プッシュロッドの6.75L V8エンジンを大改良
事前の情報通り、1998年にヴィッカーズ社はロールス・ロイスとベントレーを売却。BMWが購入の意志を示したが、フォルクスワーゲン・グループは4億5600万ポンドという巨額での買収を提示。好条件な後者と取り引きが結ばれた。
【画像】同じボディに3種のエンジン シルバーセラフとアルナージ 両ブランドの現行モデルも 全113枚
ところがロールス・ロイスの商標権は、独立した自動車部門ではなく、ロールス・ロイス・ホールディングス(PLC)が保有するという事実が判明。ホールディングス側は、BMWへの売却を強く望んでいたという。
最終的に、フォルクスワーゲン・グループがベントレー・ブランドとチェシャー州クルーに位置する工場を入手。BMWは、その買収額の10%の金額で、ロールス・ロイス・ブランドを手中へ収めることになった。
その後に2社で協議が開かれ、2002年まではクルーの工場でロールス・ロイス・シルバーセラフを生産することが決定。2003年からは、グッドウッドに用意される新工場で、新しいモデルを提供する予定が組まれた。
この駆け引きで、最もダメージを被ったのはベントレー・アルナージだろう。BMWのV8ツインターボが充分なトルクを発揮しなかっただけでなく、フォルクスワーゲン・グループ傘下にありながら、異なるメーカーのエンジンを積むことになったのだから。
このねじれに光を差したのが、フォルクスワーゲンのフェルディナント・ピエヒ氏。ベントレーが古くから使ってきた、プッシュロッドの6.75L V8エンジンへ白羽の矢が立てられた。排出ガス規制へ対応させるため、包括的な再設計が必要となったが。
レッドレーベルとグリーンレーベル
プラットフォームにも大幅な改良が求められたものの、2年足らずで目的を達成。プッシュロッドを更新し、ギャレット社のターボを1基追加し、1気筒当たり2バルブながら405psを引き出した。最大トルクも、85.4kg-m/2150rpmと驚異的な数字だった。
ベントレーは、古くて新しいV8エンジンのアルナージへレッドレーベルと名付け、1999年に発売。最大トルク57.0kg-m/2500rpmの、BMWエンジンを積んだ既存のアルナージにはグリーンレーベルと命名し、2001年まで併売した。
最終的な生産数は、レッドレーベルが1570台で、グリーンレーベルは1173台。以降、改良を受けながら2009年までアルナージは製造が続いた。ロールス・ロイスのシルバーセラフは、2002年に生産を終了している。
今回の3台で存在感が強いのは、クルーから追い出される格好になったロールス・ロイス。クロームメッキがボディを飾り、フロントグリルの主張が強く、まず目線が向かってしまう。高級感も高く、試乗中は通行人に見つめられることが多かった。
走行距離は10万kmを超えているが、このシルバーセラフは新車時のような状態を保っている。重厚なドアを開き運転席へ座ると、女神、スピリット・オブ・エクスタシーがボンネット上で進む先を示している。
大きなメーターが2枚、美しい木目のダッシュボードに並ぶ。1枚は速度計。もう一方は、燃料計や水温計などが一体になっている。エアコンの送風口がクロームメッキで輝く。センターコンソールに並ぶBMW由来のボタン類が、少し調和していない。
控えめに速さを主張するアルナージ
コラムシフトをドライブまで下げ、アクセルペダルを軽く傾ける。自然吸気のV型12気筒エンジンは、ほぼ無音で反応。殆ど知覚できないシームレスさで5速ATは次のギアを選び、速度感覚を掴みにくい。
右足へ力を込めると、ロールス・ロイスとしては軽快に回転数が高まる。先代に当たるシルバースピリットのように、トルクたっぷりの唸りは放たない。
乗り心地は不自然に硬いようだが、車両の維持を任されているナイジェル・サンデル氏は、まだ整備が完璧ではないと釈明する。そのかわり姿勢制御は引き締まっており、ステアリングホイールの感触も、2台のベントレーより好ましいようだ。
3台の見た目で、最も好印象なのはダークグリーンのベントレー・アルナージだろう。メッシュのフロントグリルを備え、17インチのアルミホイールを履き、控えめに速さを主張する。
0-97km/h加速は6.3秒と鋭く、最高速度は241km/hに届く。BMW由来の4.4L V8ツインターボ・エンジンを積み、見かけ以上に速い。
ダッシュボードを眺めると、5枚のメーターが中央側に整列している。4スポークのステアリングホイールは、スポーティな扱いに備えてリムが太い。5速ATのシフトレバーがセンターコンソールから伸び、シルバーセラフより扱いやすい。
エンジンを始動させると、コスワースがチューニングした事実を想起させない。V12エンジンより僅かにサウンドが大きく、中回転域でのパワーも太いものの、至って主張は控えめだ。
ドライビング体験で鮮明な印象を残す「T」
動的なまとまりでは、落ち着いたシルバーセラフへアルナージは並ぶ。乗り心地の滑らかさでは勝る。こんなベントレーの中古車が、英国ではホットハッチと同程度の価格で購入できるとは信じがたい。
それでも、ドライビング体験で鮮明な印象を残すのは、パープル・シルバーのベントレー・アルナージ T。新車当時、BMWのエンジンをあえて選ばなかった、初代オーナーの確かな意志が表れているようだ。
このアルナージ Tは、2002年に登場。シングルターボはツインターボへ置換され、6750ccから450psと89.1kg-mを発揮した。レッドレーベルのV8エンジンをベースに、部品の80%へ改良を施し、その50%は新設計だと主張されていた。
ボディシェルは強化され、270km/hに達した最高速度へ対応するため、エアロダイナミクスも見直されている。2520kgの車重をタイトに制御するオプションのハンドリングパッケージも、制御系へアップデートが施されている。
視覚的には、左右に2本づつ並んだマフラーカッターと、19インチのアルミホイールが、通常のアルナージとは別物であることを静かに物語る。タイヤは扁平率が45で、高性能モデル御用達のピレリPゼロを履く。
プッシュロッドのV8エンジンを目覚めさせると、アイドリング時から低音が響く。クルーの技術者を悩ませたであろう、細かな振動も伝わってくる。
重めのアクセルペダルをゆっくり倒すと、計り知れないパワーを秘めていることを匂わせる。都市部の流れに沿った速度で、右足をなだめながら運転していても。
不完全さが生む無二の訴求力
開けた場所で、アルナージ Tの本域を試す。ブースト圧が高まるまで一拍をおき、怒涛の加速が解き放たれる。より鋭い速度上昇を披露するモデルは他にもあるが、この質量をこの勢いで突き進めるサルーンは、今まで経験したことがなかった。
ターボチャージャーのタービンの悲鳴は、V8エンジンの怒号でかき消される。地平線の彼方まで飛んでいきそうになるが、4000rpmを超えたところで我に返る。少し手に余るパワーを秘めた、極めて魅力的な大型サルーンだ。
アルナージ Tの素晴らしさに、筆者は打ちのめされてしまった。V8エンジンの起源を辿れば、確かに新しいとはいえない。それでも、不完全さが生む無二の訴求力を、20年前のベントレーはまじまじと体験させてくれた。
協力:ナイジェル・サンデル氏、ウィル・ベイツ氏
シルバーセラフとアルナージ 3台のスペック
ロールス・ロイス・シルバーセラフ(1998~2002年/英国仕様)
英国価格:15万5000ポンド(新車時)/5万5000ポンド(約995万円)以下(現在)
販売台数:1570台
全長:5390mm
全幅:2149mm
全高:1514mm
最高速度:225km/h
0-97km/h加速:7.5秒
燃費:5.7km/L
CO2排出量:−g/km
車両重量:2350kg
パワートレイン:V型12気筒5379cc自然吸気SOHC
使用燃料:ガソリン
最高出力:326ps/5000rpm
最大トルク:49.8kg-m/3900rpm
トランスミッション:5速オートマティック(後輪駆動)
ベントレー・アルナージ(グリーンレーベル/1998~2001年/英国仕様)
英国価格:14万5000ポンド(新車時)/3万5000ポンド(約633万円)以下(現在)
販売台数:1173台
全長:5390mm
全幅:2149mm
全高:1514mm
最高速度:241km/h
0-97km/h加速:6.3秒
燃費:4.6-6.0km/L
CO2排出量:−g/km
車両重量:2330kg
パワートレイン:V型8気筒4398ccツインターボチャージャーDOHC
使用燃料:ガソリン
最高出力:355ps/5500rpm
最大トルク:57.0kg-m/2500rpm
トランスミッション:5速オートマティック(後輪駆動)
ベントレー・アルナージ T(2002~2009年/英国仕様)
英国価格:16万6500ポンド(新車時)/4万5000ポンド(約814万円)以下(現在)
販売台数:−台
全長:5390mm
全幅:2149mm
全高:1514mm
最高速度:241km/h
0-97km/h加速:5.5秒
燃費:4.6-6.0km/L
CO2排出量:−g/km
車両重量:2520kg
パワートレイン:V型8気筒6750ccツインターボチャージャーOHV
使用燃料:ガソリン
最高出力:450ps/4100rpm
最大トルク:89.0kg-m/3250rpm
トランスミッション:4速オートマティック(後輪駆動)
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みんなのコメント
外側はロールス・ロイスでエンジンは1リッターでもよろしくのでは?? スーパーカーやスポーツカーでは…無いから、動力性能なんて重要ではないでしょ?(笑)
どうせ、白バイや警護車両に囲まれて「ゆっくりゆったり」としか走らないですから(笑)