■ボーラの妹、シトロエンSMの従妹のスーパーカーとは?
クラシックカー/コレクターズカーのオークション業界最大手、RMサザビーズ社は、新型コロナウイルス禍の2020年においても、コンベンショナルな対面型とオンライン限定型、あるいは両者の併用型などの大規模オークションを、アメリカとヨーロッパの双方にて意欲的な展開をおこなってきた。
こうした状況のもと、10月末に英国本社主体で開催した「LONDON」オークションでは、自動車だけでも65台が出品されることになったが、今回VAGUEが注目したのは1979年型のマセラティ「メラクSS」である。
恒例のオークションレビューとともに、やや日陰の存在であるメラクと、その現況について解説しよう。
●1979 マセラティ「メラクSS」
1972年のパリ・サロンで初公開されたマセラティ「メラク」には、アピアランスからよく似た、「姉貴分」ともいうべきモデルが存在する。メラク誕生の1年前、1971年に先行発表された当時のマセラティのフラッグシップ、V8エンジンをミドシップに搭載した「ボーラ」である。
メラクでミドシップに搭載されるパワーユニットは、マセラティのジュリオ・アルフィエーリ技師が、当時のマセラティの実質的な親会社であったシトロエンのGTカー「SM」用として設計した90度V型6気筒エンジンである。
V6としてはやや変則的な90度のバンク角は、元来レーシングスポーツカー「450S」に搭載されていたものから発展・ディチューンし、もちろんボーラにも搭載されていたマセラティV8をベースに、6気筒化したからといわれている。
この4カムシャフトユニットを、ドライブトレインや補機類もそのまま前後逆にして、ボーラ用モノコックのエンジンベイに搭載したメラクは、当時としてはかなり戦略的なスーパーカーだったのだ。
このV6エンジンは、シトロエンSMの3リッター版と同じ排気量2965ccながら、よりハイパワーにチューンされ、最高出力190ps/6000rpm、最大トルク26kgm/4000rpmを発生。最高速度は245km/hをマークすると標榜していた。
また、スタイリッシュなクーペボディのデザインも、ボーラと同様に「イタルデザイン」社のジョルジェット・ジウジアーロが手掛けた。
ノーズからキャビンに至る前半部は、ボーラとほぼ共通のもの。しかし後半部は、ボーラのファストバックに対しメラクはほぼ垂直のノッチがつけられるとともに、より広い後方視界を確保。またこのスタイルを選択した最大の成果として、絶対的なスペースこそかなり狭いながらも「+2」のリアシートを得ることもできた。
ただし、ルーフから連続してテールに及ぶ梁状のピラー、通称「フライングバットレス」が左右に取り付けられているため、視覚的にはボーラと同様ファストバックに見えるようになっているのも、重要なアイキャッチとなっていた。
ところで、ボーラ/メラクにおける最大の技術的特徴は、当時マセラティの親会社だったシトロエンから拝借した、油圧による「ハイドロ・ニューマティック」テクノロジーが、ブレーキやポップアップ式のヘッドランプ昇降システムなどにも導入されていたことだろう。
しかし、ここまでは「姉」ボーラと一緒なのだが、さらに初期のメラクではステアリング機構についても、シトロエン式のパワーアシストがSM用の1本スポーク式ステアリングホイールごと流用されるなど、シトロエンの影響をボーラ以上に強く受けたモデルであったことをうかがわせる。
そして1975年のジュネーヴ・ショーでは、よりハイスペックとされた「メラクSS」が発表されることになる。SSは実質的なマイナーチェンジ版で、V6ユニットは排気量を変えることなく最高出力220ps/6500rpm、最大トルク28kgm/4400rpmまでスープアップを果たした。
その一方で、メラクに見られたシトロエン色の強さが、当時のスーパーカーおよび高級グラントゥリズモのマーケットにおいては不評だったこと。もとよりライバルであるディーノ/フェラーリ「308GT4」やランボルギーニ「ウラッコP250」よりも低かったパワーを、ハイドロニューマティック用の油圧ポンプによってさらに侵食されてしまっていたこと。しかも、マセラティの親会社だったシトロエン本社が経営破綻によりプジョーの傘下となり、マセラティがデ・トマゾ・グループ傘下に移行したことも相まって、メラクSSではシトロエン由来のハイドロ技術をあっさりと廃止。
その結果、初期のメラクに比べて約50kgの軽量化も実現したとされている。
■来歴のたしかなメラクSSの評価はいかに?
2020年10月末の「LONDON」オークションに出品されたマセラティ・メラクは、1976年から1983年ごろまでにわずか787台が生産された「SS」バージョンの1台とされる。
●1979 マセラティ「メラクSS」
今回、RMサザビーズ社が用意したオフィシャルWEBカタログによると、もともとは対米輸出仕様として、1979年3月にエミリア・ロマーニャ州モデナのマセラティ本社工場からラインオフ。
新車時のカラーコンビネーションは、オレンジがかった「ロッソ・フォーコ(Rosso Fuoco:炎のレッド)」に、対照的な黒レザーの組み合わせだったという。
1990年代初頭、ドイツのさる著名なマセラティ・コレクションに加えられるために、ヨーロッパ大陸に帰還を果たす。そして1999年には、北米Cam-Am選手権の欧州版として誕生した「インターセリエ選手権」を闘っていたオーストリアのレーシングドライバー、ウォルター・ノヴォトニー氏に譲渡された。
さらに2000年代を迎えたのちも、このメラクSSはノヴォトニー氏のもとにあり、FIA-GT選手権やル・マン24時間レースでも名を馳せたバイエルン州アンガーのレーシングチーム「RWSモータースポーツ」のルディ・ウォルチ氏によって、エンジンのフルオーバーホールを含む包括的なレストアが施されたとのこと。この時のコストは、エンジンにまつわる作業だけでも1万5000ユーロを超えたという。
その後ノウォトニー氏は、このメラクSSをオーストリアの著名なスペシャリスト「ワーグナー・コレクション」に譲渡。2013年に今回のオークション出品者である現オーナーの手に引き渡された。
そして、現オーナーのもとでも定期的にサービスを受けており、2018年にはマセラティ・ザルツブルクによる包括的なメンテナンスを実施。その費用は4293ユーロに達したとのことである。
現在では、オリジナルのブラックレザー・インテリアに、スモーキークォーツ・メタリックのボディというシックなカラーコンビネーションで仕上げられたメラクSSは、カタログ曰く「今すぐ道路上でドライビングを楽しむ準備ができている」との由。
カタログ写真で判定する限りにおいては、極めて良好なコンディションにあるとともに、ヒストリーも確かなマセラティ・メラクSSに対して、オンラインのバイヤーが最終的に下した落札価格は5万2800ポンド。現在の日本円に換算すれば約740万円となった。
現役時代のライバルであるディーノ/フェラーリ308GT4はもちろん、ランボルギーニ・ウラッコの相場価格も「高止まり」してしまっている感の強い国際クラシックカー・マーケットにおける現況を見るにつけ、今回のメラクSSに下された評価はリーズナブルといえなくもないようだ。
イタリアの名門の作、しかもミッドシップ車という「王道」的スーパースポーツながら、マセラティ・メラクとその係累は、かのスーパーカーブーム時代にはいささか地味なポジションに置かれていたといえるだろう。
実際のところ、ディーノ/フェラーリ308GT4やランボルギーニ・ウラッコと乗り比べると、たしかにパフォーマンスやハンドリングともにマイルドで、スーパーカーに求められる「エッジィ」な魅力ではライバルには及ばないかもしれないが、快適なグラントゥリズモとしての個性は、ボーラとも共通する独特のものともいえる。
1970年代の「第一次スーパーカーブーム時代」に輝いた1台を手に入れられるとすれば、決して悪くない投資ともいえるだろう。
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みんなのコメント
当時は地味過ぎてあまり人気が無かった。