェットワイパー(写真下)。ムダなウォッシャー液がほとんどない。残念ながらアフター用は販売していない
なぜワイパーは、いつまでたってもワイパーのままなのか? その答えは「ワイパーそのものが充分に進化しているから」ということになるのだろう。
ワイパーを甘くみてはいけなかった。取材を終えた本企画担当、不明を恥じました。
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