2023年からMoto2クラスに参戦を開始したファンティック・レーシング
イタリアのバイクメーカーである「FANTIC MOTOR」(以下、ファンティック)は、2022年8月、Moto2クラスへの参戦を発表しました。これは、すでにMoto2クラスに参戦してきた「VR46レーシング・チーム」とのコラボレーションによって実現したものです。
【画像】「FANTIC MOTOR」とMoto2の関係を見る(9枚)
2年目を迎えた2024年シーズンは、ライダーラインナップを一新して、アロン・カネト選手とチャビ・カルデラス選手を起用しました。また、チームマネージャーにはロードレース世界選手権125ccクラスで、2000年にチャンピオンを獲得したロベルト・ロカテッリさんが新たに就任しています。
いきなり余談ですが、ロカテッリさんはかなりの日本好きらしく、2000年のチャンピオン獲得も、当時「パシフィックGP」として開催されていたもてぎで決めたのだと、嬉しそうに話してくれました。ちなみに、その年のランキング2位は、宇井陽一さんです。ロカテッリさんの右上腕には、「世界チャンピオン」と日本語で掘られたタトゥー。確かに、なかなかの親日家のようです。
そんなロカテッリさんに、イタリアGPのパドックに並ぶファンティックのトレーラーの中でお話を聞きました。
今季はMoto2クラスのタイヤサプライヤーがダンロップからピレリに変わりました。その影響について、ロカテッリさんはどう考えているのでしょう。これはファンティックのレース活動から少し脱線した話になりますが、回答が興味深かったので、紹介したいと思います。
「僕はダンロップでのスタイルを覚えている。“このコンディションで、この気温では、例えばハードタイヤ”といった具合にね。でも、ピレリは反対なんだ。低い気温のときはハードタイヤを使う。高い気温のときはソフトタイヤだ。ダンロップとは反対のスタイルなんだ。このスタイルはスーパーバイク(SBK)からきている。(Moto2とは)違うバイクだ。重量があるし、パワーが大きい」
「バルセロナ(カタルーニャGP)のラップタイムを見ていたら、1周目と最終ラップのラップタイム差は、3~4秒もあった。大きすぎる。タイヤが落ちたからだ。ライダーと話をすると“ゆっくり行く”と言うんだよ。“どうしてゆっくり行くんだ!?”って。普通はアクセルを全開にして走るだろ。でも、アクセルを開けるとタイヤが終わってしまうってことなんだ」
「今季のファンティック・レーシングの目標は?」と尋ねると、ロカテッリさんは「チャンピオンを獲得すること」と答えました。ファンティック・レーシングは、カネト選手とともにチャンピオンを獲得したいと考えています。元WGPライダーのロカテッリさんは、カネト選手の強みについて、こう説明します。
「ケーシー・ストーナー(2007年、2011年MotoGPチャンピオン)を覚えてる? 僕は2005年にルーチョ・チェッキネロのチームでケーシー・ストーナーとチームメイトだったんだ。だから僕は、ストーナーのスタイルを見て知っている。考え方、リアクション、そして才能もね」
「ケーシー・ストーナーは全てのバイク、タイヤで速く走る。カネトもそうだ。2023年バレンシアのレースまではチーム・ポンスで走っていたけどファンティックにやって来て、それまでとは違うバイクを調整し、それでも彼は同じように速かった。チームを移籍してすぐに速く走るというのは難しいことなんだ。バイクも違うし、話す人も違うから。でも、同じように速かった。勝とうが勝つまいが、彼は最速だ。それははっきりしているよ」
ロカテッリさんは情熱的な口調でそう話していました。
では、ファンティックとしてはMoto2クラスへの参戦をどう説明しているのでしょうか。場所を移し、イタリア北部のヴェネト州サンタ・マリア・ディ・サーラのファンティック本社を訪問し、副社長のマリアーノ・ローマンさんにインタビューしました。
ファンティックはなぜMoto2に参戦したのか? その狙いは?
ファンティックの歴史は、1968年に始まりました。始まりの地は現在のヴェネト州ではなく、イタリア北部のロンバルティア州バルザーゴです。1970年代から1980年にかけてはトライアルやエンデューロといったオフロードのモータースポーツに精力的に参戦してきました。1995年には不振に陥り、一時的に工場の操業が停止しましたが、新しいオーナーによって2004年に再スタートしました。現在、ファンティックはモトクロス世界選手権、エンデューロ世界選手権、ダカール・ラリーなどに参戦しています。日本では「MOTORISTS(モータリスト)」が、ファンティックの輸入総代理店です。
そんなファンティックが、2023年、オンロードのモータースポーツの世界に進出したのです。その舞台が、ロードレース世界選手権のMoto2クラスでした。この参戦の目的について、副社長のマリアーノ・ロマーノさんに尋ねました。
「私たちは、新しい製品ラインナップであるストリート用ネイキッド、スポーツバイクを発売することになりました。この製品をヨーロッパ、アジア、南アメリカ、アメリカなど、世界中で販売するために、販促を行なうことを目標としています。Moto2は、私たちのブランドをプロモートするための最高の方法のひとつです。私たちの目的は、レースを私たちの全ての製品活動の中心とすることです」
現在、ファンティックの製品ラインナップは、「RALLY(ラリー)」、「MOTARD(モタード)」、「CABALLERO(キャバレロ)」、「ENDURO(エンデューロ)」、「MOTOCROSS(モトクロス)」がありますが、ここにネイキッド、スポーツバイクが加わる、そしてそのオンロードバイクのプロモーションを、Moto2参戦によって行なう、ということです。
ファンティックのホームページに掲載されているニュースにも、イタリアGP前にファンティック・レーシングのカネト選手とカルデラス選手がファンティックの本社を訪れた際に、「2024年下半期にお目見えするファンティック初のネイキッド、スポーツバイク、“Stealth”と“Imola”を目にした」と書かれています。
「Motori Minarelli」の買収と、ファンティックのオンロード参入
ファンティックはなぜ、オンロード市場に進出しようとしているのでしょうか。もちろん、理由は規模の拡大です。そこには、「Motori Minarelli」(以下、ミナレリ)の買収が関わっています。
ファンティックは2020年末、エンジンを製造するミナレリをヤマハから買収しました。ファンティックはカンパニーとしての規模を拡大し、同時に生産ラインを増やしました。ボローニャにあるミナレリの工場では、ヤマハの子会社だった時代はエンジンだけを製造していましたが、現在では、車両の組み立てなども行なわれています。
「実際のところ、ミナレリは会社を大きくしています。バイクの売り上げを増やすためには、規模を大きくしなければなりません。バイクの主な市場は、オフロードではなくオンロードです。オフロードは最大でも市場の10パーセントですからね。規模を大きくしたいのであれば、私たちは市場の90パーセントを占めるロードバイクを製造し、宣伝しなければならないのです」
なるほど、レースによるプロモーション効果やブランディングの向上を考えれば、2輪ロードレースの世界ではトップクラスの人気を誇るロードレース世界選手権という舞台を選んだのはよく理解できます。
「私たちがMoto2でとても強い存在になったときのイメージは、世界各地でブランドをプロモートするのに非常に重要なのです。グランプリ1戦につき、10億人の観客がファンティックのブランドを見ることになります。これは非常に大きな数字であり、非常に重要なことなのです」
もちろん、ファンティックはレースの現場で得たノウハウを、ストリートバイクの開発に生かしたいとも考えています。レースには20人ほどが関わっており、全て、ファンティックの社員です。
「同じスタッフが、双方向(レーシングマシンとストリートバイク)から取り組んでいるのです。もし彼らがMoto2バイクについて興味深いものを発見したら、かれらはストリートバイクの開発にその情報を生かすことができます。レースの情報と製品のストリートバイクには強い関係性があるんです」
ファンティックがMoto2を選んだ理由
ここで、ひとつの疑問が浮かびます。
「なぜ、ファンティックはMoto3クラスではなく、Moto2クラスへの参戦を選んだのか?」
Moto2クラスは、シャシーコンストラクターのMoto2シャシーに、公式エンジン(2024年現在はトライアンフが供給する排気量765ccの3気筒エンジン)を搭載したマシンで争われます。現在のシャシーコンストラクターはカレックスとボスコスクーロで、ファンティック・レーシングはカレックスで参戦しています。
もちろん、状況としてこれが異例なわけではありません。例えばホンダ、ヤマハ、KTM、CFMOTOといったメーカー系のチームもまた、同様の形でMoto2に参戦しているからです。
しかし、もしも市販車へのフィードバックがMoto2参戦の目的のひとつならば、メーカーオリジナルのレーシングマシンを使用するMoto3クラスへの参戦という選択肢はなかったのでしょうか。
ローマンさんは「すぐに(Moto2への)参戦をスタートしたいのであれば、カレックスかボスコスクーロを選ばなければならないのは確かですね。カレックスは非常に戦えるフレームですから」と答え、「今後はわかりませんけどね」と続けました。
「今後は?」と重ねて問うと「わかりません」と、ローマンさん。スタートはVR46レーシング・チームのパッケージを引き継ぐ形で、その後は状況を見て、といったところでしょうか。
さらにローマンさんは、「私たちの意向としては、Moto3マシンについても開発をすることです」とも言います。しかし、ファンティックが2023年のタイミングでMoto3へ参戦しなかったのには理由がありました。テクニカル・レギュレーションが変更される可能性があるから、と言うのです。
「Moto3の今後がどうなるのかを確認しなければなりません。と言うのも、Moto3ではエンジンを投資しなければならないですからね。もしルールが変わってしまったら、その投資が台無しになってしまうんです」
「今はMoto3の新しいルールがどうなるのか、あまり状況がはっきりしていません。今後、最低でも5年間はルールが変わらないかどうか、確認しなければならないのです。私たちは“それ”を待っています」
「つまり、ルールやレギュレーションが、今と同じところにとどまるのであれば、投資できます。しかし、投資を始めて1~2年でルールが変わってしまうのなら、多額の損失になってしまいます。私たちはモトクロスで125ccの2ストロークバイクの開発をするために多額の投資を行なっています。多くのカテゴリーに投資をしているのです。(Moto3に参戦するために)全く新しいエンジンを開発するための投資というのは、容易ではありません」
そしてまた、これも可能性のひとつとして、ファンティックがヤマハのサテライトチームとしてMotoGPに参戦する可能性があるのか、ということも気になるところです。
ファンティックとヤマハはビジネスパートナーであり、最近では「キャバレロ700」にヤマハ「テネレ700」、「MT-07」のエンジンが搭載されています。
「Moto2の地盤を固めなければならないので、(それを考えるには)早すぎますね。Moto2参戦の方がしっかりしたら、ほかの可能性を考えられますが、現在では(それを考えるには)早すぎます。私たちの夢になるかもしれませんけどね」
ローマンさんはそう言って微笑みました。
「夢」という言葉が表すように、そしてファンティック・レーシングのチームマネージャー、ロカテッリさんのように、ファンティックの活動は情熱的です。ファンティックの本社を訪れ、その情熱がさらに伝わってきました。
これから、ファンティックはどんなストリートバイクをリリースするのだろうか。
Moto2でどんな飛躍を見せるのだろうか。
そんな期待が、北イタリアの刺すような陽光の下で膨らんでいくのです。
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モト2は共通エンジン(現状はトライアンフ)を数社のシャシーコンストラクターのフレームに積んで走らせていて、技術的にはメーカー色がほぼ無い。それゆえ大手メーカー系のチームもその名を名乗って参戦しやすい。そういうことでしょう。