クルマ好きの視点から観た映画『フェラーリ』
世界中のクラシックカーファンの間で話題となっている映画『フェラーリ(原題Ferrari)』が、キノフィルムズの配給でいよいよ2024年7月5日(金)にTOHO シネマズ日比谷ほか全国ロードショーされます。これから公開までに、あるいは公開後にも、映画評論家の方々や識者が作品について批評することになるでしょうが、AMWでは、クルマおよびレースに関するパートに特化して、自動車評論家の武田公実氏が語ります。
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見せ方に若干の不満があるものの、登場するクルマたちはなかなかの再現度
この作品でアダム・ドライバーが演じるエンツォ・フェラーリは、古今東西のレースチームのオーナー、あるいはスポーツカーメーカーの開祖として、おそらくもっとも有名なレジェンドと目されている人物である。しかしその偉大な業績とは裏腹に、傲岸不遜な気質など表層的なイメージばかりが語られてきたのも事実ながら、この作品ではもう一歩踏み込み、彼の人間的な部分にも触れた佳作であることは、先に述べておきたい。
でも、ことクルマとレースについての表現には、いささかの違和感がないでもない。ミッレ・ミリアにおけるゼッケンナンバーは、スタート時間を示したもの。例えば作品中でデ・ポルターゴ侯爵のフェラーリに描かれていた「531」は、AM5時31分にスタートすることを意味している。また、原則としてより遅いクルマから順番にスタートし、大排気量の速いマシンが少しずつパスしてゆくのが定石だった。
だからレース中盤以前のラディコーファニあたり、というならば分かるが、終盤に近いフィレンツェやボローニャ市内で、たとえばアルファ ロメオ「ジュリエッタ SV」やポルシェ「356 カレラ GS」、あるいはオスカ「MT4」やポルシェ「550スパイダー」と、首位争いを展開しているフェラーリの大排気量レーシングスポーツがデッドヒートを繰り広げる……というのは、ちょっと解せない気がしてしまうのだ。
とはいえ、現在では海外のクラシックカーイベントや、さもなくば新旧の動画でしか見る機会のないフェラーリ「315S」と「335S」、マセラティ「450S」などの世界遺産級レーシングマシンが、自動車泥棒兄弟が活躍する某映画に登場したような稚拙なものでない精巧なレプリカと本物を巧みに使い分けて登場し、ちゃんとV8(マセラティ)とV12(フェラーリ)が識別できるサウンドを映画館内に轟かせるというだけでも、この作品を観るために映画館に足を運ぶには充分な理由となると断じてしまいたい。
また、作中でエンツォがリナ・ラルディとピエロ・ラルディ(のちのピエロ・フェラーリ)親子の隠れ住む郊外の家に通うために使用するクルマが、彼が本当に愛用していたことで知られる大人しいプジョー「404 ベルリーヌ」であることも、かなりポイントが高いといえるだろう。
英雄たちの残像を銀幕で見る幸福
と、ここまでは映画『フェラーリ』に登場する往年のクルマたちについて語らせていただいたものの、じつは試写を観覧した筆者がAMWの読者諸兄にもっとも注目いただきたいと思ったのは、人気俳優たちが演ずる当時のレーサーたちの群像である。
前述したように、この映画でメガフォンを執ったマイケル・マン監督や制作陣は、ロケーションや大道具・小道具はもちろん、世界遺産にも匹敵するような往年のレースカーたちを本物も交えて「出演」させた。そのこだわりは、作品内に登場する当時のレーシングドライバーたちの再現度にも表れているかに感じられる。
自動車レースに造詣の深い方ならご存知のことかもしれないが、スターリング・モスやピエロ・タルッフィ、オリヴィエ・ジャンドビアンなどの例外を除けば、これらのシーンの数年後にはほぼ全員が事故で若い命を散らしてしまう。でも、その面影を感じさせるキャスト陣が、これまで古い写真でしか見たことのなかった英雄的ドライバーの生き生きと立ち回るさまを演じているのが、いとおしくさえ感じられるのだ。
劇中で彼らが見せる明るく楽しげな、そして刹那的な振る舞いは、テスト走行やレースでいつ死んでしまうか分からないからこそ、人生を必死で楽しもうとする気持ちの表れ。自動車レースが今よりもずっと危険なものだったこの時代は、第二次世界大戦の終結からまだ12年後のことだった。それだけに「死の闇」というものが、われわれ現代人が思うよりずっと身近にあったと思われるような死生観も、この作品では垣間見られる。
この物語の主役はエンツォ・フェラーリと、当代最高の名優のひとりであるペネロペ・クルスが熱演したエンツォの妻、ラウラであることは間違いのないところである。しかし、現在もなお伝説の英雄として語り草となっているレーシングドライバーたちもまた、この作品では重要なピースを担っている。自動車史上最高のブランドであるフェラーリの黎明期には、さまざまな栄光と悲劇が内包されていたことを雄弁に語る壮大なオペラのごときドラマを、ぜひとも銀幕でご覧いただきたいのである。
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