2018年に「コンセプト RS660」としてプロトタイプが発表され、2020年10月からヨーロッパで市販版の受注が開始されたアプリリア RS660。
そんな最新イタリアン・スーパースポーツに、イギリス人ジャーナリストでマン島TTレーサーでもあるアダム・チャイルド氏がイタリアで早速試乗。
「エントリーモデルなのは間違いないが、当たりさわりのない退屈なバイクでは決してない。むしろ新種のスーパースポーツだ!」という結論に至ったRS660の走りとは?
並列2気筒のスーパースポーツ、アプリリア RS660とはどんなモデルか
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アプリリアはRS660というニューモデルで「軽量、100馬力、並列2気筒」というまったく新しいセグメントを生み出したと言っても過言ではない。
分類からすれば「ミドルクラスのスーパースポーツ」であるのは間違いないが、なぜ今までこのようなアプローチが無かったのかと疑問に思うほど、2020年後半に送り出されたRS660は素晴らしい出来ばえだった。
過激すぎず、若いライダーにもスーパースポーツビギナーにも魅力的で、公道でもサーキットでも安全に走れるように洗練された電子制御を搭載しており、何より走らせていて楽しい軽いスポーツバイク──それがRS660である。
100馬力を発揮する659ccの並列2気筒エンジンは、公道で十分使いこなせる範囲であり、かつパンチもある。車体も比較的とっつきやすい特性だ。
そのうえ、セクシーなデザインをまとって、約1万ポンドというお手頃な価格(約140万円)で提供されるのだから、言うことはない。
昨今「スーパースポーツ市場は死んだ」と言われている。
事実、ここ20年間で販売台数は大幅に減少しているわけだが、その理由のひとつとして、高性能化を追求していった結果、超高回転型エンジンに過激なライディングポジションの「ほぼサーキット専用バイク」になってしまった点がある(公道で日常的に乗るには厳しいものが多い)。
しかし、現代的なスーパースポーツのスタイリングをしているにもかかわらず、アプリリアRS660はサーキット専用に設計されたモデルではない。
スーパースポーツカテゴリーの販売台数が減少する一方で、世界的には小排気量(250cc~550cc)クラスの需要が増加している。
しかし、アプリリアにはそうした小排気量車の成長市場であるアジアに向けた「ちょうどいい」モデルが無かった。
同社の最小スーパースポーツとしては「RS125」(125cc単気筒)がラインアップにあったが、そこからステップアップするとなるといきなり1000ccV4エンジンか1100ccV4エンジンの「RSV4」シリーズになってしまうのだ。
そこで、アプリリアは考えた。RSV4ファクトリー1100のエンジンを真っ二つに割れば、ちょうどいい中間排気量のモデルを作り出せるのではないか、と。
RS660のエンジンは270度クランクの並列2気筒で、基本的にはRSV4ファクトリー1100のV型4気筒の前バンクをそのまま使っているような形だ。
かように、RS660はアプリリアの「エントリーモデル」としての役割を与えられてはいるものの、当たりさわりのない退屈なバイクではない。
内容を見るとむしろその逆で、アプリリアの最高峰スーパースポーツRSV4シリーズに匹敵する電子制御機構が盛り込まれているのだ。
コーナリングABS、サーキットモードを含めた複数のライディングモード、トラクションコントロール、ウイリーコントロール、アップダウン両対応のクイックシフター、スリッパークラッチ、クルーズコントロールが1万ポンド(約140万円)で標準装備──どうだろう、お得と言ってもいいのではないか。
「エントリーモデル」にそこまで高度な電子制御機構は必要ないという意見もあるかもしれないが、若いユーザーをターゲットにしている以上、ライダーサポート機能をケチらないというアプリリアの判断は賢明だと思う(スリルを追求したい経験豊富なライダーには、トラクションコントロールとウイリーコントロールを解除するという手も用意されている)。
RS660の大きな特徴:「スポーティだが過激ではない」という好バランス
実車を目の前にすると、すべての要素がそろっているように感じた。
1370mmという短いホイールベース(RSV4ファクトリー1100より69mm短い)、乾燥重量169kgという軽さ(装備重量は183kg)、アジャスタブルなサスペンション、180サイズのワイドなリアタイヤ、そして伝説を作った2ストロークマシン「RS250」をイメージさせるパープルとレッドのカラーリング──。
私はまるで肉屋の近くをたむろする飢えた犬のように、期待に胸を膨らませて唾液を垂らさんばかりだった。
アプリリアの車体造りは定評がある。それゆえ、試乗前はRS660もシャープでキビキビと走るハードな特性なのだろうと思っていた。
が、実際に乗ってみるとリラックスしたものだった。
シートにはちゃんとパッドが入っていて、ハンドルは比較的高めで幅が広く、ステップも低めで過激なものではない。むしろ快適なのだ。
……と言うと、私ががっかりしているように聞こえるかもしれないが、あくまで「近年のサーキット専用マシンと化しているスーパースポーツと比べれば快適」という話。これまでスポーティなバイクに試乗して、その性能にがっかりしたことは何度もあるが、RS660は全くそんなことはなかった。
ワイドなハンドルバーがもたらす軽快なステアリング特性は、まるでマシンをおもちゃのように軽々と扱えるが、RS660には抜群の安定感もある。
だから、コーナーへの進入では125ccロードレース世界選手権でアプリリアを駆ったイギリス人ライダー、ブラッドリー・スミスのようにヒザをアグレッシブに出し、ハンドルから垂れ下がるようなライディングスタイルだって可能にしてくれる。
軽快な操縦性にもかかわらず、安定感がある──つまり、マシンの挙動に予想がつけやすいのだ。ユーザーフレンドリーな特性で「お互いに慣れるまで……」という期間はなく、ライダーはただ飛び乗って走り出せばいい。
ドライ路面でテストしたRS660は、かなりペースを上げていってもハンドリング的に限界を超えていると感じる場面はほぼ無かった。
フロントフォークはKYB製の倒立式で、インナーチューブ径41mmのフルアジャスタブル。
オーリンズ製の高品質なユニットみたいな「トップレベル」の感触はないし、レース用タイヤを履かせてサーキットを走らせるとなると少し調整が必要になると思うが、公道を走るうえではまったく問題ない。
サスペンション同様に、ブレーキも特筆するようなスペックではない。
ブレンボ製ラジアルマウントのフロントブレーキを装備するが、ブレンボの中では割と標準的なもの。ただし、車両重量が軽く、最高速度を考慮すると、十分な性能を発揮してくれている。
車重183kgのRS660を最高速(約225~230km/hといったところだろう)から一気にブレーキングするとしても、超高価なレース仕様のブレンボ製キャリパーである必要はない。
ブレーキのフィーリングはフロント/リヤとも素晴らしく、センサーによってバンク角などを作動状況に反映する「コーナリングABS」もわずらわしい感じではないのがいい。
RSV4ファクトリー1100のV4エンジンを半分にしたようなエンジン
エンジンは先にも述べたように、基本的にはRSV4ファクトリー1100のV4エンジンを半分に切って並列2気筒にしたような構成だ。
ボアはRSV4ファクトリー1100と同じだが、ストロークは52.3mmではなく63.9mmとなっている。
最高出力100ps /1万500rpm、最大トルク6.8kgm/8500rpmのエンジンスペックで、最大トルクは同じ600ccクラスで比較すると、ヤマハYZF-R6やホンダCBR650Rを上回っている。
この小さなエンジンは1万1500rpmでレブリミッターとなるが、レースキットを装着するとさらに1000rpm上限回転数が高まる。しかし、あくまでこれはレース用のエンジンではない。
なんせトルクの80%を4000rpmで、90%を6250rpmで発生するのだ。いかに汎用性のあるエンジンであるかがイメージできるだろう。
もちろんRSV4ファクトリー1100のV4エンジンをチェーンソーで真っ二つにした……なんて簡単な話ではなく、クラッチ、吸気システム、シリンダーヘッド、48mmのスロットルボディは新しく専用に開発されている(もちろんV4エンジンで得た知見は存分に生かされているが)。
また振動の低減をねらい、270度クランクシャフトに270度カウンターウェイトを採用し、よりスムーズな走りも追求している。
270度クランクとしたこの並列2気筒エンジンは独特のサウンドで、RSV4ファクトリー1100のV4エンジンがゆっくりと回転しているというか──。
同じ600ccクラスの並列2気筒でも、180度クランクのカワサキ Z650のように各気筒がバランスを取り合っているような感じではないのだが、RS660のほうが不思議とスムーズに感じるのだ。
なお、スイングアームはエンジン後端に直接ボルトで固定されており、完全にエンジンを車体剛性メンバーとする構造だ。
アプリリアはこの新しいエンジンプラットフォームに莫大な時間と資金を投資してきたことは明らかで、このエンジンを搭載したバイクが今後も増えていくことは間違いないだろう。
RS660の電子制御機構:1000ccクラスに匹敵する充実度
ライディングモードは、公道用として「コミュート」「ダイナミック」「インディビジュアル」の3種、サーキット用として「チャレンジ」「トラックアタック」の2種があり、計5種のモードから選ぶことができる。
各モードでは、エンジンの出力特性、トラクションコントロール、ウイリーコントロール、コーナリングABS、エンジンブレーキアシストを含む複数の電子制御の作動レベルが変更されるが、好みで各モードを変更してパーソナライズすることも可能だ。
「1万ポンド・100馬力の『エントリーモデル』としては少し複雑な制御機構では?」と思われるかもしれないが、そんなことはない。
電子制御機構の操作はシンプルで直感的に扱え、操作感は上位モデルのRSV4ファクトリー1100より優れているかもしれない(笑) 。
イタリア北部の小さな街並みを駆け抜け、山の遊び場ことワインディングロードへ。
ライディングモードは、取り敢えず「コミュート」を選択(パワーデリバリーが最もソフトな設定である「3」となる)。
最近試乗した他のアプリリア製マシンと同様に、パワーデリバリーのセッティングは素晴らしかった(アプリリアの燃料供給の研究技術は世界トップクラスだと思われる)。スロットルレスポンスは常に完璧で、クイックシフターもアップ/ダウンともに完璧な作動感だ。
数マイル走れば、RS660がまるでプレミアムバイクのように感じられるだろう。
テスト車の走行距離が短かったせいか、ニュートラルを見つけるのに一度や二度苦労したが、唯一の不満はそれだけだった。
ワインディングロードの途中で、「コミュート」モードから「ダイナミック」モードへ。スロットルレスポンスや出力特性が自動的に変化するほか、電子制御の干渉も少なめとなる。
「コミュート」に比べると「ダイナミック」のスロットルレスポンスはシャープだが、パワーの出方自体は比較的リニアで(いずれにせよトルクの90%を6250rpmまでで発揮してしまうエンジンなのだ)、クイックシフターでとっとと高いギヤに放り込んでしまうような乗り方でも難なく走ってしまう。
が、スリルを求める人は7000rpm以上の世界に向かうだろう。
7500rpm付近では一瞬引っかかりがあるが、このリトルツインエンジンは回ることが心底大好きなようだ。1万1500rpmでリミッターにブチ当たるまで、キッチリ回る。
そんな高回転域を多用した走りをしても、優れた電子制御機構とコーナリングABSを装備しているので、不意に路面状況が変化しても安心である。
安心なのはわかったので、さて……トラクションコントロールを切り、アンチウイリーを切り、パワーは最もアグレッシブなモードに。エンジンブレーキ制御もABSの介入も最小限にし、RS660の本性を解き放ってみよう。
クラッチ操作をちゃんとしながら全開をくれてやると、1速でも2速でもそれはもうキレイにウイリーにした。
このエンジンは本当に素晴らしい。音も良く、反応も良く、楽しく、パワーデリバリーは優秀で、クイックシフターがそれらを存分に引き立てている。
その上ありがたいことに、メーターを見下ろすと意外にも実刑判決を受けるような速度にはなっていないのだ。
確かにRS660はそれなりに速いし、最高速も225~230km/hに達するだろうが、200馬力オーバーのRSV4ファクトリー1100と違って、最初の3つのギヤでもうっかりスロットルを開けてしまい即免停……という可能性は少ない。これはとてもいいことだ(笑)。
RS660のライバルはYZF-R6か、CBR650Rか、ニンジャ650か
最初に「アプリリアは新たなセグメントを生み出した」と書いたが、強いてライバルを探すとしたら、どれになるだろうか。
RS660はヤマハ YZF-R6ほど過激なものではないし、実際パワーではかなわないが(YZF-R6は118馬力)、RS660にはライダーをサポートするさまざまな電子制御機構がある。
YZF-R6は優れたバイクだが価格は1万2221ポンドであり、レースで勝つために作られた一芸特化型である。
では、ホンダのCBR650Rはどうか。
価格はかなり安く(7495ポンド)「エントリーモデル」という立ち位置では類似するかもしれないが、RS660とCBR650Rを比較するのは、クルマで言えばホットハッチと普通のファミリーカーを比較するようなもので、何かが違う気がする。
CBR650Rは95馬力とパワーでは近しいが、車重がかなり重いのである(装備重量で207kg)。価格は確かに大きなウリとなるが、先進技術やトータルの魅力ではRS660に敵わないだろう。
ああ、あと、カワサキのニンジャ650もあった。
CBR650Rよりさらに安い7049ポンド である 。しかし、同じ並列2気筒であってもニンジャ650はパワーでガクンと劣り(68馬力)、 車重もRS660より重い(装備重量で193kg)。こちらも古いノキアの携帯と最新のiPhoneを比較するようなもので、何かが違う気がする。
やはり、直接のライバルというのは見出せない。
なお「100馬力しかないのに1万ポンドするRS660は高価だ」という声も一部あるが、そうは言ってもアプリリアのRSV4ファクトリー1100:2万3399ポンドの半分以下である点は忘れずにいてほしい(エンジンは半分にしたようなものだけれど)。
RS660は日常における実用性が高いのも特徴
15Lという燃料タンク容量はそれほど多い部類ではないが、RS660の並列2気筒エンジンは燃費も良好で、十分な航続距離が確保されている。
アプリリアは公称で20.4km/Lという燃費を掲げているが、安定したペースで走行した区間では実測24km/Lの燃費を記録した。実質的な航続距離は約320kmくらいあるだろう。
スクリーンはほぼダブルバブルのTTスタイルで、スピードが出ている時には簡単に身体を入れ込むことができ、高速道路の巡航速度でも割とまともに風を防いでくれる。
アプリリア RS660総評
ここまで読んでもらったらわかると思うが、私はアプリリアのRS660にいたく感銘を受けている。
アプリリアは市場の声に耳を傾け、使い勝手が良く、親しみやすく、公道で楽しめるスポーツバイクを作り上げた。しかも、それを手頃な価格で提供してくれるとは!
RS660は過激なモデルではないが、その代わりに様々な場面で楽しめるエンジンを搭載しており、スーパースポーツとしては望外の快適性も備えている。
一方で、レースをしたり、サーキット走行をするにはサスペンションのアップグレードが必要だろう。
経験の浅いライダー、ベテランライダー問わず、楽しめる魅力的なバイクだ。これはアプリリア──歴史あるイタリアンブランドにとって、新たな成功の一歩となるモデルではないだろうか。
アプリリア RS660主要諸元
[エンジン・性能]
種類:水冷4ストローク並列2気筒DOHC4バルブ ボア・ストローク:81.0mm×63.9mm 総排気量:659cc 最高出力:73.5kW<100ps>/1万500rpm 最大トルク:67Nm<6.8kgm>/8500rpm 変速機:6段リターン
[寸法・重量]
全長:1995 全幅:745 全高:── ホイールベース:1370 シート高820(各mm) タイヤサイズ:F120/70ZR17 R180/55ZR17 車両重量:183kg(乾燥重量169kg) 燃料タンク容量:15L
[価格]1万149ポンド(約140万円)
試乗レポート●アダム・チャイルド 写真●ミラグロ まとめ●上野茂岐
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