日本の市場環境に適した実用性を備えながら、売れ行きを伸ばせない商品はさまざまなカテゴリーに見られる。
クルマの場合は、居住性、積載性、取りまわし性など日本のユーザーが求める機能を高いレベルで満たし、なおかつ価格も妥当なのに、販売台数が低迷する車種になる。
低迷の理由は大きく分けて2つあり、まずはデザインだ。家庭電化製品などもデザインは大切だが、クルマは重要度が格段に高く、いくら実用性が優れていても見栄えが良くないと売れない。
2つ目はメーカーの宣伝力やディーラーの販売力だ。優れた商品でも十分な宣伝が行われず、ディーラーも販売に力を入れなければ、ユーザーに商品の良さが伝わらず売れ行きも伸ばせない。
この傾向は概して機能のバランスが優れた車種に多い。さまざまな機能を偏りなく高めた結果、デザインを含めてインパクトを伴った特徴が薄れ、言い換えれば地味になって販売が低迷しやすい。
昔は地味でも飽きのこない堅調に売れるクルマに力を入れたが、今はメーカーとディーラーにその余裕がなく、埋もれた存在になってしまう。残念なことだから、改めていまひとつ売れない優れたクルマを掘り起こしたい。
文:渡辺陽一郎 写真:SUZUKI、NISSAN、HONDA
■スズキ スペーシア 2017年8月販売台数6699台
まずは軽自動車のスズキスペーシアだ。売れ行きはN-BOXやタントに負けるが、機能のバランスは優れている。次期型の市販車に近いコンセプトモデルが第45回東京モーターショー(2017年10月28日から一般開催)に出品されるので、モデル末期だがその良さを検証したい。
スペーシアは背の高いボディを備えながらも車両重量が軽く、標準ボディのXは850kgだ。スライドドアを備えた全高が1700mmを超える軽自動車では、唯一900kgを下まわる。自然吸気のノーマルエンジンでも動力性能の不足を感じにくく、マイルドハイブリッドの搭載でJC08モード燃費は32km/Lに達する。この数値も全高が1700mm以上の軽自動車では最も優れている。
シートアレンジは多彩で荷物を積みやすく、なおかつ後席の座り心地を快適に仕上げた。緊急自動ブレーキを作動できる安全装備にはデュアルカメラブレーキサポートが採用され、センサーに2個のカメラを使うから歩行者も検知できる。収納設備も多彩で、価格は充実装備のXが145万8000円と割安だ。
それなのに売れ行きが伸び悩む理由は外観にある。全高が1735mmだからN-BOXやタントに比べて背が低く、車内が広そうに見えない。N-BOXは軽乗用車では最大の室内空間を備え、タントは左側のスライドドアにピラー(柱)を内蔵させて前後ともに開くと開口幅が1490mmに拡大するが、スペーシアにこのような突出した特徴はない。機能のバランスが優れている代わりに、存在が目立たず売れ行きが伸び悩んだ。
■日産 キューブ 2017年8月販売台数470台
背の高いコンパクトカーでは日産キューブが挙げられる。全長を4m以下に抑えながら車内は広く、内装には和風のテイストを盛り込んでリラックスできる雰囲気に仕上げた。クルマは移動のツールだから、大半の車種が外観で「速さ」をイメージさせるがキューブは違う。「心地好い空間だから、ゆっくり走って長く乗っていたい」と思わせる。
水平基調のボディはウインドウの下端が少し高いが、前後左右ともに視界はおおむね良く、四隅の位置も分かりやすい。
日本の道路環境とユーザーの気持ちに合った共感を得やすいクルマだが、愚かな話で日産はキューブをほとんどケアしていない。緊急自動ブレーキは用意されず、アイドリングストップは追加したがJC08モード燃費は19km/Lにとどまる。次期型の開発は凍結された。
日産はノートe-POWERの販売が好調と喜ぶが、この中には発売から9年を経過したキューブのユーザーも多く含まれる。日産の小型車には設計の古い車種が多く、ユーザーの不満と諦めがノートの売れ行きを押し上げた。
■スズキ イグニス 2017年8月販売台数706台
コンパクトカーではスズキイグニスも、もう少し売れて良いクルマだ。全長は3700mmと短く、水平基調のボディは視界が良いから取り回し性が優れている。ソリオと同じ空間効率の優れたプラットフォームを使うことで、後席の足元空間を含めて車内は意外に広い。
乗り心地は硬いが操舵感は機敏で、車両重量が850~880kgと軽いからエンジンは1.2Lながら加速性能の不足はない。マイルドハイブリッドの搭載でJC08モード燃費は28km/Lと良好だ。安全装備はスペーシアと同様のデュアルカメラブレーキサポートを装着した。
売れ行きが伸び悩むのは、スズキにはコンパクトカーの主力車種としてスイフト、背の高いミニバン的なソリオも用意され、輸入車のバレーノなども加わったからだ。イグニスの販売に力が行き届かず、売れ行きも伸び悩む。
■ホンダ オデッセイ 2017年8月販売台数499台
ミニバンではホンダオデッセイが挙げられる。居住性は日本国内で販売されるミニバンでは最も快適だ。2列目に装着されたプレミアムクレードルシートは背もたれを後方に倒すと座面の前側が持ち上がり、座り心地は適度に柔軟だからリラックスできる。
3列目は低床設計によって床と座面の間隔が十分に確保され、床下格納にして使いやすい荷室を備えながら、座り心地を柔軟に仕上げた。足を投げ出す姿勢になるヴェルファイア&アルファードの3列目よりも快適だ。
さらに低床設計で重心が低く、十分な室内高を備えながら、アブソルートの全高は1685mmに収まる。クルマの全高は、必要な室内高と最低地上高を確保していれば、低いほど機能を幅広く向上できる。逆にいえば背を高くするメリットは皆無だから、オデッセイの設計はきわめて合理的だ。
ところがユーザーはそのようには受け取らない。オデッセイのような主力グレードが300万円を超えるミニバンでは、背の高い立派な外観と、周囲を見降ろす視線の高さが求められる。合理性を貫くオデッセイの開発姿勢は理解できるが、控え目なフロントマスクを含めて市場の好みに反しているから売れ行きも伸びない。
ホンダはオデッセイのようなクルマを開発したなら、低床設計の価値を分かりやすく訴求する必要がある。そこを怠ったから成功できず、販売台数はヴェルファイア、アルファードの半分以下だ。最後の煮詰め、ユーザーに向けた発信力が甘い。
発売時期でも失敗した。現行オデッセイは2013年11月に発売されたが、同年同月にN-WGN、同年9月には現行フィットも発売している。この2車種はオデッセイよりも価格が大幅に安く実用性も優れ、売れ行きを伸ばす。販売現場はこの2車種で手一杯になり、オデッセイは埋もれてしまった。
これは直近の新型シビックも同様で、N-BOXのフルモデルチェンジ、フィットの大幅なマイナーチェンジ、ステップワゴンのハイブリッド追加という、売れ筋車種の刷新が続く中で発表と発売が行われた。開発と生産、つまりメーカーの都合で新型車の発売スケジュールが決められ、販売現場のことなど考えていない。シビックの注目度も長続きしないだろう。
■ホンダ グレイス 2017年8月販売台数100台
同じホンダではコンパクトセダンのグレイスも優れた商品だ。フィットのプラットフォームを使って開発され、5ナンバーサイズなのに車内は広い。身長170cmの大人4名が乗車して、後席に座る同乗者の膝先空間は握りコブシ2つ半に達する。この寸法はクラウンなどのLサイズセダンと同等だ。コンパクトセダンでは走行安定性と乗り心地のバランスも優れ、プラットフォームが共通のフィットを大幅に上まわる。先進安全装備のホンダセンシングも採用され、商品力はカローラアクシオよりも高い。
それなのに売れ行きはカローラアクシオの30%程度だ。フィットのプラットフォームがベースだから、車内が広い半面、ボンネットが短く見えてセダンらしいスマートさが乏しい。地味なフロントマスクも災いしたが、最大の敗因はオデッセイと同じ売る気の乏しさだ。カローラアクシオはトヨタカローラ店が専売車種として大切に扱うが、ホンダカーズは全店が全車を売る。今はセダンの売れ行きが全般的に低調だから、販売力がNーBOXやフィットに注がれてグレイスは伸び悩んだ。
またグレイスは価格の安さが重要なコンパクトセダンなのに、2014年12月に発売されたのはハイブリッドだけで、安価なノーマルエンジン車は翌年に加えた。これも失敗の理由だ。最初はノーマルエンジン、次にハイブリッドを追加して売れ行きを伸ばした車種はいくつか見られるが、逆のパターンで成功したクルマはほとんどない。オデッセイを含めて、最近のホンダは国内運営の仕方が非常に悪く、売れるべきクルマに自ら不人気車のレッテルを貼り付けている。とても残念だ。
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