2002年に絶版となったマツダ RX-7を最後に、新たに開発される国産車に「リトラクタブルヘッドライト」が採用されることはなくなった。
リトラクタブルヘッドライトについてはベストカー本誌やベストカーWebをはじめ、さまざまなメディアで特集されているのでコアなクルマ好きでなくてもその存在は広く知られているが、1980年代~1990年代のスポーツカーが再注目されている今だからこそ、改めてその魅力についておさらいしておこう。
みんなが見た! 惚れた! 憧れた! 「リトラクタブルよ永遠に!」
文/フォッケウルフ
写真/トヨタ、ホンダ、マツダ、日産
■採用されなくなった理由とは?
そもそも「リトラクタブルヘッドライト」とは、「格納式前照灯」とも呼ばれる車体内部に格納できる方式の前照灯のことである。
1936年にアメリカで生産された「コード810」というクルマに採用されたのが世界初と言われている。その後、1970年代に隆盛を極めたスーパーカーがこぞって採用したことがきっかけとなって、リトラクタブルヘッドライトはスポーツモデルを象徴する装備となり、1980年代から1990年代に大流行することになる。
世界のスーパーカーに採用されると、その後、80年代以降の国産スポーツカーにも普及した(写真はNSX)
リトラクタブルヘッドライトの最たるメリットは、車体前方を低くして空気抵抗の低減が図れることだ。特にスポーツカーのように空気抵抗を減らして走行性能を高めながらスタイリッシュなフォルムを実現したいクルマにとっては、空力性能とデザインの自由度をもたらすという課題に対して、実に有効な手段だった。
当時はヘッドライトをさまざまな形状に作れる現在のような技術がなかったわけで、ヘッドライトといえば単純な四角や丸型が主流だった。そんな画一的で個性のないヘッドライトを、未使用時は格納することで精悍さを演出しつつ、ライトON時には「パカッ」と出てきて外観のイメージが変貌すること、さらに格納・展開のギミックの巧妙さも人気を集めた要因といえよう。
スポーツカーだけでなく、ハッチバックやセダンにまで普及したリトラクタブルヘッドライトだが、次に挙げるいくつかの理由から一気に廃れることになる。
・展開時に空気抵抗が増大する
・開閉機構による重量増とコスト増
・安全面と信頼性の問題
・動力性能の悪化
特に、歩行者保護の観点から、対人事故の際に歩行者へ被害を及ぼす可能性がある突起物を極力なくすような設計がクルマに求められるようなったことが強く影響した。
さらにグローバル化が進んだ昨今では、ライトの常時点灯が義務づけられている地域への対応を鑑みて、格納する必然性がないということも、廃れるに至る要因となった。
■”リトラ映え”した名車たち
トヨタの象徴的なスポーツモデルとして1967年に誕生した2000GT
スタイルを重視するために生まれた装備ということもあって、端的に言ってリトラクタブルヘッドライト採用車はいずれも「カッコいい」。なかでも日本初のリトラクタブルヘッドライト採用車であるトヨタ 2000GTの美しさは、海外のスーパーカーに匹敵するものであり、あの流麗なフロントノーズの造形を実現できたのは、リトラクタブルヘッドライトの賜物と言っても過言ではない。
ちなみに、設計当初は低い位置に設定されたノーズの先端にヘッドライトを備える予定だったが、アメリカ・カリフォルニア州が定めていた当時の法規に適合しなかったためリトラクタブルヘッドライトを採用したという経緯がある。
1990年、従来の国産スポーツモデルの枠を超え、世界のスーパーカーと渡り合ったホンダ NSX
カウンタックやフェラーリといったスーパーカーのリトラクタブルヘッドライトは、格納時はもちろん、展開時でも実に美しく、それが「リトラクタブルヘッドライトってカッコいい」につながっていたのは事実だ。その点においては2000GTも秀逸だったが、ホンダ NSXもまた展開・格納の両方でカッコよさが際立っていたモデルといえる。
NSXのリトラクタブルヘッドライトは展開時の高さを最小限に抑えることを狙い、プロジェクター4灯式が採用された。ユニットの高さを約90mm、幅を210mmとしたことで、ライトを展開した状態でもスタイリッシュなうえに空力にも優れた効果をもたらしている。バルブからの光を前方に照射するためのリフレクターも小型化されているが、絞った光を凸レンズおよびアウターレンズによって適切な配光としている。
この構造や造形へのこだわりが、スポーツカーの新しい方向を提示する未来感に満ちたスタイルの構築に大きく貢献していたのは言うまでもない。
現在も販売され続けている世界で人気のロードスターは、初代モデルのみリトラクタブルを採用
格納時と展開時のスタイルにギャップが生じるというのも、リトラクタブルヘッドライト採用車ならではの個性と言える。なかでもユーノス ロードスター(NA6型)は、格納した状態で外から見ると四角いのだが、展開すると丸いライトが現れる。
この丸目が、曲線で表現された外観と見事にマッチングしているうえに、ボディ先端のウインカーと車幅灯やバンパー下部のダクトなどと相まって、ファニーな表情を作り出している。格納時はオープンスポーツカーならではの精悍さを誇示しつつも、ライトONすると愛嬌のある風貌になるという”ギャップ萌え”は、ほかのスポーツカーにはないロードスターならではの個性と言えるだろう。
■手に入らないからこそ胸に刺さる魅力
なんだかまぶたが半分閉じているようで”眠そう”に見えるセミ・リトラクタブルヘッドライト(写真はZ31型フェアレディZ)
格納時にスタイリッシュなフォルムを実現するのがリトラクタブルヘッドライトの利点だが、ライトの存在をあえて完全に隠さないセミ・リトラクタブルヘッドライトというものも存在した。
採用車種は多くないが、ヘッドランプの半分または四分の一だけを覆うカバーのみを開閉するホンダ バラードスポーツCR-Xやいすゞ ピアッツァのほか、点灯時にライトが垂直に移動するパラレルライジングヘッドランプという機構を採用した日産フェアレディZ(Z31型)などがそれに該当する。
いずれも格納時は薄目を開けているようでもあり、なんだか眠そうにも見える。だが、一般的なリトラクタブルヘッドライトとは異なり、点灯してないときもライトの存在がさり気なくアピールされ、ライトのON/OFFで大きく表情を変えてしまうようなことがないというのが大きな特徴だった。
国産車では最後のリトラクタブルヘッドライト採用車であるマツダ RX-7が絶版になって20年を経た現在も、リトラクタブルヘッドライトの復活を望む声はある。しかしリトラクタブルヘッドライトは、現代のクルマを取り巻くさまざまな基準からは推奨されるものではなくなり、デザインや空力性能を追求するうえで画期的だったという、かつてのメリットはもはや得られない。
おそらく今後も市販車でリトラクタブルヘッドライト採用車が見られる可能性は低いだろう。しかし、すでに手に入らないからこそ、その価値がクローズアップされるというもの。リトラクタブルヘッドライトはいまや旧車の象徴とも言える装備だが、それによってもたらされる美しさやオリジナリティは、ノスタルジーの一言では片付けられないほどクルマ好きの心に刺さるものである。
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みんなのコメント
リトラクタブルを自慢したくて、右折車に「お先にどうぞ」のパッシングをよくしました。
使い回し記事、好きねぇ~。