再びタイヤのウォームアップ性が問題に……
連載:山田宏の[タイヤで語るバイクとレース]【独占Webコラム】
ブリヂストンがMotoGP(ロードレース世界選手権)でタイヤサプライヤーだった時代に総責任者を務め、2019年7月にブリヂストンを定年退職された山田宏さんが、その当時を振り返ります。MotoGPがブリヂストンタイヤのワンメイクとなって3年目の2011年。シーズン中盤のドイツGPでは、異常気象が要因となってタイヤの“温まり”に再び焦点が集まり、ブリヂストンは対応を求められました。
TEXT: Toru TAMIYA PHOTO: HONDA, YAMAHA
異常な寒さで、タイヤ選択に想定外の問題が……
前回紹介したように、2011年の第7戦TTアッセン(オランダ)では、路面温度の低さに加えて前日の転倒でエンジンオイルが路面にまき散らされた影響により、土曜日午前中のフリープラクティス3で序盤に転倒者が続出。これにより「タイヤの温まりが悪いのでは?」という印象を持たれてしまいました。このときは、MotoGPを運営するドルナスポーツからの要望により追加スペックを急遽導入する対応策を提案したものの、問題を感じていないライダーもいたことから、「公平性」という観点から対策はナシに。これでタイヤのウォームアップ性に関する議論は一段落かと思ったのですが……。第8戦イタリアGPを挟んで開催された第9戦ドイツGPでは、7月中旬にもかかわらず異常なほど寒かったことで、再びタイヤの温まりが問題となってしまいました。
―― 2011年第9戦ドイツGPでは激しいトップ争いの末、#26ダニ・ペドロサ選手が勝利。
ドイツGPが開催されているザクセンリンクサーキットは、低中速コースながらタイヤには厳しく、フロントタイヤにもシビアなコース。そのためこの年は、作動範囲が広いハードコンパウンドと、エクストラハードコンパウンドをフロントに設定して持ち込みました。一方でリヤは、万が一を考えて1ランクソフトにしてあったのですが、これにより結果的にはそれまで問題がなかったフロントタイヤに不具合が発生。金曜日午前中のフリープラクティス1では、4名のライダーがフロントから転倒することになってしまいました。
毎戦、レースウィークの金曜日走行後にはセーフティコミッション(ライダーを中心に構成された安全委員会)が開かれるのですが、通常は4~5人のライダーが参加するところ、ドイツGPでは16人が参加。本来の議題は原発事故問題を抱えていた日本GPの参加に関するものだったようですが、そこでドルナのカルメロ・エスペレータ会長に対してライダーたちから、「フロントは3種類ないと困る!」という、タイヤに対する強い要望が出たとのことでした。
ソフトタイヤを選択肢として残すように
―― 第11戦チェコGPでは、#27ケーシー・ストーナー選手、#4アンドレア・ドヴィツィオーゾ選手、#58マルコ・シモンチェリ選手とホンダが表彰台を独占。
もちろん、世界最高峰ロードレースのMotoGPにタイヤをワンメイク供給してきたブリヂストンとしても、転倒者が少なく安全性が向上する状況は大きな目標のひとつ。そこで、このドイツGPではとくに対処はできなかったものの、アメリカGPを挟んだ翌々戦の第11戦チェコGPからは、状況に応じてフロントタイヤを3スペック用意することにしました。ソフト、ミディアム、ハード、エキストラハードという既存4スペックのうち、ソフトを含まない2種類の組み合わせを準備する予定だったコースには、加えてソフトも準備しておくことにしたのです。
これは、タイヤを供給するブリヂストンサイドで考えると、フロントタイヤに関してはメインスペックを5本ずつとソフトタイヤを3本の計13本を用意し、そこから9本を使ってもらう状態。ライダーの安全性向上に最大限配慮しつつ、タイヤ製造や輸送などのコストをある程度抑えた方式というわけです。また、オーストラリアGPとバレンシアGPはソフトタイヤがメインスペックに最初から含まれており、マレーシアGPは気温が非常に高くさすがにソフトは不要なので、これらの3大会は従来どおりのフロント2スペックで対応。ちなみにリヤは、当初予定していたスペックよりも1ランクソフト側を準備する変更を施したことや、前年よりも左右非対称コンパウンドを導入するGPを増やしたことから、1大会2スペックの供給を継続しました。ただし、初日に4本ずつ渡して、残りの2本は金曜日に選択できるように変更しました。
ところで2011年のMotoGPというのは、翌年からの1000cc化を控えた800cc時代最後のシーズン。2011年春の段階で、すでに2012年から3年間のワンメイクタイヤ供給に関する延長契約を結んでいたブリヂストンとしては、翌年の1000cc化に向けた新たなタイヤ開発にも着手していました。当初、各メーカーの1000ccマシンテストには、800cc用と同じスペックのタイヤを供給。排気量が上がってトルク特性は変化したとしても、ガソリン容量の問題からピークパワーは変わらないだろうという予想と、車重も問題になるほどは変わらないということが、その判断基準でした。
しかしシーズン中盤に、タイヤの温まりに関して何度か指摘されることがあったことから、より乗りやすくて温まりやすいタイヤの開発に着手。ただし、大幅に変更してしまうとマシンとのマッチングもかなり変わってしまうので、新しいマシンを開発中のメーカーサイドを困惑させることになります。そのあたりをうまくバランスさせつつ、より温まりやすくスライドコントロール性に優れ、熱にも強いという新たなタイヤ開発へのチャレンジを続けていました。
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