ダイムラーAGは7月22日に電動化戦略について発表し、2030年までに全新車販売を完全電動化(バッテリーEV化)し、その実現のため400億ユーロ(約5.2兆円)を投資すると明らかにしました。
AMG、マイバッハ、Gクラスなどのサブブランドも例外なく電動化される方向で、高級車市場の様相を一変させるであろうこの先手を打った戦略、メルセデス・ベンツはあと9年でどう実現していくのでしょうか。
「魔法の空気ばね」なぜ高級車で採用増? エアサスの進化と実情
電動化進捗の現状認識、今後のモデル展開、自社製のモジュラーバッテリーシステムと新技術によるモーター戦略、充電インフラなどを解説していきます。
文/柳川洋
写真/ダイムラー
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■衝撃的な「あと9年での完全電動化」宣言とその背景
毎年恒例のメルセデス・ベンツの「ストラテジー・アップデート」。今年はいつにも増して衝撃的な内容だった。オラ・ケレニウスCEOが「我々は「EVファースト」という考え方から「EVオンリー」へと加速する」と2030年までの完全電動化を発表したのだ。
2021年ストラテジー・アップデートにて完全電動化戦略をオンラインで会見するオラ・ケラニウスCEO
具体的には、以下の3点だ。
●2022年に参入しているすべてのセグメントでBEV(バッテリーEV)を選択可能にする
●2025年までにすべてのモデルでBEVを選択可能にする
●2025年までにEV(プラグインハイブリッド(PHEV)、バッテリーEV(BEV)などの総称)の新車販売シェア50%を達成し、2030年までに状況が許すすべての市場で100%電動化を成し遂げる
電動化が進むのを待つのではなく、自社製品を急速に完全電動化する方向に舵を切って移行を早め、高級車を自らの手により再定義する、という先手を打つ賭けに出たのだ。
「EVへの移行はすでに急速に進みつつあり、特に高級車セグメントではティッピングポイント(雪崩を打つように移行が起きる時期)が近付いていて、2030年までにラグジュアリーカー市場はBEVが席巻する」とこれまでの「電動化は穏やかに進行する」との現状認識を一変させた。
これは、必ずしも環境規制強化という「上からの押し付け」やメルセデス・ベンツの掲げる「2039年までにカーボンニュートラルを達成」という目標などの供給側の都合のみによって移行が起きるのではなく、高級車を求める顧客の多くが「EVはICE(内燃機関車)よりも優秀なテクノロジーであり、EVこそが「より高級」なクルマなのだ」と考えるようになった「需要サイドの変化」で移行がより加速しているというのがアップデートされたメルセデス・ベンツの認識。
2021年4月に世界初公開となったEモビリティ専用開発の新型プラットフォームが初導入されたEQSはSクラスのEV版。EQS450+(333ps/568Nm)とEQS580 4MTATIC+(523ps/855Nm)の2種類が用意される。バッテリー容量は107.8kWh、1充電あたりの航続距離はWLTPモードで770km。日本導入予定は2022年頃
ダッシュボードに広がるMBUXハイパースクリーンは、左から12.3インチ、17.7インチのセンターディスプレイ、助手席側の17.7インチディスプレイで構成。MBUXヘッドアップディスプレイ、MBUXインテリアアシスタントにより、これまで以上に直感的なドライビングを実現
昨年のストラテジー・アップデートで自らを「ラグジュアリーブランド企業」と再定義したメルセデス・ベンツは、先進的な顧客を引き付けるためのブランドメッセージとして、「変わらなければならないから変わる」のではなく「自ら変化を望む」と宣言したことになる。
ただ、この転換は非常に難しい側面がある。一般にEVの開発・生産には多額の費用が掛かる。今回発表されたEVへの投資額は400億ユーロ、約5兆2千億円。同時にICEへのこれまでの投資がより早く「死に金」になる。
したがって「儲からない」賭けになる可能性もあるが、電動化の流れに抗うよりも「利益率を確保しながら転換を進める」という大きな決断をメルセデス・ベンツは下した。
■EV専用アーキテクチャーと今後のモデル展開
今回のストラテジー・アップデートで、2025年までに新車販売におけるEVの割合を50%に引き上げるとの新たな目標を掲げたが、あくまでもPHEVは充電インフラが確立されるまでの数年間の過渡的な技術で本命はBEVであるとする。
完全電動化を進めるにあたって重要なのが、クルマの基礎部分となるアーキテクチャー(プラットフォーム)。
今年4月に発表済みのSクラスの兄弟車であるEQS向けのEV専用アーキテクチャーであるEVAに加え、2024年に小・中型車向けに「EVファースト」指向で造られたアーキテクチャーMMAを導入、2025年には3つの「EV専用」のアーキテクチャー(乗用車向けMB.EA、バン・商用車向けVAN.EA、AMG車向けAMG.EA)が導入され、以降、ICE向けアーキテクチャーは造られない。
今年発表済みのEQA、EQB、EQSに続き、2022年までにEQE、EQSとEQEのSUVバージョンの3車種が追加される。
発表済みのEQSと2022年にリリースが予想されるEQB、 EQEとEQS SUV、EQE SUV。SUVもフルラインでEQシリーズを展開する
また、メルセデス-AMG F1チームのスペシャリストの力も借りた新モデル、1000キロを超える走行可能距離と100kmあたり10kWhを下回る低電費、世界最低レベルのCd値を誇り、最先端のボディ鋳造技術と先進的材料で造られるVISION EQXXも2022年初頭にワールドプレミア予定。この情報からもテスラをかなり強く意識していることがわかる。
現在開発中で2022年初めにもワールドプレミアで披露予定の最先端のBEV、VISION EQXX。EVの航続距離と効率の限界を押し上げることを目指すという。その開発にはメルセデスF1チームのサポートを受ける
2023年にはEQS SUVから派生するマイバッハのBEV SUV、2024年には完全電動化したGクラス(!)も発表される。AMGも全車電動化される。
MB.OSはMB.EAと同じ哲学で造られるソフトウェアアーキテクチャーで、超効率性、最大のシンプルさ、追随を許さない柔軟性が特徴。より速い技術革新を可能にする、将来のクルマのデジタルバックボーンとなる。この開発のために新たに3000人のソフトウェア技術者が採用される。
■完全電動化を達成の為、バッテリー・モーターの新技術を積極的に実用化する
完全電動化にあたっては、当然ながら自社が生産するすべてのBEVに搭載するバッテリーが必要となる。また歴史ある内燃機関のエンジン開発には各社がしのぎを削ってきたのと同様に、まだ歴史の浅い車載用モーターの開発でも革新的な技術開発が続いている。メルセデス・ベンツのこれらの分野での戦略はどのようなものだろうか。
100%BEV生産にあたり、必要不可欠なバッテリー製造能力増強と現地生産促進のため、8つのギガファクトリー(うち欧州4、米国1)を設立しバッテリーを内製化することが今回発表された。
年間生産能力200Gwh(2億キロワット時、日本の標準世帯46300戸の年間電力使用量相当、EV200万台程度)を達成する予定。これにより供給確保とガソリン・ディーゼルエンジンの製造拠点の業態転換も果たす。
またバッテリーはコスト削減・開発スピード向上のため車種を問わない統一規格で設計され、同一のインターフェイスを持つモジュール式システムを採用、90%のバッテリープラットフォームが標準化される。モデル間の走行可能距離や充電時間、バッテリー寿命の違いは、搭載されるバッテリーの化学性能と大きさの違いで生み出される。
メルセデス・ベンツのBEV用バッテリー工場。今後8つのギガファクトリーが建設され、その生産能力は年間200Gwh(車両約200万台分)となる
EQSではNMC811リチウムイオンバッテリーが搭載されたが、2020年代半ばにはハイシリコンアノードバッテリー、2028年には固体バッテリーへと進化を続けることによりエネルギー密度の向上を図り、より短い充電時間でより長い距離を走行すること、充電可能回数を増やすことを可能にする計画。
BEVの要の一つであるバッテリー管理システムは、AIに基づいたアルゴリズムにより、それぞれのドライバーの運転特性に合わせてバッテリーシステム全体を順応させるという画期的なもの。
50を超えるインテリジェントな機能により、充電状態、劣化状態、電圧、電流、それぞれのセルの温度などをコントロールすることで最長の走行可能距離とバッテリー長寿命化を達成する。
また同じく最重要部品の一つであるモーターは、自社開発・製造の放射状永久磁石モーターであるeATS2.0を多くの製品で搭載。シリコンカーバイドインバーターとともに800Vのパワートレインの一部分として卓越したパフォーマンスを持つ。
これに加え、AMG向けには軸方向磁束(Axial Flux)モーターという画期的新技術を採用。これまでのモーターは放射状に設計され重くて長い円筒形をしているが、軽量で小型、高性能かつ高効率で電費の良い、劣化しないパフォーマンスを持つ次世代モーター。
イギリスの新興企業YASAがすでに実用化しており、フェラーリSF90ストラダーレや296GTBに採用済み。今回メルセデス・ベンツがYASAを自らの次世代モーター開発パートナーとして100%子会社化した。
モーターのスタートアップ企業であるYASAが開発した軸方向磁束(Axial Flux)モーター。わずか8センチほどの厚みで160kw(218hp)/370Nmを発生。AMG車両に搭載される予定だ
■充電インフラの整備と「メルセデスミーチャージ」
ラグジュアリーなEVのオーナーには、ファン・トゥ・ドライブだけでなく、充電時にもラグジュアリーな体験を提供する、というのも新たなメルセデス・ベンツの考え方だ。
すでに世界中に53万を超える「メルセデスミーチャージ」の充電ステーションでは、認証手続きも支払いも不要、プラグを差し込み充電しプラグを外すだけ、それ以外は何もいらない、という「プラグ&チャージ」が可能となる。
北米ではEQSの発売に合わせてEV充電ネットワークのChargePointと協働し全米で約6万の公共充電ポイントを確保。
それに加えショッピングモールやホテル、オフィスなどの約6万の準公共充電ポイント、合計約12万拠点の全米最大の充電ネットワークを確立。そのすべてが「メルセデスミーチャージ」というブランドの下で運営され、テスラを追撃する。
ベンツのフラッグシップEVであるEQSの充電風景。専用充電ステーション「メルセデスミーチャージ」で使用される電力が、再生可能エネルギーから発電されたものであることを「保証」すると発表
またメルセデスミーチャージで充電に使われる電気が再生可能エネルギーから発電された「グリーンな電気」であることをメルセデス・ベンツが保証するとも発表。環境意識の高い富裕層の囲い込みを目指している。
EVが急激に普及し始めている欧州では、メルセデス・ベンツの親会社であるダイムラーがVW、BMW、フォードなどと共同で設立したアイオニティという急速充電ネットワークがあるが、さらにいくつかのプレミアム充電サイトを運営するとのこと。
またシェルと協力して、2025年までに欧州、中国、北米における3万を超えるシェルの充電ネットワークへのメルセデス・ベンツ顧客のアクセスを拡大させる。それにはグローバルに1万を超えるハイパワー充電拠点が含まれる。ガソリンの売上が減少するシェルにとっても渡りに船だろう。
■ただし光があるところには影もある。伝統ある内燃機関の開発費は8割減
BEVの生産コストの大きな割合を占めるバッテリー。技術革新と量産効果により性能が向上し価格が下落することが予測されてはいるものの、完全電動化の影の部分の一つはコストの上昇だ。
それを相殺するためにバッテリーシステムのモジュラー化、すなわち共通規格の標準化した部品を組み合わせて複数の車種に対応させる方法で量産効果がより生まれるような工夫がなされる。
ディーラーを通じないクルマの直販化や商品ポートフォリオをより高価格帯に移動させることでの売り上げ1台あたりからの収益を増加させる施策も取られる。デジタルサービスを通じたクルマ販売後も継続的に収益が上がるビジネスモデルも構築が進んでいる。
だがそれだけではない。コスト削減のために、BEV以外の投資は徹底的に削減される。具体的には、ICEとPHEVへの設備・研究開発投資費用を2019年対比で2026年までに8割(!)削減するとのこと。
また投資全体としても2019年の実績値に対して2025年までに20%削減するという。2021年にはやや増えるもののそれ以降は投資が減少し、電動アーキテクチャーにフォーカスすることで2025年を超えても投資を削減する方向。
今後の資本的支出と研究開発費の推移のイメージ図、ICEとPHEVへの投資は大幅削減される。選択と集中により、最終的には投資全体を下げていこうという極めて合理的な考え方に見える
100年に一度の変革期においても、設備開発投資を削減し、同時にブランド競争力と二桁の利益成長を可能にする収益力を保つ、というのはブレーキを踏みながら全開加速するような曲芸だ。
またICEからの撤退に伴い、ドイツにある最も伝統のある2つのエンジン工場は再編され、また再教育は行われるものの、固定費削減の一環として一部の人員の削減も行われる。
「メルセデスでは数世代にわたって熟練工が妥協を許さず改善を行ってきた熱意により、独自の生産の専門知識がもたらされてきたことに誇りを持つ」といわれてきた。AMGのクルマにはエンジンを組み上げた熟練工の名前が刻まれている。彼らの居場所は今後残されているのだろうか。
そもそもICEはエンジン部品だけで1000を超えるといわれているが、テスラのパワートレイン部品は17程度といわれている。その上に車体の鋳造技術が向上したり、モジュール化が進めば人はさらにいらなくなるだろう。これは日本においても他人事ではないかもしれない。
ドイツラスタット工場でのメルセデス・ベンツとして初めてのコンパクトBEV SUVであるEQAの製造工程。今後モジュール化が進めばもっと生産ラインも簡素化されるのかもしれない
次期排出規制Euro7の2025年以降の導入とゼロエミッションの流れの加速により、欧州の自動車メーカーの電動化への動きは激しさを増すばかりだ。
これらをテコにEUの国際競争力を確保しようとの狙いも透けてみえる。環境対策を言い訳に、ゲームのルールが一方的に欧州で決められることに対して、筆者は個人的に違和感を覚える部分もある。
本当に電動化への移行のティッピングポイントは近づいているのか、高級車セグメントだけでなくほかのセグメントでも起きるのか、海外とは対照的に直近EV充電スポットが減少してしまったといわれる日本と日本の自動車産業はガラパゴス化してしまうのか、引き続き見守っていきたい。
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日本メーカーはこの欧州メーカーの動きに惑わされる事なく、EVもやりつつ、世界各地の事情に合わせた引出しを用意しておく事。この先のライバルは欧州だけでなく中国や韓国も入るのだから。